40話 【ゼニス歴1072年 グレアム視点】
王都に着いたのは昼過ぎだった。
王都には正面から堂々と入った。
辺境伯家の紋章を掲げ、王旗と領旗を立て、護衛十二名を連れた正式な訪問。
「とにかく目立つこと」それが目的だ。
宰相セドリックに書状を送ったのは出発の十日前。
「防衛協議のため参上」という文面だ。
返事は三日で来た。
「謹んでお待ち申し上げます」。
丁寧な文面だった。
なにを謹んで待っているのだ。
つい笑ってしまう。
そこで一つ、細工をする。
息子のレオネル二十八歳。
儂より少し背が高く、体格は似ており子供の頃から剣の腕は儂を超えていた。
「わかってるな」
出発前夜、レオネルに言った。
「俺が辺境伯名代としての訓練という名目で同行。父上は別ルートで王都に入り、別の仕事をする。それでいいんだな?」
「正式な謁見の場には儂が一人で出ると言え。防衛の話は適当に引き延ばせ。書類を要求されたら、リオネッサの領印が必要だと言って先送りにしろ」
「わかった。——どのくらい保てばいい」
「一日。それで十分だ」
レオネルは少し間を置いた。
「……危険か?」
「ある程度は」
「父上の方は?」
「そうだな。それなりには危険だ。だが、お前の所ほどではない。」
レオネルは頷いた。
「ああ。わかった。——気をつけろよ」
「お前もな」
儂はレオネルと影武者を表の隊列に乗せ、自分は三人の部下とともに商人の荷馬車に乗った。
リオネッサから王都への物資輸送に紛れた。
王都には、自身の伝手で動ける人間が一人いる。
二十年前から、だ。
「お久しぶりです、グレアム様」
中年小太りの男が、裏通りの宿で待っていた。
「世話をかける、コルブ」
「いえ。——段取りは出来ています」
コルブは王都の古い商家の主人だ。
辺境伯家とは先代からの付き合いがある。
表向きは薬草の卸業者だ。
実際は——情報屋に近い。
「宰相の動きは」
「はい。辺境伯様がご到着されてすぐ、宰相は近衛の一部隊を動かしています。表向きは『儀礼的な護衛』ですが——」
「配置は?」
「宰相府の裏手と、城下の街路二箇所。いずれも、帰路にかかる道筋です」
地図を見た。
なるほどな、「迎撃」か…。
来た道を塞ぎ、宰相府で話している間に後ろを固める。
王都の中で辺境伯を消す——そういう絵だ。
「レオネルに伝えろ。
宰相府の面会は午前中で切り上げ、影と変われ。
そしてお前は昼前に城外へ出ろ。
理由は何でもいい、と」
「かしこまりました」
「それと——お前には儂の本来の目的を話しておく」
コルブは静かに聞く姿勢を取った。
「王都で最近、人の売買が増えているという話を聞いた。確認したい」
コルブの顔が、わずかに曇った。
「……そうですか。グレアム様も存じられましたか」
「知っていたのか」
「はい。一年ほど前から。最初は噂程度でしたが——今は、かなり組織的になっています」
「リオネッサの民が絡んでいると聞いた」
コルブは少し間を置いた。
「……そうです。辺境から、流れ者として王都に来た人間が多い。
仕事を紹介すると言われ、気づいた時には売られている。
主にアステリズム神聖国の施設へ——労働力として」
「やはり神聖国か…」
「はい。表向きは『巡礼者の受け入れ施設』ですが、実態は労働収容所と変わらないと聞いています。帰ってきた人間がいないので、証拠がない」
俺は黙った。
「件数はわかるか」
「正確にはわかりません。ただ——商会の帳簿で、王都に来て消えた辺境出身者の名前を追っていたところ、この一年で100名以上が確認できています。リオネッサ出身と思われる名前が——50名以上。全土となれば相当数がアステリズム神聖国へと連れ去られている可能性があります」
50名。
儂が守るべきリオネッサの民が、か。
儂が東のバルドール帝国を見張っている間に。
一体どこを見ていたのだ。ほとほと自分が情けなくなる。
「宰相はどこまで知っているか」
「知っているどころか——組織に関わっている可能性があります。王城の財務書類に、アステリズム神聖国への定期的な資金移動が記録されており、その一部が『労働確保費』として処理されているとの話があります」
書類の話だ。
テオが持ち出した写しの中に——確かにその数字があった。見覚えがあった。だが意味がわからずに素通りしていた。
あの数字は、これだったのか。
ハラワタが煮えくり返るというのはこのことか。
「証拠を集めろ。書類の写し、証言、場所——何でもいい。今日中に」
「できる限りのことをします」
「よし」
儂は立ち上がった。
「コルブ」
「はい」
「レオネルは今どういう状況だ?」
「午前の面会は問題なく進んでいるようです。宰相は——終始、愛想よく話しているとのことで」
「愛想よく…」
「はい。腹の中は、当然別でしょうが」
儂はかすかに笑った。
「そうだろうな」
その日の午後、レオネルは宰相府の面会を昼前に切り上げ、王都の北門から城外に出た。
待機していた近衛の一部隊が後を追ったが——レオネルの護衛十二名は練度が違う。
城外の街道で一度、接触を試みた部隊があったようだが、護衛が対処して道を開けた。
俺は翌朝、別ルートで王都を出た。
セドリックは、今頃「辺境伯」と「話し合っている」はずだ。
まあ、あの「辺境伯」も簡単にやられる様なタマではない。
最近、儂以上に儂が上手い気がしている…。
リオネッサへの帰路、馬車の中で地図を広げた。
コルブから届いた書類の写しを見る。
アステリズム神聖国への資金移動。
バルドール帝国との国境兵站の削減。
王都で消えたリオネッサの民、50名。
エルバート王国は——四代かけて俺たちが守ってきたこの土地を、内側から食い物にしていた。
しばらく地図を見ていた。
いつか来る、と思っていた。
この瞬間が、いつか来ると。
旗を降ろす日が。
「レオネル」
馬車の中、息子が向かいに座っていた。
「ああ」
「お前に聞いておきたいことがある」
「何だ」
「儂がこれから、エルバート王国の旗を降ろす選択をした場合——お前はどうする」
レオネルは少し間を置いた。
「父上が決めたことなら、俺も同じ旗の下に立つ」
「理由も聞かず、か?」
「理由は知っている」
「どこで」
「コルブのおっさんから。50名の話」
改めて息子を見た。
二十八歳。儂が辺境伯になった年と同じだ。
「怖くないか?」
「怖い」とレオネルは言った。
「だが——やらなければ、もっと増える。俺はそのほうが怖い」
その通りだ。
馬車が街道を進む。
リオネッサへ向かう道は、長い。
だが——方向は決まった。
それで十分だった。




