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47話 【ゼニス歴1073年 ニール視点】

こんにちは!

作者の葛城OROSHIです。

稚拙な文章ですが、最後までお付き合いください!

皇后エレナが辺境を訪れたのは、グレアム様が使者を送ってから四週間後だった。


当初は二ヶ月かかると見ていた。予想より早い。自分で動く理由があった、ということだ。

名目は「辺境伯との防衛協議」バルドール帝国と辺境領の国境線に建てられた兵士の駐屯施設で会談が行われる。

グレアム様から俺への伝言に、一言が添えてあった。


「エレナ皇后が、お前と1対1で会いたいと言っている。」

グレアム様の少しホッとして笑っている、そんな顔が目に浮かんだ。


俺は、それを読んで少し考えた。

事実上のバルドール帝国の頭脳が辺境の薬師を名指しするということは——すでにこちらの内情を、ある程度把握しているということだ。

情報が届いていた。

誰かが話した、あるいはバルドール帝国独自の情報網があったということだろう。


どちらにせよ、隠す必要はない。

皇后——エレナ・バルドール。39歳。


皇帝と皇后、この二人の馴れ初めは不明。

ただ、皇帝ヴァルガスがまだ若かりし頃、平民であるエレナに惚れ込み、妻にしたという事だけは伝わっている。


バルドール帝国の出自は元々リオネッサに隣接する港を保有している自治区だったらしい。

それが周辺小国を取込み、一気に北に拡大し、南の海と北の海を繋げ、大帝国を一代で築き上げたのだ。


旦那である皇帝ヴァルガス・バルドールは、戦でもその版図を広げたが、多くの場合は外交と経済的な圧力で吸収したと聞いていた。

恐らくそこにエレナ・バルドールが絡んでいるのだろう。


戦わずして勝つ、ということを理解している人間だ。


俺は駐屯施設の応接室に通された。

皇后はすでに座っていた。


豪傑な人物像を想像していたのだが、全然印象が違う。

姿勢は良いが背は低い。

だが、目鼻立ちも整っており、とても魅力的な顔立ちをしている。

特に目が印象的だった。

目力も凄い。

人を見る目だ。

相手の感情を受け取りながら、自分の感情を全開で出す。

「苦手」というグレアム様の気持ちもわかる。


「そなたが、グレアム殿が言っている薬師か」

「はい。ニールと申します」

「グレアム殿が随分と評価している。あの人が褒める人物というのはとても珍しいわ」

「皇后様には敵いません」

「世辞が上手ね。」

「滅相もありません。俺、いえ、私の見立てです」

エレナはわずかに笑った。


「構いません。言葉使いは気にしなくても良いわ。座ってください」

「失礼します」

「単刀直入に聞きます。

あなたは今、病気の治療薬を持っている。

それをバルドール帝国に売ってくれるのかしら」

「売りません」

エレナの目が、わずかに動いた。


「では、何をしたいの?」

「当方はバルドール帝国と独占配給の契約を結びたいと考えております。

売買ではなく、バルドール帝国が配給の拠点を持つという形で」

「わからないわ。

それをするとして、あなたに何の得があるというの? 

売買との違いを、説明してちょうだい」


「はい。薬を売れば、バルドール帝国とは一度の取引で終わります。

薬の量には限りがある。次に必要になれば、また交渉が必要になる

。——配給拠点になれば、俺が薬を作り続ける限り、バルドール帝国が継続的に供給元になれます。

関係が続く」

「それはわかるわ。

じゃあ定期的に購入できるような契約にしましょう。

この病気が終わったとしても、あなたはもっと色々な薬を扱っているのでしょう。

セイロガンでしたか? それなら問題ないでしょう。」

流石、切れ者だ。こっちのことをよく勉強している。


「いえ、お断りします。」

「何故? バルドール帝国はあなたの薬を有効活用するわ。

あなたの要望であれば民に優先的に渡す様に契約書に記載しても構わない。

勿論、相応の対価も払う。

いえ、払わせて頂戴。

それがあなたの価値よ。

言い値で払ってもいい。」

「お断りします」


「…じゃあ、あなたは何を望むの?」

「はい。我々がバルドール帝国へ望むのは、病気に対する制御権です。

薬を持っている者が、配給先を選べる。

どの国に渡し、どの国には渡さないかを決められる。

国とか、領地とか、貴族とか関係なしに、困っている民を病気から救う。それが私の望むことです。」

「それは、他国の民の生死を握ることを意味します」

部屋が静かになった。


護衛も、気配を消したように静かだった。

皇后は俺をじっと見ている。

先程迄の値踏みする目ではなかった。

もっと別のもの——「危険なものを見る時の、慎重な目」だ。


「お前は——自分が何を言っているか、分かっているのか?」

「分かっています」

「一介の薬師風情が! 他国の元首を差し置いて政治を動かそうと脅しているのだぞ‼」

「私は政治を動かしたいのではありません。薬師は人が死なないようにする。その過程で——政治が動くのです」

「その違いに、意味があるとお前は言うのか‼」

「あります。目的が違います。俺の目的は薬で人を救うことです。政治には興味がない!」

皇后はしばらく黙った。


「興味がない、ね。…一つ聞く。リオネッサはどうする?」

「自治を続けます。バルドール帝国に組み込まれることは望みません」

「わかった。では潰すわ。あなたとリオネッサを潰す!」

「攻めてくるという事ですか?」

「ええ。今すぐにでも。だってあなた、危険だもの。

この大陸にとって危険すぎる」

「それならば我々は戦います。あらゆる手段を使ってでも。」

「…その手段に、『病気』も入っている、という事ね」

「俺は薬師です。今なら病気をコントロールできます。」

エレナはしばし考える。


「…交渉できないの?」

「できません」

「なぜ」

「俺の仕事は薬を作ることです。そして病気と闘う事です。そこに国や宗教は関係ない。

バルドール帝国の一部になれば、間違いなく俺の薬は政治に使われる。

俺は薬師として絶対にそれは受け入れられない」

皇后は少し間を置いた。

「あなた、傲慢ね。」

「……」

「だけど、グレアムがあなたを信用する理由が、少し分かったわ」

小さく言って、立ち上がった。


「条件を整理してまた話します。次は法務官を同席させるわ」

「はい」

「一つだけ忠告しておきます。」

皇帝は俺を見た。

「この話が成立した場合——あなたは普通の薬師には戻れない。

それを理解した上で、この交渉をしているのでしょうね」

俺は少し間を置いた。


「……理解はしています」

「ふん。あんた、私の人生の中で一番の強敵だわ。褒めてあげる。」

皇后は一気に言葉を崩して話してきた。


「恐縮です。」

「いいのよ。ホントにそう思ったんだから。

あの最恐皇帝の妃ってだけで、みんなビビっちゃってさ。

交渉になんてほとんどならないのが普通なの。

多少骨があるな~って思ったのは、その扉の裏で聞き耳立ててるグレアムのおっさん位だわ」


扉が開き、グレアム様が入ってくる。

「エレナ様。お見通しでしたか。恐れ入りました。」

「なーにが、恐れ入りました、よ。バレバレだし、なんならバレるように殺気ビンビン出してたでしょ」

「はっはっはっはっは。流石ですなぁ。ところで喋り方は大丈夫ですか? ラドゥルに怒られますぞ?」

「やめてよ。ラドゥルは面倒なのよ。だからこの辺境に置いてるのに」


「ラドゥル、入ってきたらどうだ?」

「はい、エレナ様。ラドゥルでございますぞ」

「ゲッ!」

「エレナ様! なんです、その汚いお言葉は!」

先程迄あれだけ物騒な話をしていた応接室が一気に同窓会会場へと様変わりする。


俺は置いてけぼりで、しばらくその会話を聞いていた。


「あー、薬師が置いてけぼりだわ。あんた、ニールっていったっけ? 今後、どうする気なの?」

「リオネッサにて静かに薬作りをするつもりですが…」

「そんなのが本気で通用すると思ってるわけ?」

「そうですなぁ~。儂も少々困っておるんですわ。老い先短い老体には少々刺激が強くてですな」

「そう。ニール、あんたバルドール帝国に来なさいな。私の名のもとに、あんたを保護するわ。あんたのやりたい事の邪魔はしない。人も気に入った子を連れてきなさい。まとめて面倒見てあげるから」

「はっはっはっはっは、困りますなぁ。バルドール帝国の皇后たるエレナ様が、他人の物に手を出そうとするとは。」

「エレナ様、お控えを」

「別にいいじゃないのよ。減るもんじゃないし。ま、考えときなさいな」

そう言い残し、ラドゥルと共に部屋を出た。


応接室に吹き荒れた嵐は去り、本来の静けさを取り戻す。

グレアム様が俺の背中をポンと叩き、言った。

「……よくやった」

「まだ一手先だけです」

「それで十分だ、今は」

外では、バルドール帝国の護衛が整然と並んでいた。


俺は次の手を、考え始めた


引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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