↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
63/96

58話 【ゼニス歴1074年 ニール視点】

俺達が教皇の奇跡の実態を公表したのは、クロノのリストが出た六週間後だった。


まずはユーリがエルバート王国のが置こうルートを活用し、アステリズム神聖国がばら撒いている『奇跡の薬』を手に入れ、分析を開始した。


やはり、俺の睨んだとおりだった。

くそ、アステリズム神聖国というのはどうやら本気で腐っている様だ。


例の『神の奇跡』とやらはやはり麻黄由来の合成成分から出来ており、本来、喘息や発熱に効く薬の成分を一部分だけ取り出すこにより、脳の中枢神経を強力に興奮させる危険薬物へと変化する。


戦時中や戦後の日本で広く使われた「ヒロポン」のようなものだった。

一時的に興奮状態で動けたとしても、当然常習性の高いこの成分を脳が求める為、また薬を欲するようになる。


そこに莫大な金が動いているという事がわかった。

俺達リオネッサが薬で資金を稼いでいる事を逆手に取り、人の弱みに付け込んだ商売をしている様だ。

そこまで優秀な創薬の技術がアステリズム神聖国にあった事には驚きだが、その使い方が完全に間違っている。

これだけは許されることではない。


時間をかけた理由は、もう一つ。追跡調査の数字が揃うのを待ったからだ。

アステリズム神聖国の『神の奇跡』治癒を受けた王都の患者三十七名のうち、一ヶ月後、二ヶ月後の状態。

治癒を受けていない患者のうち、俺がリオネッサで治療した者の回復記録。

並べると、傾向が明確に出ていた。


当然というか『神の奇跡』を受けた者は、黒い嘔吐症状は何も治っていない。

ただ、動けるだけ。

また奇跡的に病気を克服した者も、再発した時の症状が、最初より重い傾向がある。

それは前回の病気でダメージを受けた身体の中は、何一つ改善されないまま新しい菌に侵されているからである。


一方で、毒を早急に取り除き、体内水分量の調整をこまめに行った身体はそこまでのダメージに至っていなかったというのも大きいのだろう。


俺が書いた文書は三ページだ。

論評は書かなかった。

数字と経過だけ書いた。「何が起きているか」は書いたが、「それは悪いことだ」という論評を書かなかった。


「なぜ論評を書かないの?」とテオが聞いた。

「読んだ人間が判断することだ」

「みんなが正しく読めるとは限らないじゃない」

「全員に読ませる必要はない。医師と、識字のある商人と、教育を受けた官僚が読めれば十分だ。

その人たちが周囲に伝える。

感情に訴える文章より、事実の記録の方が、時間をかけて信用される」


イルルが寄ってきて言う。

「ニール、お願いがある」

「何だ」

「『神の奇跡』の治癒を受けた患者に向けて、今後の対応を書いてあげて。

私もこの病気になって思い知った。人間は意外とすぐに死んじゃうって。

病気になった時、とても怖かった。

私にはニールがいたから助かったけど、他の人は違う。

家族や大切な人が黒吐病になった時、どうしたらいいかを知りたい。

アステリズム神聖国の治療では症状が悪化するだけだってこと、リオネッサで相談を受け付けること。——奇跡を否定するだけじゃなくて、次の行き場を示してあげたい」


俺は考えをまとめている間、テオが反対する。

「イルル、それはダメ」

「どうして?」

「そんなことをしたらリオネッサに大陸中の全ての患者が来てしまう。

そんな事になったらリオネッサは身動きが取れなくなる。

今、戦争しているのよ? 

あなたはニールの横にいるのでしょう。

もっと広い目でみなさい」

「だって」

「…いい。構わない。加えよう」

「ニール⁉」

「ありがとう」

イルルは報告書の内容の変更をクロノに伝えに行く。

イルルが立ち去り部屋には俺とテオだけが残された。


テオが厳しい顔をして俺に話しかける。

「ニール、イルルに少し甘いんじゃないかしら。

情があるのはわかる。

だけどそこを許しちゃえばリオネッサに患者が溢れるわよ?

そのタイミングでアステリズム神聖国に攻め込まれたらどうするのよ」

「心配ない。その為のバルドール帝国だ」

「バルドール帝国だって表面上は付き合ってくれるでしょう。

だけど裏ではどう考えてるかわからない。

信じられるのは同胞だけ。

あとここにいるメンバー。

百歩譲ってもリオネッサ領民くらいよ」


「そんな事はない。グレアム様もリオネル様とバルドール帝国の盟約は間違いなく効いている」

「勿論、初めはそれで大丈夫でしょう。だけど盟約なんて破る為にあるのよ?」

「バルドール帝国が裏切るというのか?」

「そこまでは言ってない。だけど盟約や契約というのは何のために結ぶのか、という事なのよ。」


「何のため?」

「ええ。人が他人を信用できないから、文字という形で信用を可視化したものが契約なの。

だけどそれは理性や社会的ルールが通用する現代社会でこそ役に立つ。

こんな野蛮な世界の人間がきちんと盟約を守るなんて事は絶対に考えない方がいいわ」

「俺達が騙されるという事を言いたいのか。」

「それはまだわからない。だけど裏切る可能性を考えて行動しないと安心して生きていけない、という事よ。

ワタシにはわかる。日本でも散々そんな目に合ってきたんだもの。

人間は信用できない。家族ですら信用できない。信用できるのは心を共にできる『同胞』だけよ」


「…こないだから言っているテオの『同胞』というのは、俺とカインのことか?」

「ええ。ワタシは転生させられてからずっと敵に囲まれて一人だったわ。その中でもワタシが心の底から信頼しているのは、危険を冒してワタシを迎えに来てくれたニール、あなただけよ。」

「テオ、お前…」


「ええ。ワタシはあなたのことが好きよ。愛してる。」


「……」

俺は突然の事で言葉を繋げなかった。

「勿論、あなたの今の気持ちはわかっている。

だからワタシはあなたの信頼を勝ち得るための行動をするわ。

これからも期待していて頂戴」

そう言い残し、テオも部屋を出る。


そして俺はひとり部屋に残された。


【ゼニス歴1074年 テオ視点】

遂に言ってやったわ。


案の定のニールの焦った顔、これスマホに撮りたかった。

一生笑いものにできるわね。

これからもずーっと一緒だもの。

イルルには悪いけど、ニールはワタシのもの。

イルルはガブあたりがお似合いよ。

馬鹿は馬鹿らしく馬鹿と一緒に居ればいいのよ。

うふふふ。


文書はバルドール帝国のルートで各地に配布された。

反応は三段階に分かれた。

最初の二週間は否定だった。

アステリズム神聖国の施設から声明が出た。

「でたらめだ、奇跡は本物だ」というものだ。

民衆の一部からも「信仰を侮辱している」という声が来た。

次の二週間は疑問だった。医師や薬師から問い合わせが来た。


「この数字は信用できるか」「追跡調査の方法を教えてほしい」というものだ。

一ヶ月後、確認が来た。


「治癒を受けた後、数日で再発した患者がいる」という報告が、複数の地域から届き始めた。

それぞれ独立した報告だが、症状のパターンが一致していた。


テオが言った。

「来たわね」

「ああ」

「アステリズム神聖国が否定声明を出す前に、実際の症状が証拠になった」

「そうなる計算だった」

「ニール」

「何だ」

「あなたはこの文書を書きながら、どんな気持ちだったの?」

俺は少し考えた。


「被害者を数字としてとらえていた訳ではないが、気持ちいいものではなかったな」

「他には?」

「それだけだ。書類は書くものだ。——ただ、書き終えた後で、少し疲れた」

「疲れた、ね」

「ああ。楽しい内容ではなかったからな」

テオは少し間を置いてから言った。


「そう。でも、あなたは良い仕事をしたと思うわ」

「なぜ」

「疲れるべき仕事を、ちゃんと疲れてやったなら——それは、正しくやった、ということだから。

ワタシにはもっと弱音を聞かせてくれてもいいのよ。

あなたは頑張っている。」

「……」


俺は何も言わなかった。


イルルが恐る恐る部屋のドアを開けて言う。

「あのー、ご飯できた、よ? 今日はガブが手伝ってくれたから、量がちょっと多い」

「ガブが手伝ったのか」

「渋々ね。でも、味は美味しいよ」

「行きましょう」とテオが言い俺の手を取ろうとする。


俺はすっと自分で席を立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
基本的に毎週水曜日、土曜日、日曜日の21時頃の更新を目指しています! 長期休暇期間中は、、、頑張ります!!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。