46話 【ゼニス歴1073年 ニール視点】
こんにちは!
作者の葛城OROSHIです。
稚拙な文章ですが、最後までお付き合いください!
感染症の波は、俺の予測より四ヶ月早くエルバート王国領内に入ってきた。
最初の報告は東の宿場町からだった。
黒吐病に似た症状が集団発生し、十日で死者が三名。
うち二名は旅人で、一名は地元の宿屋の主人だった。
次の報告が来るまで、三日かからなかった。
王都に近い村だ。
アステリズム神聖国から来た巡礼者の一行が宿に泊まり、翌日から住人が次々と倒れた。
五日で十二人が発症した。
俺はテオから報告を受けながら、地図に記録を続けた。
「速いな」
俺は地図を見て言ってしまう。
「以前の発生パターンより、伝播速度が上がっている。変異が進んでいる可能性があるわね」
「リオネッサ内には」
「今のところ、領内への流入は抑えられているわ。防疫システムが機能していると思う。先月設置した水源の監視点から、問題の報告はまだ入っていないだけなのかもしれないけど。
それで薬はどうなのかしら?」
「試作品第二版の完成が再来週。量産体制の準備はクロノが進めている」
テオは少し黙った。
「エルバート王国が自力で対応できると思う?」
俺は答えなかった。
できないだろう、とは思っていた。
エルバート王国の医療体制は、もともと貴族向けに集中している。
地方や辺境の民のための仕組みは形だけで、実態がほとんどない。
治癒師はアステリズム神聖国のヴォイド教から派遣されているが——感染症の制御に祈りは使えない。
「ニール」
「何だ」
「グレアム様への報告は?」
「明日だ。直接話す予定だ」
翌日、グレアム様への面談で書類の束を持っていった。
感染の拡大ルート、死者数の推計、リオネッサ防疫の現状、薬の製造進捗。全部で十二ページだ。
グレアム様は黙って読んだ。
読む速度が、ゆっくりだった。
急いでいないのではなく、一つ一つを確認している速度だ。
「速いな」
俺と同じ感想を持ってくれている事が有難い。
というか、この人は転生者でもないのに、何故理解出来るのだろうか?
これが、辺境の地で長年死地を潜り抜けられるだけの資質という事なのだろうか。
「はい。同感です」
俺は素直に感心しながら、答える。
「エルバート王国から支援要請が来るだろうな」
「間違いなく来ます」
「その時、お前はどうする」
「民には薬を渡したいと考えています。そのための薬の量産体制も整っています。
ただし、貴族には渡さない。
と、言っても貴族から回さないと民には行き渡らないと思いますので、条件は付けたいと思っていますが。」
「その条件とは」
「エルバート王国とアステリズム神聖国との関係を切る、という誓書を出した貴族には、薬の優先配布をする。出さない貴族には渡さないといった形で考えています」
グレアムは豪快に笑う。
「はっはっはっはっ。それはいい! わかりやすくて実に気持ちいいな。その条件、宰相が動くぞ?」
「動きます。だから——その前に、グレアム様に動いていただく必要があります」
「ほう。どういうことだ」
「バルドール帝国に使者を送っていただきたく。そこでリオネッサとバルドール帝国の和睦もしくは不可侵条約を締結出来ないでしょうか」
「………ふむ」
部屋がしばらく静かになった。
窓の外で、庭師の老人がいつも通り小径を掃いていた。
腰の悪い人だが、今日も元気よく動いていた。
「ニール」
「はい」
「お前は今、エルバート王国を終わらせようとしているのか」
「エルバート王国の形を、終わらせようとしています」
「その先に何がある」
「俺には分かりません。俺が見えているのは、一手先だけです」
グレアムはしばらく俺を見ていた。
「……わかった。使者を出す。バルドール帝国の窓口には、儂に伝手がある。直ぐに返事は来るだろう」
「ありがとうございます」
「ただし、条件がある」
「はい。」
「バルドール帝国との交渉に——お前も同席しろ」
俺は少し考えた。
グレアムが同席することのリスクを計算した。
デメリットはほとんどない。
むしろ、辺境伯という立場の重さが交渉に有利に働く可能性がある。
「承知いたしました」
「ひとつだけ忠告しておく」
「はい」
「バルドール帝国との和睦だがな…。儂の見立てではバルドール帝国イチ厄介な奴が出てくるぞ」
「厄介な奴、ですか?」
「異常に頭がキレる。人としての魅力も胆力も申し分ない。
先に言っておくが、儂はそやつが苦手だ。そやつとの交渉はお前に任せる」
「もしかして、その『厄介な奴』というのは…」
グレアムは立ち上がった。
「ああ。エレナ・バルドール。バルドールバルドール帝国初代皇帝の妃だ。」
「え⁉ 皇帝じゃなくてですか?」
「ああ。あの国で一番厄介なのは皇后のエレナだ。
ちなみにエレナはリオネッサとバルドール帝国領周辺出身で平民の娘。
詳しくはユーリにでも聞いておけ。では、任せたぞ。」
「あ、…はい」
グレアム様は部屋を出ようとするが、足を止めこちらを振り返る。
「そういえばニールよ」
「はい」
「この戦が終わった後のことを、お前は考えているか」
「少しだけ」
「どんなふうに」
「治療院でゆっくり薬と向き合いたいと思います」
グレアムはしばらく黙った。
それから、かすかに笑った。
「…そうか。——では、儂はバルドール帝国へ使いを出す。しばし待て。整えばまた呼ぶ」
「はい。お願いします。」
俺は部屋を出た。
廊下を歩きながら、地図の記録を頭の中で確認した。
感染の波は、すでにエルバート王国の中心部に向かって動いている。
時間は待ってくれない。
その中でのバルドール帝国。皇后エレナ・バルドールだ。
「皇后ってなんだよ。この男尊女卑の世界で、どれだけ前衛的なんだバルドール帝国は。
引き続きお付き合いいただければ幸いです。
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