34話 【ゼニス歴1072年 ファラン視点】
クロノ一行が帰ったあと、王ファランは自室で考えをまとめていた。
「なかなか面白い若造達だ。潰すには惜しいほどに」
クロノとやらの父親がまとめていたという帳簿。
これは間違いなくエルバート王国の不正を記したものだ。財務局長は言い逃れ出来ないだろう。
処罰を与えるのは簡単だが、そんなことはこの国では皆やっていることで、今に始まったことではない。また、ひとつの商会が潰れようが、王都で商売をしたいという商会は他にも山のようにある。
「面倒だな。」
つい呟いてしまった。
いっそリオネッサに引っ込む前に潰してしまおうか?とも思うが、辺境伯のグレアムが騒ぐ可能性がある。どうやらグレアムと接触していたとの話もある。
「ああ、本当に面倒だ。」
グレアムは聡い。
あいつがあの辺境地にいるからバルドール帝国との本格的な戦の前に時間が稼げている。
もう少しだ。
今、今代の転生者がもたらした力でエルバート王国の全てが変わろうとしている。
今や国内貴族の全ての交友関係、軍事情報や財務状況まですべてが儂の手の中にある。
情報とは力だ。
驚くべき効果だ。人はこうも容易く操れるものなのか。
葡萄酒に手を伸ばした時、マルグリットが入ってきた。
「あらあら、今日はお早いことで」
「ふん、嫌味を言いに来たのか?」
「いえ、少しお話を、と」
「いかがした?」
「テオさんのことです」
テオ。今代の有能な転生者の事だ。残りの2名は既に処分が済んでいる。
「テオさんは、神の使いですわ」
またこの話だ。こいつはこれしか頭にないのか。
敬虔なヴォイド教徒というのは本当に厄介なものだ。
「わかっておる。彼女は有能だ。有能で有用である以上、儂は無碍にはせん」
「彼女は楽器を使い、暗闇の中に神との交信を図ることが出来る高位な神官です。そろそろ彼女に本格的な業務を与え、もっと優遇を図るべきでは?と申し上げます」
「ふむ。」
少し考える。
彼女が有能であるという事は間違いない。ただ、もう彼女から得るものはないだろう。
優遇を図る、か。
いっそのこと、国内に縛り付けてしまうか。
どこぞの貴族とくっつけても良いやもしれん。
「殿下! 宰相がお越しです。」
「入れ」
長身の男が部屋に入ってくる。
「セドリックか。いかがした?」
「例の転生者の件で、お耳に入れて置きたい旨がございます」
「いかがした?」
「彼女は天才なのかもしれません」
セドリックはテオの計算能力がずば抜けている事を語った。
「…という訳でございます。今後、私はテオ殿に財務の業務の一部を渡そうと考えております」
「流石はテオさんだわ! あの子は幸せになるべきだわ!」
「ふむ。ではそのようにせよ。あと、財務長官は更迭せよ。クロノ商会とやらについては任せる」
「…はっ、ではその様に」
「今後も積極的に転生者の能力掘り起しに勤めよ。わかったら報告するように。」
「御意に」
「して、セドリックよ」
「はい」
「なぜまだ文官として現場に降りているのだ。 宰相ともあろう者が、自ら書類仕事をする必要はあるまい」
セドリックは静かに答えた。
「その転生者テオの件です」
「いかがした?」
「あの娘は有能です。しかし——有能すぎる。 王城のどこに何があるかを把握し、 財務の流れを全て頭に入れ、 人の動きを読む。 これはイチ文官ができる仕事ではありません」
儂は少し間を置いた。
「排除するか?」
「まだです。今は泳がせる方が得策かと。 外部と何らかの接触を図っている形跡があります。 網を張って、繋がりごと炙り出す方が—— より多くのものが見えてくる」
「……お前らしい判断だ」
「宰相の立場では、あの娘は警戒します。 文官のままでいる方が近づきやすい。 それだけの理由です」
「好きにせよ」
「ははっ」
セドリックが下がっていく背中を見ながら、 儂は静かに葡萄酒を口に運ぶ。
文官上がりの男が最年少で宰相まで上り詰めたのは、 剣でも武勲でもない。
この読みの深さゆえだ。
【ニール視点】
俺達はリオネッサ辺境領へ帰ってきた。
「ガブが帰ってきた!」
ピノが大声で叫ぶ。
治療院の中からみんなが出てきてくれて、ようやく長い王都遠征が終わったと実感する事が出来た。
「ニール、ご苦労だったな。王都はどうだった」
中で少し落ち着いたタイミングで、カインがやってきた。
俺はカインに王都での面談内容を共有する。
「そうか、ファラン自ら出て来たのか。」
「ああ、あの感じ、今のところはこちらの出自に気付いたという感じではなかったがな」
「今後はそこについても気を付けないといけないな。気になる噂もあるしな。」
「噂?」
「どうやら王ファランはバルドール帝国に本気で戦争を仕掛ける気らしい」
「戦争だと?」
「ああ」
「なんの意味がある?」
「エルバート王国はアステリズム神聖国と深い結びつきがある。アステリズム神聖国との関係性が強固なうちに、バルドール帝国を我が物にし、大陸を統一したいのだろうな」
「つまらん理由だ」
「国と国の戦争なんて、大体つまらん理由から始まるもんだ。見栄、意地、虚構。民の意見なんてひとつも反映されない、クソだ」
「元自衛官が言うと重みがあるな」
「どこの世界でも戦争なんてろくなもんじゃない」
カインはそう言って部屋から出ていった。
俺は残された部屋に置いてあった紙に手を伸ばした。
そこには王都からの各領内への徴税方法の変更指示が書いてあった。確かにこの徴税額の上り幅は異常なのかもしれない。もっと読み進めていく。本気でエルバート王国はバルドール帝国と戦争を始めるのか。そうなればこの辺境の地が間違いなく最前線になる。なにか読み取れるものはないのか。
そしてふと最後のページにたどり着く。
ど こ か で み た こ と が あ る 記 号 だ
違和感がある。だが、わからない。なんだ?引っかかる。
イルルを呼んで、確認してもらう。
「なんだろ? ニール、気になるの?」
「ああ。この記号だが、なにかどこかで見た事がある気がするんだ。教会?役所?王都か?」
「ん~~ 私には全く見当が付かないや。ニールの世界のものなんじゃないの?」
「⁉」
そうか、俺の元いた世界! あの世界のものだ。
このマーク、なんだ? 丸の中に、一本の縦線。…わからん。思い出せない。なにか他にヒントはないのか?
俺は他の書類を探しまくる。
イルルは慌てて言う
「ニ、ニール? ど、どうしたの?大丈夫?」
「ああ、イルル。俺は今とんでもないことに気付いてしまった。すまないが、急ぎカインを呼んできてくれないか」
「わ、わかった!」
イルルは部屋を飛び出した。
しばらくしてカインが部屋に入ってくる。
「どうした、イルルがとんでもない形相で飛んできたぞ」
「カイン、これで道は開けるかもしれない。」
「どういうことだ?」
「協力者だよ」
俺は、読み漁った資料をカインの元へ投げ渡した。
「ニール、俺もこの資料は既に読んでいる。だが協力者となるような情報は一つも乗っていなかった」
「カインはテレビゲームをやっていたか?」
「テレビゲームだと? 俺はほとんど触れたことがないな」
「じゃあPCはどうだ?」
「仕事ではな、だが、あまり得意な方ではなかった。それがどうした?」
「じゃあ気付かないのかもしれないな。ふふっ、この暗号を仕込んだ奴は相当頭を悩ませたんだろうな。」
「もったいぶらずに言え。なにか暗号が仕込まれているのか?」
「これだよ」
俺は書かれている記号を示す。
「なんだこれは?」
「これはPCを起動させるときに必ず触る、『電源ボタン』のマークだ」
それから俺は違和感のあった個所を指摘していく。
ゲームの裏技コード、IPアドレス等、間違いなくこの世界ではありえないマークや記号の羅列だ。
「そうか。まだ生きている奴がいるんだな」
「ああ。そして恐らくだが、向こうも俺達にコンタクトを取ろうとしている」
「罠の可能性は?」
「罠の心配というよりか、どちらかというとエルバート王国がこれを見過ごしている事自体が怪しい。泳がされていると考えた方がいいだろうな」
「なるほどな」
「ねえ、ニール」
イルルが会話に入ってきた。
「なんだ?」
「ニールはこの人に会いに行くの?」
「ああ。そのつもりだ。なにか気になるのか?」
「ううん。別に大丈夫。ただね…」
「どうした?」
「この人は一体何がしたいんだろうって考えてたの。ワタシ達に会ってどうしたいんだろって。ごめんね、変なこと言ってるよね」
「いや、その指摘は正しい」
確かにそうだ。
こいつのメリットはなんだ?
俺達と合流してどうしたい?
元の世界に帰れるとでも思っているのか?
それともエルバート王国に虐げられているのか?
いやそうではないだろう。
虐げられるような人間がこの書類作成に携われる訳がない。
おそらくエルバート王国の中である程度の地位を築いているのだろう。
俺達を嵌めてエルバート王国内での地位を固めたいのか、それとも自分だけ助かりたいのか。
いずれにせよ、こいつと接触を図るべきであると強く感じた。




