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39話 【ゼニス歴1072年 イルル視点】

王都から帰って、もう五日が経った。


治療院はいつも通りだ。

患者が来て、ニールが診て、ピノが走り回る。


ただ——お土産が休憩室の机の上に積み上がっている事以外は。


「イルル、これなに!?」

ピノが包みをひっくり返している。

「触らないで。壊れちゃうから」

「こわれるの?!なんで?!」

「硝子細工。王都の職人が作ってるの」

ピノは顔を近づけて、小さな花の形をした硝子飾りを眺めた。

目が丸くなっている。


「きれいだな……」

「ガブに頼んで持ってきてもらったんだよ。重かったって文句言われた」

「ガブが⁉ガブがこんなの持ってきたの?」


廊下の向こうで音がした。

「聞こえてるからな」

ガブが顔を出した。

腕組みをして、仏頂面だ。


「持ってきてあげたのに文句言うなよ」

「言ってたじゃん、重かったって」

「そりゃ重いよ。

重いのに割れるからもっと慎重に。

とか、もっと丁寧に運べ、とかイルルがいっぱい言ってたろ。

文句じゃなくて、事実を言っただけだ!」

ピノがガブを見上げた。


「ガブはお土産なんか買ったの?」

「……俺は」

「ないの?」

「…あるよ」

ガブは頭を掻いた。


「ピノに——これ」

ガブが差し出したのは、小さな木彫りの馬だった。

素朴な作りだ。でも手触りがよくて、よく見ると蹄のところまで丁寧に削ってある。

ピノは両手で受け取った。

「……馬だ」

「市場に露店が出てて。お前が馬好きだって言ってたから」

「言ってたっけ?」

「言ってた。ニールの馬に乗りたいって」

「あー!言った!」

ピノは馬を胸に抱えた。


「ありがとう、ガブ! 大事にするね!」

「おう」

ガブはそっぽを向いたが、耳が少し赤かった。


そこへ扉が開いて、ミラとミアが入ってきた。

「お、始まってるな!」とミラが言った。

「お土産タイム〜!」とミアが言った。

「あー、ミラにミア!どこ行ってたの?」

「薬草の在庫確認。ニールに頼まれてた」とミラ。

「ちゃんと~、やることやってから来ました〜」とミア。


ミラは机の上のお土産を見た。

「なにこれ、全部王都から?」

「そう。イルルが全部選んだって」

「イルル、趣味いいね~」

「ありがとう。ミラにはこれ」

渡したのは、薄い革の手帳だ。

「なんかいつもいろいろ書いてるから、ちゃんとしたやつあった方がいいかなって」

ミラは受け取って、ぱらぱらとめくった。

「……いいじゃん」

「気に入った~?」

「まあ」

「ミラはもっと素直にお礼を言えばいいのにね~」

「うるせっ!」


「ミアにはね…、これ!」

「わたし〜?」

渡したのは、小さな布袋だ。中に何か入っている。

ミアが開けると、色とりどりの石が出てきた。

「宝石!?」

「宝石じゃないよ。磨いた石。装飾品を作る材料」

「え~、自分で作れるの?」

「王都に、石と金具を売ってる店があって。いろいろ組み合わせて作るの。流行ってるって店の人が言ってた」

ミアは目を輝かせた。

「え~、なにそれ~、やってみたい~!」


「私にも教えてくれ!私にも!!」とミラも前のめりだ。

ガブが「なんだそれ」という顔をしてる。

「ガブ、テメエにはわかんねえよ」とミラが言った。

「わかりたくもない」とガブが言った。


クロノが扉から顔を出した。

「みなさん、ここにいたんですか。少し帳簿の確認を——」

「あ、いいとこに来た。クロノさんも来て!」

「え? あっ、はい…」


クロノは少し困った顔で入ってきた。

「クロノさんにはこれ」

渡したのは、王都の商業区の地図だ。細かく書き込まれた、古い手書きのもの。

「……これは」

「骨董屋で見つけたんだ。

十年前のみたいだけど、道の配置はほとんど変わってないって言われて。

——レオン商会の名前、あったよ」

クロノは地図を受け取って、しばらく動かなかった。


地図の上に指を走らせる。

商業区の通り、交差点、その一角。

「……ここ、に」

「うん」

「行けましたか。実際に」

「前を通った。今は別の店が入ってたけど——建物は残ってた」

「そうですか…」


「あとね、これは余計なお節介かもしれないんだけどね…」

私は大きな木の板を取り出す。

「…!? …あ、あ…、あったんですか!!!??」


「うん。今のお店の人がね、残してくれてたんだって。

いつか取りに来られるかもしれないからって。

これは『商人の魂』だからって。」

「ああ……っ、あ…りがとう、ご、ざいます…」


今、目の前にあるのはただの古びた板きれだ。

だが、そこには確かにクロノと家族の人生が刻まれていた。


「ああ……っ、うあああ…、おとうさん、おとうさぁぁん!」


堪えきれず、叫びのような嗚咽が飛び出した。

『レオン商会』と書かれた看板を抱きしめるようにして、クロノは床に座り咽び泣いていた。

「…よかったね、クロノ」


暫くして、ミアが空気を読み石の話を再開した。

「ねえねえ、この石とこの石、合わせたらかわいくない?」

「あー、これ合うかも」とミラが言った。

「でも金具どうすんの?」

「それも買ってきた」とイルルが言った。

「え!準備いい!」


「王都、楽しかった?」

ミラがふと聞いた。

「うん、楽しかった。怖かったけど」

「怖い?」

「人が多くて。リオネッサと全然違う。でも——面白いものもたくさんあった」

「ニールは?」

「ニールは……」

私は少し考えた。


「あんまり何も言わなかったけど。広場に行ったとき、少しだけ立ち止まってた」

「広場?」

「広場に前、デイルさん——ニールさんのお父様が処刑された場所があるんです」と落ち着きを取り戻したクロノが静かに言った。

部屋が一瞬、静かになった。


「それ、知ってて行ったの?」とミアが小さく聞いた。

「ニールが、一度は行くって言ったから」

「……立ち止まって、それから?」

「また歩き出した。——それだけ」

ミラが何も言わずに革の手帳を胸に抱えた。

ミアが石を手のひらに乗せたまま、うつむいた。


ガブは腕組みをして、窓の外を見ていた。

「……帰ってきてよかったな」

ガブが言った。独り言みたいな声だった。

「うん」私は言った。


「帰ってきてよかった」


しばらく、誰も話さなかった。

外で鳥が鳴いた。


「じゃあ~、装飾品作りを教えて~!」とミアが言った。

「わかった。机片付けて」

「え、ガブも参加する~?」

「しない」

「でも興味あるでしょ~。顔に書いてあるし~」

「書いてない」

「ピノは?」

「する!」とピノが言った。


「お前は薬草の仕分けが終わってからだ!」とミラが言った。

「なんでだよ!」

「終わったらおしえてやるってさ。ガブが」

「なんで俺が!」

「暇でしょ」

「暇じゃ——」

「やった!ガブありがとう! じゃあさっさと終わらせてくる!」

ピノは部屋から走っていった。


「……わかったよ」

リオネッサの午後が、ゆっくりと過ぎていった。

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