12 - 幕間- 石との対話、アデリンデの再会
『やあ、久しぶり』
≪王妃の指輪≫の祝福であるムセイオンの声がした。
◇
「石が違っても、祝福の記憶は同じなんですね」
そう話しかけると二つの声がした。
「もとはひとつの石だからね」
「昔話でもしましょうか」
ムセイオンは多重人格だ。石に多重人格という言葉を当て嵌めるものかどうかわからないけれど、意思の集合体のような祝福である。もしかしたら、触れる人によっても出てくる人格は違うのかもしれない。
ムセイオンのひとりは勝手に話し始める。
◇
元はもっと大きな石でした。
子牛の脳みそくらいはありました。
石に認められた者が触れるとひどく輝くので、その祝福はすぐにわかりました。王は石を城の入り口に置きました。いつしか貴族の娘が成人すると石を触りにいき、石に選ばれるかどうかを試すようになりました。男たちは試しませんでした。自分が選ばれないとわかるのをひどく恐れたからです。
石に選ばれた娘は王の妻になりました。
次の王もそうしました。けれどいつも娘が見つかるとは限りませんでした。そのうち王の正室は血筋で決め、側室を石が決めるようになりました。
ある王の代で、正室が決まった後、石に選ばれた娘が現れました。とても賢い娘でした。その新しい側室を皆が誉めそやすことに腹を立て、正室の王妃は塔の上から石を投げ落としました。地面に叩きつけられた石には大きなヒビが入ってバラバラに欠けました。城の者たちは何とか石のかけらを集めましたが、側室が触っても石くずの山はもう光りません。王は悲しんで、集めた石のかけらで≪王妃のティアラ≫をつくりました。側室がティアラを冠すると石は光りましたので、王はたいへん喜びました。石を割った正妃は処刑しました。
おしまい。
◇
今の話で突っ込むところはそこじゃないと知りつつも、聞かずにはいられなかった。
「その最初の大きな石はどこから来たのですか?」
「それは空のはじまりを問うのと、同じくらい良い質問です。人間には理解し難いでしょうが、最初からそこにあったのです」
「最初からあった? それが答えですか?」
「物事には必ず始まりと終わりがある、と考えてしまうのが人間の脳みその限界ですね」
煙に巻かれたような気持ちになっていると、話し過ぎました、と言ってひとりは眠ってしまった。
ふっと辺りが静かになる。周りは白くて、頭上には境界が曖昧な水色の空がある。私は雲の上に座っているような感覚がある。話しづらいので雲らしきもので台座を作って、その上に耳飾りをイメージする。すると台座の上に耳飾りが現れる。私はそれに向かって話しかける。
「始まりの話は初めて聞きました」
「僕も」
他人事のように言うので笑った。この声は私が一番多く話している相手である。
「2巡目の接続は珍しいから、あの人も興が乗ったんだろう」
「今の話からすると、男性でも選ばれれば石と話せるのですか」
「みたいだね」
耳飾りをアルノルト様の耳につけてみようか、と私は思った。
「おめでとう。素敵な伴侶と出会えたみたいだね」
「思考を読みましたか?まだお伝えしていないのに」
「読んではいない。君から溢れ出ているよ」
言われて私は両手で顔を覆った。
「人間の恋は」
馴染みのムセイオンは言う。
「ときどき予期せぬ動きをするから、僕はいまだに解明できない。興味深いよ」
私はアルノルト様のことをかいつまんで話した。
「君はいつ彼を好きになったの?」
「そう言われるとわからないです。徐々にというか、いつの間にかというか。でも前からいいなとは思っていました」
「婚約者がいたときから?」
「……そうですね」
「それは不貞にはならないの?」
きた。と思った。このムセイオンはいつも何かを具体的に教えてくれるわけではない。自分の倫理や常識の外側から、私の在り方を攻めてくるのだ。
「不貞は体に触れる類のことだと考えていました」
「君たちの時代では、心を通わせるのは不貞にはならない?君たちは婚約が正しく切れる前から心を通わせていたのだろう?」
私は言葉に詰まってしまった。
「それを先に行ったのはジークフリートの方です」
「君にしては乱暴だね。先に悪さをされたら自分もしていい理由になるの?」
「……」
「僕の分析からすると、ジークフリートは君のことが好きだよ。とても深く。だけど彼は賢くないからそれに気がついていない」
「え」
「心はずっと君にあるんだ。けれど彼は理性が弱いから欲に勝てない」
「今さらそんな推論を言わないでください」
「事実だよ。恋は難しいけれど、彼くらい単純な人間なら、僕は間違えない」
私は急にどんよりした気持ちになった。
「好かれていたとしても、私はずっと苦しかったです」
「なぜ。君は彼を愛していないから浮気も悲しくは無かったろう?」
「まあそうですね。でも腹は立ちました」
「続けて」
「宮廷行事も彼の公務も全部私が取り仕切って、その間にあの人は女と遊んでいたんですよ?」
「君の資源を搾取することへの怒りだね。けれどそんなものは仕事ならよくあることじゃないか」
「仕事……」
「そして彼の一番の仕事は後継を作ることだろう?」
「うーん……あっ」
「何か思いついた?」
「王妃様に好かれていませんでした」
「それは重大だ」
重大なんだ。意外なところでムセイオンは納得し始めた。
「感情の問題ではないよ。共同体の権力者が敵なのだから。ジークフリートは王妃に勝てるの」
「勝てるどころか浮気も王妃様の仕込みの可能性が高く」
「もはや恋愛以前の問題だね」
「そうですね、あっ」
「どうぞ続けて」
「父が私を叱責したとき、ジークフリートは一緒になって私を責めました。けれどアルノルト様は、父から私を守ってくれました」
「君の共同体の中で、君はずっと父親に勝てないけれど、勝てるカードになるのなら、アルノルトを選ぶのは正解だね」
勝てる勝てないって。そんなドライな話じゃないんだけれど。しかし言われてみると、その通りだった。アルノルト様よりもジークフリートの方が身分は上だけれど、父上や王妃様に意見してまで私を助けたりはしないだろう。
そういえば王妃様が私たちの再婚約を反対したと言っていた。アルノルト様は最終的にそれもねじ伏せている。
私が彼に惹かれたのは、実はそういった部分なのだろうか。
私の考えがひと段落するのを待ってムセイオンが声をかけた。
「君の新しい婚約者が心配していそうだから、そろそろ帰そうか」
「また来てもいいでしょうか」
「もちろん。ただこの石は小さいから頻度は減らしたほうがいいよ」
「わかりました」
私は目を瞑る。
再び水面に浮いてるような湖底に落とされたような感覚に投げ出される。けれど一度通った後の帰り道は案外楽だった。
◇◇




