14 あの二人のための、婚約披露と舞踏会
あれから冬を越え、春がきた。
今夜は王宮で、婚約披露の舞踏会だ。
私たちではなく、ジークフリート王太子殿下とロザリー・マイルズ男爵令嬢の婚約披露である。春の祝賀会と重ねてお祝いをするため、国内貴族がこぞって呼ばれている。
私が婚約解消した相手は未来の国王陛下、やはりものには順番があるだろうということで、私とアルノルト様の婚約は親しい間柄にだけお知らせをし、王太子殿下が結婚式までお済みになってから、私たちは婚姻を結ぶ決まりになっている。
そういうわけで、早く私と結婚したいアルノルト様は、王太子殿下の婚約披露に何も思わないわけではないけれど、さあどんどん進めてください既成事実を、埋めてください外堀を、と言わんばかりに二人の門出を全面的に祝福している。
私とアルノルト様は婚約が決まってからもずっと甘い関係で、と言いたいところだが、結婚に向けてやるべきことは多く、この舞踏会に来ていくドレス選びですら、私たちはちょっと揉めた。
参列でこれなら、自分たちの婚礼衣装となればどれほど大仕事になるのだろうか。
私は自分の纏ったドレスを眺めながら、衣装選びの日を思い出す。
◇
「もっと肌の露出の少ないものはないのか。首元の詰まったものとか」
「お嬢様はお胸がありますので、首の詰まった意匠はお胸の大きさが強調されますが」
「却下だ却下」
本邸に戻ったエマが衣装係とともに、アルノルト様の要望に応える。けれど、アルノルト様のリクエストがいちいちうるさいのだ。
「いっそ体の線がわからない昔ながらの骨入りにしますか」
「いいと思う」
「古臭いのは嫌よ!あんなの甲冑じゃない!」
「じゃあ前みたいにステイズで潰しますか」
「もうそれでいいわ」
「ダメ!!それだけは絶対にダメだ」
「数時間だけですよ」
「とにかくダメだ、アデリンデの珠玉を潰すなんて、許さない」
「……」
「こちらはどうか。生地も厚いし、直線的で」
「お嬢様はお胸がありますので、ウエストを絞らないドレスは太って見えますが」
「太って見えるドレスは絶対に嫌!」
「しかし腰を強調したら、その、凹凸がわかってしまうだろう」
「いえ、これが逆にきちんと絞ったほうが」
「そんなわけないだろう……わあ本当だ!」
結局、肩は少しだけ出るけれど、襟元の返しが大きく袖にもボリュームがあって、体つきが目立たないドレスに決まった。
一度決まった後も「やっぱり……」と衣装室に戻ろうとするアルノルト様をエマが止める。
「肩は少し出したほうが直線的になって、あれこれが目立たないです。もうこれが最善です」
見本を屋敷まで持ってきてくれた仕立て屋も、ほんとここで決めてほしいです、お嬢様、ゴールをお願いします!とすがるような目で見てくる。
「アルノルト様、形は決まりました。早く色を選びましょう。私はこれにしたいのです。人気の色ですので、すぐに仕掛からないと無くなってしまいますから」
選んだ生地はアルノルト様の瞳のブルーグレー。リボンはアルノルト様の髪色のゴールドという組み合わせ。アルノルト様はぐっときたのか、それに決めて、注文書を出してくれた。衣装室にいた一同からは拝まれた。
アルノルト様はそれこそご自分の衣装は、私との色合わせ以外適当に決めて、お茶を飲んで休憩している私のところへすぐに戻ってきた。
横にぴったりとくっついて座ってくる。
「好きなドレスを選ばせてくれるのではなかったの?」
「女性だけ参加の舞踏会なら、何でも好きなドレスを贈るよ」
「そんな舞踏会ありませんわ」
「アデリンデが魅力的だから心配でならないんだ。当日は絶対に私から離れないで」
アルノルト様は私の髪をくるくると指で巻きながらお願いしてくる。そして採寸でまた私が衣装室に呼ばれると、名残惜しそうに入り口まで見送ってきた。
採寸を手伝いながらエマが言う。
「キャラ変わってきましたよね。忠犬かつ小姑って感じです」
「逐一うるさいわよね。ちょっとしたことでも言い合いが増えてしまって」
「ああそれは。基本的に、お嬢様って気が強いんですよ」
「私が?」
「自覚なしでしたか」
私はそんなに気が強いかしら。自分ではうまく淑やかな令嬢をやっているつもりだった。
エマのほうは本邸に来てから、不遜なところが少し丸くなって、心配していたノイベルク邸でもうまくやっている。週に何回かはノイベルク邸でも仕事をするのだけど、アルノルト様に言いにくいような報告もエマがうまく取りなしてくれて、ありがたがられているのだとか。
公爵様が機嫌悪くしていたら「それ、お嬢様に言いますよ?」と脅してるだけなんですけどね、とエマは笑う。
けれどそれだけじゃない、今日だってエマのおかげでドレス選びがずいぶん軌道修正できている。
あれから石にも触らせてもらっていない。時間が短ければ大丈夫だと言っても心配だから無理、と一蹴されている。
やはり一度、アルノルト様ご自身に耳飾りを試してもらうほうが良いのだろうか。でももしアルノルト様が石に選ばれて、向こうで1日のんびり話してるうちに、こちらで数年が経っていたとしたら?
きっと私は気が狂ってしまうだろう。想像してみれば、彼の気持ちもわかる気がした。
◇
「アデリンデ」
考え事をしていたらアルノルト様に呼ばれた。私と同じブルーグレーを基調とした正装で、ところどころ黄緑の宝石が留め具になっている。私のヘーゼルアイを模したものだ。白いシャツはキャメルの刺繍で縁取りがされている。
ヘーゼルアイと明るいブラウンの髪。この国で一番多い組み合わせだ。あの衣装を見た他のご令嬢が「私のことかしら?」と勘違いしないだろうか。
婚約してからの私はアルノルト様に見慣れては惚れ直す、を日々繰り返していた。けれど久々の正装はとても凛々しくて、惚れ直すなんてものではなかった。
この素敵な方のエスコートで私は王城に足を踏み入れる。前はここから逃げ出したのに。走り去るより良いと言って、アルノルト様が腕を差し出してくれたのがずいぶん昔のことに感じられる。
登城門をくぐるとき、私とアルノルト様は自然と見つめ合った。
「ここで初めて貴方をエスコートしました」
そう言ってアルノルト様は私の頬にキスをする。
時々日常に押されて薄れることもあるけれど、やっぱりこの人は私の王子様だ、そう思った。
次回、最終話です。




