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13 船上のプロポーズのあとで


 ◇


 瞼に明かりが差し込んできたので、ゆっくり目を開ける。私はベッドに寝かされていて、すぐ横にアルノルト様が座っていた。部屋の感じからすると別邸のゲストルームだ。気配を感じてアルノルト様がこちらを見る。今にも泣きそうな顔だった。


「アデリンデ」

「アルノルト様、戻りました」

「良かった。本当に」

「どのくらい時間が経ったのでしょうか」


「1週間だ」


 なんと。頻度を減らしたほうが良いと言われた理由がよくわかった。話していた時間は1時間も無いくらいだったのに。石が小さいと時間軸がずれ易いのだろうか。次からは聞きたいことを簡潔に用紙にまとめておこう。

 これは迂闊にアルノルト様に耳飾りを試せないな、と思った。


「外して命に障るといけなから耳飾りはつけたままだ」


 言われて右耳を触ると耳飾りがまだある。指輪のときはつけたまま行ったり来たりしていたが、この耳飾りは外しておいたほうがいいかもしれない。私は耳飾りのカフスをすっと外した。「あっ」とアルノルト様の声が上がる。


「大丈夫なのか、外してしまって」

「はい、ご心配をおかけしました」

「君が無事で良かった」


 アルノルト様は私の片手を両手で包む。


「1週間ということは。そうでした、船のご予約……申し訳ございませんでした」

「いいんだ。給金は払うから待っている間は好きにして良いと言ったら喜んでいた。料理人も船頭も、釣りが趣味だと言っていたよ」

「まあ」

「予約を解いたら君までどこかに行ってしまいそうで、待っていてもらったんだ」

「では明日はぜひ。いえ今日でも」

「大丈夫なのか?本当に?」


 心配し通しのアルノルト様をなだめていると、ノックがして、リネンを抱えたエマが入ってきた。

 

「お、お、お嬢様!!」


 エマが飛びついてきた。


「すまない。彼女には≪側室の耳飾り≫と君の祝福について伝えさせてもらった。必然、彼女はノイベルクに来てもらうことになる」

「ごめんなさい、エマ」

「とんでもないです」


 エマは私の顔を真剣な面持ちで見つめる。


「あの時すぐにお返事ができずすみませんでした」

「いいのよ、人生に関わる決め事だもの」

「ついて行きたい気持ちはあったんです。けど、だんだん公爵様にお嬢様を取られてしまうようで気後れして」

「領分が違うわ。アルノルト様がいても、私の中にエマの場所はずっとあるから」


 そう言うとエマはもう一度、私にしがみついてぎゅっとした。


「あと私はこんなですから、ノイベルク公爵邸でいびられないか心配で」

「ああ……本邸にいっしょに戻って特訓しましょう」

「そんなことないわよ、って言ってくれないんですか?」


 怪訝な顔をするエマに「頑張ろうね」というと、彼女はもっと変な顔をした。



 ◇

 


 医師を呼んで何も異常がないことを確認できると、ようやくアルノルト様は私の外出を許可してくれた。



 湖畔の船遊びはとても素敵だった。

 キラキラと輝く湖の上を、天蓋つきの船に乗って、お菓子や軽食を食べながらゆっくりと移動する。船頭ともう一人が船の両端に立ち、ゆったりした動作で船を漕ぐ。天蓋の中からは彼らの足だけが見えている。


 岸から離れると、他の船もまばらで二人だけの世界だった。

 

 きちんと言っていない気がするから、改めて求婚させて欲しいと、船の中でアルノルト様からお願いされた。


「アデリンデ」


 彼はブルーグレーのリボンを結んだ一本の赤い薔薇を差し出す。暖かい南領でもすでに薔薇の季節は終わっているから、正直よく見つけたなと感心した。



「アデリンデ、私と結婚してくださいますか」

「はい、お受けいたします」



 薔薇を受け取ると、もう片方の手の甲にキスをされた。誓いの口付けだ。アルノルト様に私はにっこりと淑女の微笑みを返す。


「はは、余裕だね、アデリンデは」


 アルノルト様が笑いながら「私は今でも断られないか、緊張していたのに」と恨めしそうに言った。


 思ったより私のプロポーズの反応が薄かったのだろうか。それは申し訳なかった。


 だって、私の中にはまだあの長いキスの余韻が残っていた。彼にとっては1週間前の出来事だけれど、私にとってはたった数時間前の今日だから。

 だから実を言うと、誓いの口付けでは物足りなかった。そんなことは言えないけど。


「私のせいで、君がこのまま目覚めなかったらどうしようと、ずっと心が潰れそうだった」


 私の頬を指で撫でながら、アルノルト様は眉間に皺を寄せる。


「一度譲った物なのに申し訳ないが≪耳飾り≫は当面、私が預かるから」


 石との「対話」はしばらくお預けのようだ。当面と言っているが、過保護そうだから二度と渡してくれないかもしれない。どうしよう。ああそうだ、アルノルト様のお父様がもう片方を持っているのだっけ。


「父上から借りるのも駄目だからね?」


 私はぎくりとして彼を上目遣いで見る。


「アルノルト様は何でもお見通しなのですね」

「だってずっと君のことを考えているから。君が何をして欲しいのか、何に困っているのか。いつも知りたいと思う」


 ああ、これだ。アルノルト様の好きが、他と違うのは。私もアルノルト様が何をして欲しいのか、何に困っているのか、知っていきたいと思う。


 私はアルノルト様に近づいて、青灰の瞳を覗き込む。


「じゃあ今、私が何をして欲しいか、わかりますか」

「さあ、さっぱりわからない」


 そう言ってアルノルト様は私の肩を抱き寄せる。


「教えていただいても?」


 私は答える代わりに目を閉じた。アルノルト様の唇が、私の唇に優しく触れてすぐに離れる。意地悪だと思った。私が少し睨むと、彼は私に目を細めた。

 ここは湖の上だ。誰の目もない。船を漕ぐ音で、二人の会話は外には聞こえない。私は思い切って、願いを口に出してみる。


「キスをしてほしいです、前みたいに」


 そうしてテラスのときよりもずっと長く、ずっとたくさん、岸につくまで口付けをいただいたのだった。




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