4話 【ゼニス歴1060年 ニール視点】
「イルル、今日は熱っぽくてね。家で大人しくさせるつもりなの」
「そうですか。」
「うん、ごめんね。ゼニス様にお祈りするわ」
「えーっと、お、御身に曇りなき天を!」
「あら!ありがとう、ニール」
そういうとイルルの母親ヤマルはにっこり微笑んだ。
「御身に——」というのは、日本語で言うところの「お大事に」という意味らしい。この国の挨拶みたいなものだ。
イルルの母、ヤマルはこのエルバート王国でごく普通のゼニス信仰を持つ女性だ。
星の運行に運命を委ね、神に祈ることで日々を乗り越えている。
それが悪いとは思わない。
ただ——祈っても、イルルの風邪は治らない。
俺はそれがどうにも、もどかしかった。
デイルに「薬の知識を人前で使うな」と釘を刺されている。
理由は教えてもらえないが、それがこの逃亡生活と関係しているのはわかっている。
だから大人しくしていた。ずっと。
でも今日、イルルはいない。
町の外れに出て、ぼんやり空を見上げた。
……寂しい。
元35歳のおっさんが、8歳の少女がいないだけでこんなにそわそわするとは。
時代が時代なら間違いなく「案件」だ。
我ながら情けない。
そっとカバンの中を探ってみた。
「カージの根」があった。
乾燥させた木の皮。黄色い根の固まり。豆科植物の根っこ。
——これ、葛根湯が作れるじゃないか。
ここからが俺の本領発揮だ。
俺は急いで家に帰り、「カージの根」、乾燥させた木の皮、乾燥させた黄色い根の固まり、乾燥させた豆科植物の根っこ、これらを粉末状に砕き、これでまずは風邪薬の定番、葛根湯もどきを作った。
そしてイルルの家に向かった。
「イルル?」
「ニール? ニールなの?」
俺はイルルの家の窓際でイルルとの接触を図った。
別にやましいことをしている訳ではないけど、イルルの母にはなんとなく見つかりたくなかった。
イルルに薬を渡して、立ち去る時、イルルは泣きそうな顔で言った。
「ニール。…ワタシ、治るよね?」
「あたりまえだ。 言ったろ? 俺が怪我でも病気でもなんでも治してやるって」
「うん!ありがとうニール!」
「ああ、また明日な!」
「うん!また明日ね!」
イルルは嬉しそうに笑っていた。
イルルは俺の薬をこっそり飲み、早々に快復した。
が、「薬が苦すぎる」とクレームを受けた。
…味までは確認してなかった。
すまん、イルルよ。




