56話 【ゼニス歴1073年 グレアム視点】
王都へ向けて軍を動かしたのは、秋の初めだった。
兵は三千。
全てリオネッサ兵である。
側面を固めながら、街道を進む。
儂は先頭には立たなかった。
レオネルが指揮を執る。儂はその少し後ろで動向を見ていた。
「父上は出張らなくていい」と出発前にレオネルが言った。
「わかっている。ただ——見ていたい」
「感傷か? まだそんな老け込む歳でもないだろう」
「そうかもしれない。四代分の積み重ねの終わりを、自分の目で見たい」
レオネルは少し間を置いてから言う。
「ふっ、少しでも遅れたら置いていくぞ」
「誰に向かってほざくか。貴様こそ、少しでもヘマをしたら指揮権を取り上げてやる。」
「はっはっはっは、それだそれ!おーい、怖い親父殿が帰ってきたぞ!みんな気をつけろー!」
「はっ!!」
レオネルと兵達は豪快に笑った。
王都に近づくにつれ、抵抗は——想定より薄かった。
勿論、周辺小国の部隊との交戦はあるが、こちらは本気で戦う気がない。
むこうも一緒で自領が踏み荒らされるのを黙って見過ごすわけにはいかないと体裁であり、事前にカインらの手筈で既に危害を加える気がない事は通達している。
また農地や村々に危害を与えない様に慎重に行軍をしている為、向こうもそれが分かった状態での対峙である。
戦闘が始まるのはエルバート王国本領に入ってからだ、と踏んでいたが、本領に入ってからも敵兵部隊との本格的戦闘はほとんどなかった。
どの部隊も真剣に事を構える気がないのだ。
リオネッサ兵の強さに恐れをなして、という訳ではない。
なんなら銃火器をある程度保有しているエルバート王国本軍は手ごわいはずだ。
だが、どの部隊とも本格的な戦闘にならなかった。
それどころか、むしろ王都に近づくにつれ、レオネルに連なる軍は2倍ほどに増えていた。
エルバート王国兵が勝手に投降を始め、勝手に当方部隊に組み込まれていく。
全く。
転生者というのは恐ろしいものだ。
王都に近づくほど、王都の守備の要である近衛兵の配備はある。
だが、動きが鈍い。
命令に対して反応するまでの時間が長い。
隊形が乱れていても修正されない。
複数の部隊が同じ場所を守っていたり、肝心な場所が手薄になっていたりしていた。
「本当に効いているんだな」とレオネルが低い声で言った。
「ああ。ニールの薬と、テオの仕込みとの両方だ」
「……こんなの初めてだ。本当に奇妙な戦だよ」
「お前の総大将としての初陣だ。もう少し派手にしたい、ってのもあるのだろうが」
「そんなのはねえよ」
「そうなのか?」
「ああ。双方に血が流れない戦争が一番良いに決まっている」
「そんなものか?」
「兵士からしたらそんなもんだろ」
「…そうかもしれんな」
「それにしても、あのカインの考え方は面白いな。最近、あいつの話を聞くのが面白い。」
「自衛隊、とかいうやつか?」
「ああ、矛盾してるんだけどな。
あの理念ってのは、なんていうか、『リオネッサらしい』んだよ」
「リオネッサらしい…」
「聞けば、カインのいた国ってのは、西に大国があり、大海を挟んで東にも同盟国の大国に睨まれている、四方を海に囲まれた島国だったそうだ。
たが、土地としてはあまり魅力のあるものではないらしい。
俺達の土地も、西からバルドール帝国に睨まれ、エルバート王国から無理難題ばかりを言われるような辺境の地だ。
土地だって森が多いから農地もそんなに取れるようなもんでもない。
はっきり言えば双方にとっても厄介な土地だ。
その中で俺達が出来る事は自領の民を守るだけ。
他国の領土を侵すのではなく自衛。
俺達にぴったりの考え方だ。」
「なるほどな」
「ああ、面白いぞ。一度、話してみたらいい。」
「そうだな。全て片付いたらご教授願おう」
「…その言い方は止めといたほうがいいぜ」
「なぜだ?」
「カインが言っていたんだが、そういうのを『ふらぐ』っていうらしい。」
「ふらぐ?なんだそれは?」
「なんでもそういうのを言えば、叶う願いも叶わなくなるようなジンクスがあるらしい。
若い奴の中で流行ってるんだってよ。
若い奴のいう事は聞いといたほうがいいらしい。」
「…なんだそれは」
儂は少しカインの人間らしさを垣間見た気がした。
進軍の途中、三カ所で小競り合いがあった。
いずれも短時間で終わった。
抵抗する側が、途中で動きを止めた。
命令が途絶えたのか、戦う理由を見失ったのか。
レオネルが手際よく対処し、儂が出る場面はなかった。
「レオネル」
「ああ」
「これが終わった時——ニールたちと、どうやって付き合うつもりだ」
「一応、考えてはいる」
「どんなふうに」
「……正直でいよう、と決めている」
「それだけか」
「騙そうとしても無駄だしな。
あいつらは全部見透かしてくる。
隠しても見透かされる。
だったら俺は正直でいる。
分からないことは分からないと言う。
やりたいと思う事を相談する。
頼みたいことは頼む。」
「…なるほど」
「あいつが相手だと、そういうのが一番早い気がしている。
下手な駆け引きとかは一切無しで、俺は正直にあいつと対しようと思っている。
だけどあいつは多分俺達とは一線を引こうとだろうけどな。」
儂はかすかに笑った。
「そうだな。同じことをずっと思っていた」
王都の城壁が見えてきた。
炎は出ていない。
ただし、先遣隊の話では王都内で多少の混乱はある様だ。
でも——燃えていない。
ニールの薬が効いている。
戦意を失っている人間は、火をつけない。
やけくそにもなれない。
「全軍前進‼」とレオネルが宣言する。
その言葉に呼応するように次々に雄叫びが上がり、隊列が動く。
その時、城壁の内側から門を開ける音がした。
誰が開けたのかは分からない。ただ——静かに、門が開いた。
儂は四代分の時間のことを思った。
この瞬間のために積み上げてきたわけではない。
そうではなく——積み上げてきた全部が、この瞬間を可能にした。
レオネルの隣で、儂は初めてエルバート王国の旗を掲げずに王都の門をくぐった。




