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60話 【ゼニス歴1074年 カイン視点】

中央の決着がついたのは、さらに二時間後だった。


第一騎士団長シモンが包囲されて剣を置いた。

第二騎士団長ロベルトは南からのラドゥル様の挟撃に遭い、降伏した。

第三騎士団長イングニルは俺たちの側面攻撃で退却し、聖都の北門まで戻ったところでエルバート王国軍に包囲されて投降した。

戦いは終わった。


俺は丘の上に一人でいた。

戦場の後片付けが始まっていた。


負傷者の搬送。

死者の確認。

降伏した騎士団の武装解除。


グレアム様が部下たちを動かしていた。

レオムル様が指示を出していた。


俺は南の平原を見ていた。


遠くに白い建物が見える。聖都の外壁だ。

あそこでは今、テオとユーリとミラが動いているはずだ。

そしてニールが——後ろで待っているはずだ。

俺は立ったまま、南の空を見た。


あいつの火薬が——今日の戦場にあった。

あいつは見せたかっただけだった。

花火を見せることが、あいつの全てだった。

それが銃になった。

爆薬になった。

バルドール帝国兵を殺す道具になった。

あいつは何も知らずに死んだ。

三十年以上前に処刑された。


あの時、俺は七歳で、彼の死を止められなかった。

そして今日も——戦争を止められなかった。

止められなかったが——目の前の戦争を終わらせることは、できた。


今日で終わる。

アステリズム神聖国は落ちるだろう。

エルバート王国はすでに解放された。

あいつの技術が使われ続けるこの仕組みが——終わる。

三十年と少し、かかった。


「龍二…」と俺は声に出した。


誰もいない丘の上だった。

「なんとか止めたぞ。だがな…」

風が吹いた。


「人間は今日の戦争で銃を知った。世界は次のステージに進んでしまったよ。」


返事はなかった。

当然だ。

俺は目を閉じた。

一秒、二秒、三秒。

目を開けた。


「カイン」

グレアム様の声だった。

老将が馬に乗って、丘の下から俺を見ていた。

「降りてこい。まだ仕事がある」

「わかりました」

俺は馬に乗った。


丘を降りた。

グレアム様が隣に来た。

何も言わなかった。

ただ隣にいた。

俺も何も言わなかった。

それでよかった。


【ゼニス歴1074年 リチャルド視点・後半】

バルドール帝国中央軍——戦闘後


銃声が止んだのは、昼を過ぎたころだった。

北からエルバート王国軍が側面に入ったのがわかった瞬間、俺は「間に合った」と思った。

第三騎士団が後退に転じた。

アステリズム神聖国の陣形に亀裂が入った。

そこを俺は突いた。


散開していたバルドール帝国中央軍を再集結させた。

前進させた。銃の装填の間を縫うように動かした。

一発撃ったら十五秒——その計算は正確だった。


前衛が接近した。

距離を詰めると、神聖騎士団の前衛が銃から剣に切り替えた。

そこからはバルドール帝国軍の方が強い。


均衡が崩れた。

シモンの旗が包囲された。


戦いが終わって、俺は捕虜となったシモンの前に立った。

大柄な男だった。六十代だろう。白い鎧が血で汚れていた。だが背筋は伸びていた。

「第一神聖騎士団長シモン・グレンヴィル」と俺は言った。


「そうだ」とシモンは言った。

「お前が皇太子か」

「そうだ」

「思ったより若い」

「思ったより頑固だった。包囲されてから一時間、剣を置かなかった」

シモンはかすかに笑った。


「置けなかっただけだ。騎士というのは、そういうものだ」

俺はシモンを見た。

「あの銃は——お前たちが作ったのか」

シモンは少し間を置いた。


「違う。エルバート王国だ」

「だろうな。どうやって手に入れた」

「詳しいことは俺には分からん。

ただ、儂は銃という武器は好かん。

これは騎士には合わん代物だ

この部隊に配備はされているが、実際の運用をしているのは上からの命で動かしているものだ。

儂にはその運用の権限がなかった。」

「そうか」

「…悲しいが、これが今後の世界で殺し合いの道具になるのだろうと感じている。

この戦から、戦争は騎士道のぶつかり合いから、ただの殺し合いへとなり下がった。

もう儂は関わるつもりはない。

欲しければくれてやる。

持っていくがよい。

上の者は焦るだろうがな」

「上の者、ね」

「そうだ。上の者だ。」

俺はそれを聞いた。


「技術者はいるか? まだ生きている者が」

「いるかもしれん。だが——俺には分からん」

俺は頷いた。


「捕虜の扱いは丁重にする。

負傷者には医師をつける。

どうやらエルバート王国にはいい薬師がいるらしいぞ。

約束する」

シモンは俺を見た。


「……何故そんなことをわざわざ言う」

「約束するから言う。それだけだ」

シモンはしばらく俺を見ていた。

それから、頭を下げた。


わずかに。だが確かに。

「……武人の礼に感謝する。そして、」

「?」


「勅命とはいえ、騎士の風上にも置けぬ卑劣な道具を使い、貴殿の部下を滅したことを聖騎士団長として詫びさせてもらう。すまなかった。」


俺は踵を返した。


ヘンリーが来たのは、それから少し後だった。

「兄上」

「何だ」

「死者の数が出ました。バルドール帝国軍で四百三十二名」

俺は黙った。

「うち、最初の銃撃で百八十名」

「……百八十」

「半分以上が最初の十分でした。あの銃撃がなければ——」

「わかっている」

俺は前方を見た。


平原に冬の日が落ちている。

四百三十二名。

今朝まで生きていた人間だ。

「兄上は——怒っていますか」

俺は少し考えた。

「怒っている」と俺は言った。


「だが怒りで判断しない。今日死んだ四百三十二名のために怒る。

次に同じことが起きないために、頭を使う」

「……次、というのは」

「あの銃は、今日で消えない」とヘンリーは言った。


「消えない」と俺は言った。

「技術は広まる。次の戦場に出てくる。——だからこそ、今ここで考えておく必要がある」

「何を」

「あの兵器の、限界と対処法を。今日の戦場が教材だ」

ヘンリーは俺を見た。


「兄上は——怖くないのか」

俺は少し間を置いた。

「怖いさ」と俺は言った。

「だから考える。怖くない人間は考えない。怖いから考える。——それだけのことだ」

ヘンリーはしばらく俺を見ていた。


それから、頷いた。

「……わかりました」

「今夜、各部隊長を集めろ。

今日起きたことを全部記録する。

一発の銃声で何人倒れたか。

散開した後の被害がどう変わったか。

装填の間隔が何秒だったか。

全部記録する。——次に備える」

「はっ」

ヘンリーが動いた。


俺は平原を見た。

この戦いは、新しい時代の最初の一日だ。

剣と馬の時代が終わり、


火薬と銃の時代が始まった。


俺たちはその最初の戦場にいた。

四百三十二名の死と引き換えに、俺たちは知った。

それを無駄にしない。

それだけが、今の俺にできることだ。

冬の平原に、風が吹いた。

旗が揺れた。


【ゼニス歴1074年 テオ視点】

「うん、行ってくる」


「無理はするな」とニールが言う。

「あなたが言う?」

「……言える立場ではないが、言わせてくれ」

ワタシは小さく笑った。

「もう、心配性ね。そんなに心配ならあなたも前線に来てくれたらいいのに」

「俺は後方で動く。前には出ない」

「わかってるわ。ワタシが前に出る時、後ろで待ってて」

「ああ」

アステリズム神聖国の中枢へ向かうのは、ワタシとユーリ、ミラ、そしてニールだ。ただし、ニールは負傷者の治療に特化する形での参加だ。


バルドール帝国軍の進軍に合わせて、内側から鍵を開ける。——アステリズム神聖国の外壁が制圧される前後に、内部の協力者に接触して、施設の封鎖解除を行う。

それがワタシたちの役割だ。

「マルグリットは」とワタシは確認した。

「教皇の側にいるとの情報があります」とユーリが言った。


「ファランは」

「心労も祟り、あまり芳しくありません。

また、転生儀式によって相当量の生命力を消耗した事により、老齢の身では中々回復が出来ていない様です。

自力での移動も難しい状態かもしれない、という話が入っています」

ユーリは言葉を止めた。


「わかった」

ワタシは荷物を閉じた。

ファランは——依り代に過ぎなかった。

教皇がエルバート王国を操るための、外見の良い器。

義理の父親に、そういう役割として使われ続けた。

王城にいた頃、ワタシはファランをただの「王」として見ていた。

今は違う。

あの人も、ある意味では——閉じ込められていた。

憎む気持ちより、哀れだという気持ちの方が出てくる。


「テオ」

「何?」

「マルグリットは——お前に任せるから」

ワタシは頷いた。

「わかった」

ニールはワタシを信頼してくれている。


翌日の朝、リオネッサを出発した。

イルルが見送りに出た。

「気をつけてね、テオ、ニール」

「ああ」

「ちゃんと、ちゃんと戻ってきてね」

「戻るわ、当然でしょう」


当たり前よ。

イルルは何を言ってるのかしら。

ここがワタシとニールの場所だもの。

ちゃんと帰ってくるに決まっている。

やっぱりイルルは馬鹿ね。


ピノが駆け寄ってきた。

「ミラ!ちゃんと帰ってきてね。」

「ああ。もちろんだ。」

「お土産、忘れないでね」

「……わかったよ。うるせえな」

「何がいいか言おうか?」

「いいよ。楽しみにしときな」

ワタシもニールに何か買って帰ろうかしら。

うん、それがいいわね。

ピノが大きく手を振った。少し泣くのを我慢しているみたい。ガブの服の裾を握っている。

ガブも腕を組んで立っていた。

目が合うと、小さく頷いた。


ミアが「ミラ、気をつけてね〜!」と手を振る。

クロノが「ご武運を」と頭を下げた。


イルルが心配そうにこちらを見つめている。

安心なさい。ニールはワタシが守るから。


ワタシたちは馬車に乗り、出発した。

リオネッサが遠ざかる。

窓の外を見た。冬の平原が広がっていた。遠くに山が見える。

あの山の向こうに、アステリズム神聖国がある。

怖い、という気持ちはある。


でも——それより、早く終わらせたい、という気持ちの方が大きい。

早くここに、いえ、『ニール』の元に帰りたい。


それが今、ワタシの動く理由だ。

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基本的に毎週水曜日、土曜日、日曜日の21時頃の更新を目指しています! 長期休暇期間中は、、、頑張ります!!
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