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84話 【ゼニス歴1079年 カイン視点】

グレアム様とジョウ村で打ち合わせを行い、前線に戻ろうとしたが、気になり治療院をのぞく。


ジョウ村の臨時治療院は、限界に近づいていた。

ニール達リオネッサ治療院のメンバーも臨時でこちらに出向している。

ベッドはすでに満床。

廊下にも、簡易の寝床が並んでいる。

イルルは、休む間もなく動いていた。

ミラも、ミアも、ガブも、ピノも、全員走り回っている。


「ニール、こっち!」

イルルの声が、治療院の中を飛んだ。

ニールは、別の患者の処置をしながら、その声に応えた。

「分かった、すぐ行く」

運ばれてくる負傷者の数は、これまでとは比較にならなかった。

帝国軍の兵士。

リオネッサ軍の兵士。


そして——新生アステリズム神聖国軍の負傷兵も、捕虜として、何人か運ばれてきていた。


ニールは、その負傷兵の一人を見た。

まだ若い兵士だった。腹部に重い傷を負っている。

「……すまない」

兵士は、小さく言った。

「敵に、こんなことを——」

「敵も味方も関係ない」

ニールは、傷の処置を始める。

「ここに来た時点で、お前は患者だ」

兵士は、何も言わなかった。

ただ、目を閉じた。


イルルが、隣で別の患者を見ながら、小さく言った。

「ニール」

「ああ」

「これ——いつまで続くの?」

ニールは、すぐには答えなかった。

処置の手を止めず、答えた。

「分からない」

「……そっか」

イルルは、それ以上聞かなかった。

ただ、その手は、止まらなかった。


治療院の外で、また馬車の音が聞こえた。

新しい負傷者が、運ばれてきていた。


そっと帰ろうとしたら、イルルに見つかってしまう。

「あっ!カイン!いいとこにいた!

ちょっと患者さん運ぶの手伝って!

ガブーー! 

カインが来てくれたから一緒に手伝ってあげて!」

「俺、いま忙し…」

「口ごたえはいいから、さっさと手伝いなさい!

晩ご飯抜きだよ!?」

「…わかったよぉ。こえぇぇ」

「ガブ?なんか言った?

カインも、早く手を洗ってきて!」

結局、終日治療院を手伝うことになった。

   

平原では、斥候からの報告が、本陣に届いていた。

俺は本陣で、その報告を聞いていた。

「敵陣後方、約三千の兵が、集結しています」

「三千?」

グレアム様が、地図を見た。

「総数五千のうち、三千が後方に集結している、ということか」

「はい。装備は——」

斥候は、少し言葉を選んだ。

「銃を持つ兵が、これまで見た中で、最も多いです。

ほぼ全員が、銃を装備しています。

しかも新型だと思われます。」

本陣が静まった。

「指揮官旗は」

「黒地に、白い円に棒1本。中央に立っています」

来たか。


俺は、地図を見た。

三千。

数だけ見れば、連合軍二万に対しては圧倒的に少ない。


だが——その三千が、全員最新鋭の銃を装備し、軍師の指揮下に集結しているとなれば話は変わってくる。

「これは——」

俺は、地図のその場所を見ながら、言った。

「最後の一手、ですね」

「最後の一手、とは」

「これまで、軍師は、損害を抑えながら、こちらに打撃を与えてきました。だが——指揮が乱れた今、それができなくなっています」

俺は、続けた。

「ならば——最後に、最大の打撃を与えるための一手を、打つはずです」

「全軍で、突撃してくる、ということか」

「はい。真田信繁です」

「さなだ?」

「はい。俺の世界では結構な有名人ですよ」


グレアム様は、地図を見た。

「数では、こちらが圧倒している。受け止められるか」

「正面から受け止めれば、損害は出ます。だが——」

俺は、地図の連合軍本陣の位置を見た。

「狙いは、本陣ですから」

「本陣?」

「軍師の戦い方は、常に、相手の指揮系統を狂わせることでした。

最後の一手も、同じはずです。

三千の精鋭で、本陣を直接叩く。それができれば——数の差は、関係なくなります」

本陣に、緊張が走った。

「本陣の防御を固める。同時に——」

俺は、地図を見た。

「正面の部隊を、二段に構えます。一段目で受け止め、二段目で包囲する。本陣には、予備兵力をすべて回します」

「分かった。配置は、お前に任せる」

「はい」

   

次の日の朝、敵陣が動いた。

三千の精鋭部隊が、平原を進んできた。

銃の音が、絶え間なく響いた。

俺は、本陣近くの丘から、その光景を見ていた。

黒地に白い模様の旗が、部隊の中央で、揺れていた。

その旗の下に、馬に乗った人物がいた。

今度は、はっきりと見えた。


表情は、遠目では分からない。

ただ——その人物の動きには、迷いがなかった。

 

強襲部隊はまっすぐに、連合軍本陣へ向かっていた。

その数、おおよそ3000人。

3000人が鋒矢ほうし陣形で、本陣をこじ開けようと突っ込んでくる。

情報通り、恐らく持っている銃は最新鋭のものだ。


一段目の部隊が、その前に立った瞬間。

銃の射撃が交わされた。

今までの銃では聞いたことのない音。

弾丸の速度。


だが、こちらも負けじと撃ち返す。

この一撃でおびただしい数の兵が倒れた。

だが——3000人の部隊は、止まらなかった。

こちらの弾の充填がままならない状態で、敵の第2射が放たれる。

今度は一方的にこちらの兵が倒れる。

体制が崩れる。

そこに先陣が切り込んでくる。

どうやら最新鋭の銃とやらはマスケット銃のような形をしている。

銃剣というやつだ。


我々も負けてはいない。

鶴翼布陣で待ち構えた部隊が左右から包囲を始めた。

ここで、三千の部隊は初めて速度を落とした。

包囲される、と察知したのだろう。

だが——速度を落としたのは、ほんの一瞬だった。

黒地の旗が、大きく振られた。


それを号令として、三千の部隊は、包囲を突破する方向ではなく——さらに本陣へ向けて、二の布陣が割って出てくる。

魚鱗の陣だ。

それで本陣へ深く切り込むべく速度を上げた。

包囲される犠牲を、最初から計算に入れていた。


俺は、その動きを見て、息を呑んだ。

全員が、本陣にたどり着けないことを、分かっている。

それでも、進んでいた。

   

本陣に、敵兵が到達したのは、昼に差し掛かろうとしたときだった。

三千のうち、本陣にたどり着いたのは、二百を切っていた。

だが、その二百は、本陣の外周まで、確実に到達していた。

予備兵力との激突になった。

俺も、その戦闘に加わった。

銃の音と、剣戟の音が、入り混じった。

俺の前に、一人の兵士が立った。

銃を構える間もなく、剣を抜いた。

その兵士の目を、俺は見た。

飢えた目ではなかった。

怯えた目でもなかった。

ただ——どこか、覚悟を終えた目だった。


俺は、その兵士と斬り合った。

長くはかからなかった。

兵士は、倒れた。

俺は、剣を下げた。

周囲を見た。

本陣の外周は、激戦の跡が広がっていた。

敵兵の遺体。

連合軍の兵の遺体。

両方が、入り混じっていた。

その中央に、黒地の旗が、倒れていた。


旗の持ち主は——見つからなかった。

馬に乗っていた「()()」も見当たらなかった。

戦死したのか、退却したのか、そもそも——この場所にはいなかったのか。

分からなかった。

   

翌朝、戦況の集計が、本陣に届いた。

グレアム様は、その報告書を、長い間、見ていた。

俺も、その内容を見た。

戦死者、負傷者。両軍合わせて——二万人を超えていた。

エルバート王国崩壊戦争の、すべての戦闘を合わせた数を、大きく超える数字だった。

「グレアム様」

俺は言った。


「フィデルは」

「カルディアへ戻った、という情報がある」

グレアム様は、報告書を見たまま答えた。

「軍師の最後の一手の後、敵軍の指揮系統は、ほぼ崩壊している。

これ以上の組織的な抵抗は——できないはずだ」

「終わった、ということですか」

「……終わった」

グレアム様は、報告書を、地図台の上に置いた。

その手が、わずかに震えていた。


「五年前、儂は時間をかければ犠牲は出ない、と思っていた」

グレアム様は、平原の向こうを見た。

夜明けの光の中に、遺体の回収を始める兵士達の姿が見えた。

その数は、見渡す限り、続いていた。

「その考えは——間違っていた」

誰も、言葉を返さなかった。

平原に、冬の終わりの風が吹いていた。

その風の中に、まだ硝煙の匂いが残っていた。


史上最悪の戦争が、終わった。

誰も、勝った、とは言えなかった。

ただ——終わった、という事実だけが、平原に残っていた。

   

その知らせが、ジョウ村の治療院に届いたのは、翌日の昼だった。

ガブが、戻ってきた。

その顔は、ひどく疲れていた。

「先生」

「終わったのか」

「……終わった」

ニールは、その答えを聞いて、しばらく動かなかった。

イルルが、隣に来た。

「ガブ、お疲れ様」

ガブは、何も答えなかった。

ただ、立ったまま、治療院の中を見ていた。

廊下に並んだ負傷者。簡易病棟。

動き続けるニールとイルル。

ガブは、小さく言った。

「……まだ、終わってない気がする」

 ニールは、何も言わなかった。


そこに、ピノが現れる。

「…ガブだ」

「ああ、ただいま。ピノ」

「ガブだ、ガブだ、ガブだ、ガブだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

ピノは泣きながらガブへ抱き着く。

「心配したんだからぁぁぁ!」

「ああ、ちゃんと帰ってきたろ」

「うん、うん! 偉いね、ガブは」

「ああ、俺はピノの所に帰ってくるんだ」

ニールはそっとその場から離れた。


治療院の外で、新しい馬車の音が聞こえた。

また、負傷者が運ばれてくる。

戦争は、終わった。

だが、その後始末は——まだ、始まったばかりだった。

ニールは、外を見た。

平原の方角には、まだ煙が、薄く立っているのが見えた。

その煙の下に、何があったのか。

ニールには、まだ、分からなかった。

ただ——次の患者が、もう、扉の前まで来ていた。

「ニール」

イルルの声が、また飛んだ。

「分かった」

ニールは、振り返った。

 

治療院の朝は、まだ続いていた。

扉が開く音がした。

また、新しい誰かが、運ばれてくる。

ニールは、その音に向かって、歩き出した。

止まる理由は、なかった。

止まれば、誰かが死ぬ。

それだけのことだった。

外では、冬の終わりの風が、まだ吹いていた。

その風は、平原からリオネッサまで、ずっと吹き続けていた。

同じ風だった。

平原で吹いていたのと、同じ風が、リオネッサにも届いていた。

その風が、いつまで続くのか。

いつ止むのか。

誰にも、まだ分からなかった。


ただ、風は、確かに——吹いていた。

今日で一気に最後まで更新します!

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基本的に毎週水曜日、土曜日、日曜日の21時頃の更新を目指しています! 長期休暇期間中は、、、頑張ります!!
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