41話 【ゼニス歴1072年 ニール視点】
グレアム様からの書類が届いたのは、王都から帰還して五日後だった。
王都での調査結果だ。
コルブという人物が集めたらしい。
一見してわかる、情報屋の手仕事だ。
出所を辿れないように配慮されていて、数字だけが丁寧に並んでいる。
テオがそれを受け取って、机の上に広げた。
最初の十分、何も言わなかった。
ページをめくる音だけがした。
俺はその間、薬草の調合をしていた。
手を止めずに、視界の端でテオの様子を見ていた。
ページが止まった。
「数字が合う」
「どことどこが合ってるんだ?」
「財務書類の『労働確保費』という項目。
アステリズム神聖国への定期送金の記録。
——グレアム様が持ち帰った証言の金額と、誤差二パーセント以内で一致している」
テオは紙を机に置いた。
「これは人身売買の代金よ」
部屋が静かになった。
俺も分かっていた。
書類を最初に見た時から。
だが声に出す前と出した後では、重さが違う。
空気が少し変わった気がした。
「件数は」
「このコルブという人の調査では、王都で消えたリオネッサ出身者が確認できるだけで五十名以上。
取引記録の総量から逆算すると、全土で数百名規模になる可能性がある」
「時期は」
「三年前から急増している。ヴォイド教の布教が本格化した時期と、ほぼ完全に重なる」
テオはそう言って、書類を一枚抜いた。
「数字の傾向を見ると、布教所が建つ→民が集まる→一定の割合で行方不明者が出る、というサイクルが成立している。偶然じゃない。仕組みとして動いているわ」
「仕組みとして、か」
「アステリズム神聖国にとって、布教所は情報収集と労働力確保の両方を兼ねていた。一石二鳥にしては、よくできている」
俺は手を止めた。
「もう一つ、気になることがある」
「何?」
「感染症の動向だ。去年から追っている記録がある」
俺は別の棚から地図を取り出した。
細かく印が打ってある。それぞれの発生地点と時期を示している。
「エルバート王国とアステリズム神聖国の国境付近、ヴァルネ川の流域。恐らく水の病気だ。これは無視できない。」
「どうするの?」
「一度、ここに行ってみる。」
「辺境領から出るっていうの?」
「ああ。それしかない。言っても辺境領の端っことヴァルネ川とは近いからな。放っておいたらいずれこちらに影響するだろう」
「危ないわよ? 特にこのタイミングは。」
「ガブを連れていく」
「そういうことを言ってるんじゃないだけど…。
まあ、そうね。どうせ、止めても聞かないんだろうから、せめてそれくらいはして頂戴」
「イルルも一緒に来てくれるか? 患者対応と病状の確認に関してはお前の力が必要だ。」
「うん。任せてよ」
「テオは引き続き、数字の検証と正確な状況把握を進めてくれ。ユーリを通せばグレアム様にも連絡できる。俺達は1か月で戻る。」
「了解よ。」
俺はそう言って、席を離れた。
ここ半年、変な病気が流行っているという報告がある。
水の病気だろうとタカを括っていたが、どうもそれだけではない様だ。
しかも厄介な事に複数箇所で出ている。
発生地点を地図に落とすと——ヴァルネ川流域にあるアステリズム神聖国の施設らへんに集中している場所と、ほぼ一致する。
偶然とは思えない。
これは感染症だ。しかも未知の類の。
原因は不明。だが、推測は出来る。アステリズム神聖国だ。
アステリズム神聖国の施設、これは恐らく収容所だ。
人身売買で集められた人間を収容し、そこでろくでもない事をしているんだろう。
俺達は現場の近くの村にたどり着いた。
「リオネッサから薬の配布に来たんだが」
村長の代理と名乗っている若者がやってきた。
「あんたら、ナニモンだ⁉ 前に連れて行った患者はどうなった? なぜ連絡がないんだ⁉」
どうやらここはヴァルナールという村だそうで、感染症が大流行したことで村が壊滅状態だそうだ。
70人いた村人で元気な人間はこの村長代理の青年と数名。父親である村長は先週亡くなったとの事。
そんな中、数日前アステリズム神聖国を名乗る治癒師たちが突如現れ、患者数名を治療名目で無理やり連れて行ったらしい。
そりゃ俺達は警戒されるわけだ…。
「俺他はリオネッサ辺境伯様の命で薬を届けに来た」
「本当か‼ リオネッサの薬は高いけどよく効くって聞いている。本当にそれを分けてくれるのか?」
「ああ、まだ新しい病気だから、効くかどうか分らんのだが」
「それでもありがたい。大切に使わせてもらうよ」
「私達も村に入って治療の手伝いをさせてくれませんか?」
イルルは青年に頼むが、
「姉ちゃん、有難い話なんだがな、悪いことは言わない。やめたほうがいい。この村には患者と得体のしれない病気しかない。俺達だって明日は倒れるかもしれないんだ。もうこの村は終わっている。薬は有難く使わせてもらうよ。またみんな元気になったら遊びに来てくれよ、な。とっておきのいい所あるんだ。姉ちゃんになら紹介してやるぜ」
青年は終始笑顔だったが、笑顔の裏に絶望が見て取れる、そんな悲しい精一杯の笑顔だった。
「そんな…」
「悪いな」
「じゃあ薬はお預けだ」
「なにっ!な、なんでだ!ま、ま、まってくれ」
「俺は生きたい人を病気から救いに来たんだ。生きる気力を捨てた人間を助けるほど、薬に余裕はない」
「…お、お前に何が分かるんだ! 俺達だって生きたいに決まってるだろう!。だが、俺達になにが出来る⁉。この見た事のない病気が村の仲間を次々に殺していくんだ。どうしたらいいんだよ。じゃあせめて新しく病気になる人を減らす様にするしかないじゃないか!」
「そこが間違っているんだ」
「な、なんだと?」
「いいか、よく聞け。これはただの病気じゃない。『感染症』だ」
「かんせんしょう?」
「ああ、感染症だ。
病気と感染症は根本的に違う。
病気は自分の身体が悪くなることだ。
原因は色々とあるが、年を取ったり、風邪を引いたり。
身体の内側や外側に原因がある。
だが感染症は違う。
必ず身体の外に原因がある。
この村で流行っている感染症には必ず原因がある。
それを取り除かないと、この病気はいつまでたっても治らないし、そのうち国を亡ぼす。
そういう類の病気だと俺は考えている。
なあ、頼む。
俺達を村の中に入れてくれ。
まずは目の前のお前達を救いたい。
そしてこれからこの病気に罹る人を救いたいんだ」
「…わかった。すまんが頼む。俺達を…、助けてくれ」
「もちろんだ。そのために俺達は来たんだ。いろいろ言って悪かった。」
「ああ、すまない。苦労をかける。」
その後、俺たちは村に入れてもらい、俺は村の有志と実態調査に、イルルとガブは病人の看病に就いた。
そして、俺は新型感染症の原因を突き止める。
直接の原因は当初の目算通りに「水」だった。
恐らく上流のアステリズム神聖国領地から流れてくる死体により、ヴァルネ川が汚染されているのだろう。
ただ、おかしいのが、汚染水からの病気であるはずなのに、下痢や嘔吐ではなく、呼吸器系にもろにダメージを受けている患者が多いという事だ。
また、初めに罹った人間より看病をしている人間の方が重症者や死者が多いというのも気になる。
一体、なにが起こっているんだ。
モヤモヤしながら数日、、研究室として与えられている部屋にガブが飛び込んできた。
「ニール! 大変だ! イルルが倒れた!」
俺はイルルの元へ駆けだした。
今月中に書き終わらせます!




