5話 【ゼニス歴1060年 ニール視点】
俺はデイルに剣の稽古を付けてもらっている。
デイルは強い。
それはもう、めちゃくちゃ強い!
一度、村の祭りで酔っ払った親父共がケンカを始めた事があった。
それをデイルは一瞬で鎮圧したのだ。
それはもう鮮やかに。
それ以来、村ではデイルをケンカの仲介役としてよく借り出されるようになった。
本人は面倒がっていたけど、俺は嬉しかった。
だってデイルの顔に「まんざらでもない」って書いていたから。
デイルは喧嘩の仲介ばかりしているのではなく、村の防衛力強化に一役買っていた。
まずは村の中心に大きな櫓が立った。
また柵も強化され、獣が寄ってこない様に、獣が嫌がるニオイや罠の知識を村にもたらした。
たいそう有難がられたらしい。
「さあさあ、ニールくん。今日も稽古をつけてやるぞー」
デイルは嬉しそうにこちらに寄ってくる。
くそっ、一体なにが嬉しいんだ。
こっちは毎日ボコボコにやられて大変なんだ。
怪我なんてしたらイルルに何言われるかわからないので、必死で避けている。
が、そんな小手先の技や魂胆の様なものはデイルには通用しない。
一切の手加減なしで、毎日ボロボロにされている。
まあ、手加減しているんだろうけど。
朝日差し込む庭。
8歳の自分には大きすぎる木剣を持ち、デイルとの特訓に臨む。
まるで、樹齢100年以上の巨木の様だ。
目の前にそびえ立つ親父、デイルは俺を睨みつける。
「ん?ニール。今日はかかってこないのか? じゃあこちらから、行くぞっ!」
そう言うと、デイルは俺との間を一瞬で詰めてくる。
かろうじで初撃は木剣で防ぐも、2撃3撃と連打をもらってしまう。
「くっ!いってぇーー。」
「どうした?もう終わりか?その程度では森の獣一匹追い払えないぞ!」
デイルの声が厳しく、その瞳は修羅場を何度も潜り抜けた猛者の鋭さを呈していた。
俺は「おっさんの意地」を振り絞り、再び木剣を構え直す。
(クソッ、理屈ではわかってるんだ。重心移動、踏み込み、剣筋。だけど、まったく反応できねぇ!
やはり守ってばかりじゃ勝てない。攻めるしかない)
「・・・やってやる。勝負だ!」
俺は地面を蹴り、デイルに飛び掛かる。
前世の知識を総動員して、最短距離でデイルの喉元を狙うーーだが、
「甘い」
デイルは最小限の動きでそれをかわすと、俺の木剣の腹を軽く叩いた。
「ぐうっ!!」
しびれるような衝撃が腕に走り、俺の木剣は弾き飛ばされる。
そこにデイルの追撃が入り、俺の身体は無様に地面に転がった。
「がはぁっ!!!」
「ニール!!」
生垣の陰でハラハラしながら見ていたイルルが、たちまち駆け寄ってくる。
イルルは俺の泥だらけの顔を袖で拭いながら、デイルを睨みつけた。
「もう!デイルおじさん!もっと手加減してって言ってるでしょ!」
「お、おいおい、イルル。こればっかりは手加減できないんだよ。ニールの為なんだ」
「だとしてもやりすぎ!ニールはまだ子供なんだよ!?」
デイルのさっきまでの鬼の様な形相が、イルルの声一つで、叱られた子犬の様な情けない感じになってしまう。意外と尻に引かれるタイプなんだなと改めて思う。
「ニール。今、なんか失礼な事を考えただろう?」
おっと、やばいやばい。なんでバレたんだ?そんなに顔に出るタイプなんだろうか。
デイルは地面に転がってる俺の近くに腰を下ろし、俺の頭にポンと大きな手を置いた。
「いいか?ニール。剣はただの武器じゃない。俺は別に相手の命を奪えと言ってるんじゃない。誰でもない、自分の命を守るために剣の腕を磨けと言っているんだ。磨き続けろ。それはきっとお前の為になるから。」
デイルの言う通りなんだろう。
今は少し落ち着いたとは言え、あれだけ逃げ続けた訳なんだ。
ひょっとしたらデイルだけでなく、俺も狙われているのだろう。
「強くなれ、ニール。そしたらお前は誰にも邪魔されずに自分のやりたいことが出来るはずだ」
「…うん。」
「そして余裕があれば、朝早くから他人の家の陰でお前を心配そうに見つめていた可愛い幼馴染の女の子の事も守ってやれ」
「デ、デ、デデデデイルおじさんっ!!」
イルルが顔を赤くして慌てている。
ニヤニヤしながら一体なにをいってるんだ、このスケベ親父は。
俺は元35歳だぞ。8歳の女の子に手を出しちゃ完全に事案になるじゃないか。
でもこの世界では俺もただの8歳児だ。いいのか?
いやダメだろ。
でも、もし。この泣き虫な幼馴染が、俺のせいで本当に泣かなければならない日が来るのだとしたら。
(……わかったよ、親父。俺、強くなるよ。薬を調合するのと同じくらい、真剣に)
「もう一度、お願いします!」
俺は再び、重い木剣を持ち上げた。
デイルは満足そうに口角を上げ、再び「騎士」の顔に戻る。
「よし、少しはいい面になったな!イルルの前で無様な姿を見せるなよ!」
「ニール、頑張ってー!」
イルルの明るい声が、朝の静かな村に響き渡る。
この温かな日常が、いつか血の匂いに塗り潰されることになるとも知らずに、俺は必死にデイルの背中を追いかけていた。
それからしばらく平和な日常が続いていた。
毎朝、デイルと剣の稽古をし、デイルが仕事に出れば、イルルの母親を手伝いながら、時間のある時には薬の調合にいそしんだ。
やはりもっと素材が欲しい。
だが、カージを始め、貴重な薬草や素材は森の中にあることがほとんどらしく、イルルの母親に言っても、同行は認めてくれなかった。
今度、デイルに頼んで仕事が暇な時に連れて行ってもらおう。




