表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
23/48

【閑話】双花 ①

ミア・ミラの閑話になります。2話続きます。

第一話 王都の冬


【ゼニス歴1067年 ミラ視点】

孤児院の飯は、毎朝同じだった。

薄い麦粥をボロボロの木の椀に半分。そして固い黒パン。

ミアはあたしの分まで欲しがる顔をする。黙って椀を差し出したら「ミラはいいの~?」と聞いてくる。「いい」と答えたら泣きそうな顔で食べ始める。そういう妹だ。

あたし達は常に腹が減っていた。でも、腹が減っていないふりをするのには慣れていた。

この孤児院に「聖光」なんて名前がついているのは、たぶん誰かの冗談だ。

エルバート王国王都の中央区画外れに建つ石造りの建物で、子供が二十人近く詰め込まれて、薄い粥と固いパンだけで生かされている。どこにも光なんてなかった。


院長のボルドーは横に大きい男だった。

聖職者の格好をしているが、目が死んでいる。正確には、子供を見る時だけ死んでいる。

外の人間に向ける顔は、にこにこしている。


この孤児院には制度があった。

ズルをした子、食い物を隠した子、規則を破った子。そういうのを院長のボルドーに密告すると、砂糖の入った水がもらえる。

本当に少しだけ甘い、ぬるい水だ。

でもそれで十分だった。腹が減っている子供には、十分すぎるくらい。

だから子供同士は互いを監視した。誰かが余分に飯を食ったか。誰かが仕事をさぼったか。誰かがどこかに何かを隠していないか。

食堂では誰も喋らなかった。目を合わせなかった。


そんな中、あたしとミアは密告をする事はなかった。

したくなかったからじゃない。する意味が分からなかったからだ。

密告して甘い水をもらっても、その水は一人分しかない。ミアと半分こしたら、どちらにも足りない。

それだけの水を得るために仲間を売るようなことはしなかった。

それだけのことだ。


だからあたし達は黙っていた。誰のことも密告しなかった。

そしてあたし達のことを密告されないように、完璧に仕事をした。

完璧にやっていれば密告されることもない。少なくとも、正当な理由では。


だからあたし達は常に孤児院の中で浮いていた。


誰かと仲良くなれば、密告される。距離を取れば、あいつらは何かを隠していると思われる。

どうしたって詰められる仕組みだった。

あたしとミアは二人でいた。二人だけでよかったのだ。


猫を見つけたのは、ミアだった。

孤児院の裏手、石壁と石壁の間の狭い隙間に、茶色い小さな猫が潜り込んでいた。痩せていて、片目が少し膿んでいた。

「かわいい~」

ミアが言う前に、あたしは「だめだ」と言った。

「なんで」

「見つかったら面倒になる」

「こっそり育てよう~。ここに来るのは私達しか知らない」

「だから面倒だって言ってる」

「ミラ~…」

ミアがあたしを見た。

こいつは泣きそうな時に、あたしの名前だけ呼ぶ。

「…分かった」

あたしは負けた。双子の妹に、毎回負ける。

あたし達はその猫に「ニコ」という名前をつけた。

どこから来たのかも分からない、誰にも必要とされていなさそうな、小さな猫だ。

孤児院の外でもらってきた残飯を与えて、膿んだ目を布で拭いてやった。

「良かったね~、ニコ~」とミアが言う。

「良かったのはこっちだ」とあたしは思ったが、言わなかった。

三週間、それが続いた。


密告したのはエデンだった。

十四歳の、この孤児院の古株だ。

あたし達がどこに行くのかを尾けていたらしい。密告して甘い水をもらったんだろう。

「12番、13番、来い」

ボルドーに呼ばれた時、あたしはすぐに分かった。

連れていかれた部屋で、ボルドーは静かだった。怒鳴らなかった。静かな時の方が怖い。

「院の外で動物を飼っていたそうだな」

「…はい」

「規則は分かっているか」

「…分かっています」

「ならば分かるな」

ボルドーは鞭を持つ。折檻が始まった。

ミアが声を上げた。あたしは声を上げなかった。


声を上げると、ミアの番になる気がしたから。


解放されたのは夕方だった。

廊下を歩く時、エデンとすれ違った。あたし達を見て、すぐに目をそらした。

甘い水は美味かっただろうか。

「ミラ、ニコのとこ行こ…」

ミアが言う。

「…痛くないか」

「うん、平気~。ニコが心配」

あたしも同じだった。

石壁の隙間に近づいた時、あたしは立ち止まった。

匂いがした。

血の匂いだ。

「ミラ……」

ミアがあたしの袖を掴む。

ニコは隙間の奥にいた。もう動かなかった。誰かが石でも投げたのか。小さな身体が、ひどい形になっていた。

ミアが泣いた。声も出さずに泣いた。

あたしはミアを抱きしめた。

何も言えなかった。怒りなのか悲しみなのか、自分でも分からないものが胸の中にあって、でも言葉にならなかった。

「なんでいつもこうなるんだろう。神様っていないのかな…」

「…いないよ、そんなもの」

「ミラ、わたしたちはどう生きていけばいいの…?」

「……」

ミアの問いに対する答えをあたしは持っていなかった。

ただ、ひとつだけ言える事があった。

「この世界はくそったれだ。」

「…そうだねぇ」

「あたしが信じられるのはミアだけだ」

「わたしもミラだけは信じるよ~」


それから、ミアは土を素手で掘った。あたしも手伝った。二人でニコを埋めた。

暗くなるまでそこにいた。

あたしは決めた。

この場所を信じるのをやめようと。


その夜、眠れなかった。

廊下を歩く足音がして、あたしは耳を澄ませた。

ボルドーの声だ。それともう一人。先週、にこにこしながら孤児院を視察していった貴族の男だ。

「……あの双子だ、それも揃って器量がいい。そんなものはなかなかお目にかかれんよ」

「ご満足いただけましたか?」

「もちろんだ。同じ顔が二つ揃っている、そこに価値がある。片方だけでは意味がない。必ず二人一緒に連れてこい」

「承知しております。来月、十二歳になります。その頃合いに」

「ああ、楽しみだ。あの綺麗な顔がどう歪むか」

「あの双子は姉妹で固い絆で結ばれております。片方を責めれば、片方も同じ罰を受けたがる。お互いがお互いを守りあう慈愛に満ち溢れております」

「ふふふ、そいつはやりがいがあるな。儂は女が絶望に打ちひしがれる様を見るのが好きなのだ」

「いや~、素晴らしいご趣味です」

「これからも頼むぞ」

「勿論でございます。それで、お布施の額ですが…」

「ああ、任せておけ」

足音が遠ざかる。

あたしは薄い毛布を握りしめたまま動かなかった。

隣のベッドでミアが寝ている。暗くても双子だから顔が分かる。

自分の顔が、初めて憎いと思った。

「……ミラ」

小声だった。

「……起きてたのか」

「うん」

「聞こえたか」

「うん」

沈黙。

「逃げよう」とミアが言った。

あたしは答えた。「…ああ」


深夜、月のない夜だった。

南の窓の錠が壊れていた。一ヶ月前から気づいていたとミラが言う。

こいつは計算が早い。あたしよりずっと頭がいい。

窓から跳んで、石畳に着地して、二人で走った。

振り返らなかった。ニコが埋まっている場所だけ、一瞬、目に入った。


また来るから。


声には出さなかった。でも思った。

王都は夜でも騒がしかった。酔っ払いの声、兵士の足音、犬の遠吠え。あたし達は路地を縫って走った。

どこへ向かうかなんて、決めていなかった。

ただ、二人でいられる方向へ走った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
基本的に毎週水曜日、土曜日、日曜日の21時頃の更新を目指しています! 長期休暇期間中は頑張ります!!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ