7話 【ゼニス歴1060年 ニール視点】
「おーーい、待ちやがれぇーー、ガキ共ッーーーーー」
背後から突き刺さるような大声。 草むらをかき分け、俺達は必死に地面を蹴っている。
隣を走るのはイルル。
彼女は泣きじゃくりながら、今にも折れそうな細い足で懸命に俺についてきている。
俺たちは今、命を懸けた「鬼ごっこ」の真っ最中だ。
鬼の正体は、この辺り一帯を根城にする盗賊。
捕まれば最後、俺たちは「人間」ではなく「商品(奴隷)」として違う町へ売られることになる。
(クソッ……間違いなく楽しんでやがるな)
追っ手の笑い声が聞こえる。 今の俺の体は、わずか8歳の子供だ。
崖から落ちて異世界に転生し、早5年。 まさか人生二度目の終わりが「人身売買」になるとは、笑えない冗談だ。
「ニール、もう……ダメだよぅ……っ」
イルルの悲痛な声が漏れる。 彼女の母親のために森の奥に薬草を採りに来たのが、すべての間違いだった。
――どうして、こうなった?
「お母さんが病気なの。助けてニール。」
泣きそうな顔で相談された俺は黙っていられなかった。
「任せろ。俺がなんとかしてやる」。
前世の知識があれば、風邪薬くらい簡単に作れる。
デイルに相談せず、イルルを連れて森へ入ったのは、俺の慢心だった。
昨日の一件で、貴重な「カージの根」を失ってしまった。
だけど、デイルとも採取した事のある「カージの根」を煎じれば、風邪薬が出来る。
実際にイルルはそれで良くなった。
それを早く飲ませてあげたい。イルルを安心させてやりたい。
この一心で親父に相談する事なくイルルと一緒に森へ出かけてしまったのだ。
(……ごめん、デイル。言いつけを守れなかった)
俺の手には、森で拾った鋭い枝と、自作した「毒」を塗り込んだナイフ。
35歳の頭脳と、デイルに叩き込まれた「付け焼き刃の剣術」。 それだけが、俺たちの生存ルートだ。
俺は生き延びる事が出来るのか、ここで終わるのか。
この世界では、子供はただの『商品(奴隷)』だ。
前世の常識を捨てなければ、俺たちは死ぬか、死ぬより酷い目に合う事になる。
「おらおらぁ、さっさと捕まりやがれーーー!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃーーー!助けてニールぅ!!」イルルの悲痛な叫び声が森にこだまする。
ちなみに一朝一夕の剣術は盗賊と子供の圧倒的な戦闘力の差を埋められる様なものではなかった。
一応落ちている木の枝とナイフで頑張ってはみた。
やはり付け焼刃では本業の大人の盗賊には敵わなかったので早々に戦う事を放棄し、イルルと共に逃げ出すことにした。
俺達が森の奥に逃げ込んだことで、いまも鬼ごっこが続いているのである。
まあ、向こうは遊んでいるのだろうけど。
「ひっ、ひぃ……!」
イルルの悲鳴が森に響き、盗賊の汚い指が俺の首筋に触れようとした、その時。
――世界から、音が消えた。
正確には、盗賊の罵声も、森のざわめきも、すべてを塗りつぶすほどの「殺気」が場を支配したのだ。
「……そこまでだ」
低く、地を這うような声。 盗賊が振り返るより早く、銀色の閃光が走った。
「あ……?」
盗賊が、自分の喉から噴き出した鮮血を見て、信じられないという顔で崩れ落ちる。
そこには、俺が知っている「優しい親父」はいなかった。
返り血を浴びても瞬き一つせず、冷徹な瞳で獲物を定める。
一頭の獣――「元近衛騎士団長」デイルが立っていた
永遠に続くかと思われた長い鬼ごっこが一瞬で終わる。
「ニール、大丈夫か? もう安心だ」
「と、父さん、なんで?」
「通報があったんだよ。子供が二人だけで森に入っていくのを見たってね。また不審な男が村を出入りしているから警戒しろって数日前から通達もあった。」
デイルが盗賊の亡骸を睨みつける。
俺達は助かったのだ。
と同時に説教が始まる。
今までで一番怒っている気がする。
父親との感動の再会?を迎えていると、イルルが庇おうと会話に入ってきた。
「デイルおじさん、ごめんなさい。私が悪いの。私がお母さんの風邪薬をニールにお願いしたから…」
イルルは俺の服の袖を掴み、涙を浮かべながら必死にデイルに訴えかけてくれた。
デイルは優しくイルルの頭にポンと手を乗せて話す。
「イルル。いいかい?君は悪くない。自分が出来ない事をできる人に頼むことは間違っていない。問題は受けた方だ。
自分が出来ない、こうなることを想像出来たはずなのに、それを怠った。
俺はそこに怒っているんだ。
判断を間違って自分が傷つくのは仕方ない。自分の責任だ。
だが、その判断ミスで他人を巻き込んだ。
これは一番やってはいけない事だ。
俺はそこに対して怒っている。いや、叱っているんだ。
これは二度とやってはいけない。こんな幸運はそうは続かないのだから。」
「怒る」と「叱る」は大きく違う。これは前世の記憶にもある。
「怒る」ということは自分の感情を相手にぶつける事。「叱る」ということは相手の事を真剣に考えるという事だ。俺にはちゃんと叱ってくれる人がいる。
これだけでこの世界に転生してきてよかったと本当に感謝している。
前世にはそんな人はいたのだろうか。思い返せば自分の生みの親はどうだったのか。
あの親は俺にあまり興味がなかったんだろう。
「父さん、ごめんなさ・・・」
最後に精一杯謝ろうと思っていた矢先、デイルの顔つきが変わった。
なんだ? (ガサガサ)
「おいおい、ダニーの野郎が死んでやがるぜ。かぁーー、あいつには昨夜のカードの貸しがあったのによう! おっさんがやりやがったのか?」
「・・・。」
盗賊団B、C、D、Eがあらわれた!
某RPGであれば間違いなくそういうテロップが出ただろう。
先程の盗賊Aの仲間のようだ。
イルルの俺の服を掴む指の力が強くなる。




