53話 【ゼニス歴1073年 グレアム視点】
書状は、儂の名前で手配する。
内容は一枚にまとめた。
「リオネッサ辺境伯領は、現エルバート王国の統治方針と相容れないと判断した。今後、エルバート王国との従属関係を解消し、独立した立場で領内の運営を行う。」
それだけだ。難しい言葉は使わなかった。
レオネルが下書きを見て「これでいいのか?」と言った。
「何か問題があるか」
「こういうのってもっと長ったらしい形式ばったもので、それが正式らしく見えるんじゃないか?」
「正式らしく見せる必要はない。正確に伝わればいいのだ」
「ふーん」
レオネルはそれ以上言わなかった。
宰相セドリックからの返書は、一週間後に来た。
「国家反逆罪として処断する用意がある。今なら不問にする。速やかに撤回されたし」という内容だった。
儂は返書を読んで——かすかに笑った。
ニール達の策が効いているな、と。
文章が鈍い。
以前のセドリックなら、もっと鋭く言葉を選ぶ。脅しの中に逃げ場を作り、それでも応じなければ即時断罪し、応じれば温情を匂わせ、最終的には容赦なく断罪する。
——そういう書き方をする人間だった。
今回の返書にはそれがない。
「速やかに撤回されたし」だけだ。
どうやって処断するかも、撤回したら何を約束するかも、書いていないし、におわせもない。
明らかに弱っている。
ニールの薬の効果か、テオのシステムの効果か、あるいは両方か。
いずれにせよ——動きが鈍い。
「レオネル」
「ああ」
「軍の準備を始めろ。攻めるためじゃない。動ける状態を作っておく。実際に動かすかどうかは、儂が判断してからだ」
「規模は」
「既に東に脅威はない。全力だ。ただし、周辺の村への影響を最小限にしながら展開できる形で組む。ニールに確認してから動く」
「わかった」
レオネルが出ていった。
儂は地図を広げる。
そしてカインを呼ぶ。
カインが来るまでの間、一人で思案してみる。
リオネッサから王都まで、街道で八日。
バルドール帝国の後詰めを使えば、側面を固めながら進める。
エルバート王国の指揮系統は乱れまくっている。
当然、エルバート王国兵達の下がりに下がった士気は、統率されたリオネッサ兵と対峙すれば速攻堕ちるだろう。
今の状態が続く限り、大きな抵抗はない。
問題は——どこまで「攻める」必要があるか、だ。
儂は戦場の人間だ。攻めることなら分かる。
だが——今回の「攻め」は、剣を振るうことではない。
「閣下、お呼びでしょうか」
扉を開けてカインが来た。
「ああ、すまない。少し相談に乗ってほしい」
「その前にひとつ、ご報告申し上げます」
「構わん。話してくれ。」
「王都の周辺三つの村で、エルバート王国兵が暴徒と化しています。
具体的には村人への暴力、および金品の略奪。
それにより村経由で行っていたアステリズム神聖国への資金流出が止まっています。
宰相の決裁機能が落ちているため、送金の承認が出ていないようです。
そこにエルバート王国軍部隊の暴走。
今後も続けば、アステリズム神聖国との関係性悪化が顕著になるでしょう。」
「アステリズム神聖国はそれに気づいているか」
「おそらく。——動きが出てくる可能性があります」
「どんな動きを考える?」
「エルバート王国の混乱を利用して、アステリズム神聖国が直接介入を図ろうとするかもしれません。
宰相に代わる傀儡を据えようとするか、あるいは——治癒師保護の名目で教団の護衛部隊を王都に入れようとするか」
儂はそのまま少し考える。
「バルドール帝国への連絡は」
「昨日、使者を出しました。
既に皇帝およびエレナ皇后は状況を把握しています。
盟約の範囲で動ける準備がある、との返事が来ています」
「儂が進軍の決断をした時、バルドール帝国はどれくらいで動ける」
「3日以内でしょう。遅くとも5日以内にはエルバート王国との国境周辺はバルドール帝国兵で埋め尽くされます。ネズミ一匹、国境を超える事は出来なくなります。」
儂は地図を眺めた。
「……いつ、決断する」
「いつでも構いません。
明後日朝にはこちらも準備が整います。
こちらが動けばアステリズム神聖国の先遣隊が国境を越え攻め入ってくるでしょう。
それよりも早く王都を抑えてしまう。ここは時間との勝負ですな。
このタイミングがズレると後々ややこしい。
手順を間違えるとアステリズム神聖国がエルバート王国に入る口実を与えることになります」
「わかった。——日程は儂が決める」
「承知いたしました」
「カイン」
「はっ」
「この先に——何人死ぬと思っている」
カインは少し間を置いた。
「私は軍人ではなく、自衛官です。
自衛官というのは専守防衛が要。
敵がこちらを攻撃してきた場合のみ、攻撃を発動します。
それまでは耐える。我々は耐える為の力を持っています。
幸い、今回の出征に関しては敵の戦意を削ぎ、投降させる事が目的です。
それであれば私は全力で力を出せます。
私はレオネル様と共に被害を最小にするための軍を設計しました。
その為の装備と訓練に時間を注ぎました」
「被害者をゼロにするという事か」
「…それはできないでしょう。残念ながら私には、そこまでの力はない」
儂は頷いた。
「正直だな」
「嘘をついても意味がありません」
「……そうだな」
「…ただ」
儂は地図から視線をカインに戻す
「私は私の意地を通させて頂きます。
私も、私の友人の様に『私のやるべきことをやる』と決めたのです」
中々、いい目をしている。
育ってきた世界は違う、しかし、この男の目は戦う者の目だ。
それが「自衛官の誇り」というものなのだろう。
儂は、この四十年の軍人生活で散らせた命の数を覚えていない。
救った命の数も覚えていない。
数えたことも数えようとしたこともない。
この、カインという男はそれを平気で言う。
ただ——羨ましかった。




