21話 ゼニス歴1071年 ニール視点
ピノの言い回しを少し修正しました。
俺は20歳になった。
デイルの処刑から5年だ。
今、俺は妹となったイルルと共に、大陸中央南部にあるリオネッサ辺境領に潜んでいる。
元々、リオネッサ辺境領はエルバート王国の中でも一番南に位置しており、また、隣国「バルドール帝国」との境目で、治安はあまりよくない。
対バルドール帝国として、エルバート王国兵がどっしりと構えて待機しており、そのエルバート王国兵が治安の悪化を加速させているという現実もある。
そうなれば当然、その領都、リオネッサ市には、ならずもの、世捨て人、エルバート王国でやらかした人、蔑まれた人、等、様々な人が流れ込んできており、さながらカオスな状況にある。
海も近く、海の幸も豊富で真面目に交易を行えばいい都市になるだろうに、という一定の評価もあるのだが、中々、諸般の事情でそうなっていない不運な土地である。
だから俺はここで国家転覆の第一歩を始める事にした。
潜伏先として選んだのは、治療院だ。
本来この領都の治療院に、アステリズム神聖国から派遣される治癒師は来ない。
治安が悪すぎて、まともな治癒師が寄りつかないのだ。
治療にしてもとんでもなく高い布施が必要で、貧乏人にはとてもではないが手が出せない代物だった。
だから俺は治療院の手伝いとして、この施設に入った。
俺はまず手始めに、ほぼ無償で治療を施した。
ここにはバルドール帝国との諍い、住民同士の喧嘩、作業中の怪我、病気、虐待で傷ついた人間がわんさか運ばれてくる。
毎日が戦場だった。
俺は合間を縫って、ある薬の開発を考えていた。
「・・・ダメだ」
小さく呟く。
青カビの抽出液。
それを塗っても、飲ませても傷の赤身は引かない。
むしろ悪化しているようにすら見える。
捕まえたネズミを実験台にしながら、研究を行っていた。
「効いてないの?」
イルルが不安そうに覗き込む。
「多分、これはカビが違うんだ」
治療院の一室。
この治療院は川沿いにあり、湿度も高い。
テーブルに置かれた果物。
そこに生えたカビを使っていた。
前世の記憶を頼りに。
抽出方法を変えてみる。
専門的な道具なんてない。
すべてが手作業だ。
莫大な研究作業をこなしつつ、現実の患者と向き合っていた。
そして数か月経った頃、俺は迷っていた。
今しがた運ばれてきた子供の治療についてだ。
「まだ息がある!」
扉が乱暴に開いた。
担ぎ込まれてきたのは、痩せ細った子供だった。
服はボロボロ。
腕には深い傷。
赤く腫れ、膿が滲み、嫌な臭いがする。
見た瞬間に分かる。
(もう助からない)
周りの大人が顔をしかめている。
「無理だ・・・」
「このまま夜を超えられないだろう」
「ゼニス様に祈るしかない」
いつもの言葉。
ここでは、これが日常だ。
俺は黙って傷を見る。
熱。
呼吸。
脈。
(間に合うか?)
頭の中で計算する。
レシピはわかる。
抽出方法。
今ある材料。
―――だが、まだ完成していない。
「・・・使うの?」
イルルが問いかける。
俺は答えられなかった。
少し、手が震えるのが分かった。
怖かったんだろう。
(まだ不完全だ。効く保証はない。それでも・・・)
その時、かすかに声がした。
「・・・いいよ」
全員が声の主を見る。
ベッドの上の子供が、薄く目を開けていた。
「どうせ・・・死ぬと思ってるんだろ?」
誰もなにも答えない。答えられない。
「あんたがすごいってのは聞いてる。だけど救えない命があるってのも聞いてる。
あんたが一生懸命俺達みたいな子供を治療してくれるって事はわかってるんだ。
それでも・・・無理なんだろ? だったらいいよ。俺をあんたの実験台に使ってくれ。」
なにを言ってるんだ?
こいつはまだ子供じゃないか。なぜそんなに簡単に命を捨てる事ができるんだ。
「お前、怖くないのか?」
俺は聞いた。
「・・・別に怖くないよ。いつかこうなるって思ってた。それなら、いっそのこと誰かの役に立ちたいって思っただけだ。死んでもあんたのことは恨んだりしない。化けても出ない。」
まっすぐだった。
子供は俺をまっすぐな目で見る。
「やってくれよ」
恐怖もある。でも、それ以上にーーー諦めている目だった。
俺は腹を決め、声を絞り出した。
「ああ。」
準備に取り掛かる。
「助けられるかもしれない」
「・・・」
「でも、分からない」
「・・・それでもいい」
即答だった。
「今よりマシ」
イルルが小さく息を呑み伝えてくる。
「準備、整ったよ」
水、布、かなり精製度合は上がったが、まだ少し濁っている抽出液。
完成とは言えない。
それでも。今ある中では、最善。
「動くなよ」
抽出液に布を浸し、傷口に当てる。
子供が歯を食いしばる。
「これを飲め」
子供は大人しくそれを飲んだ。
時間が流れる。
だれも動かない。
だれも喋らない。
(頼む・・・)
数分。
さらに数時間。
呼吸が荒いまま。
(ダメか)
その時。
「・・・あれ?」
イルルの声。
額に触れている。
「熱が下がってきてる・・・」
俺も触る。
下がっている。
確かに。
さっきよりも。
「腫れも・・・少し収まっているのかも?」
イルルが言う。
ざわめきが広がる。
信じられない、という空気。
俺はその場に座り込む。
力が抜けた。
(・・・できた)
子供はゆっくりと目を閉じる。
苦しそうな顔ではない。
ただの眠り。
静かな呼吸。
それを見て、ようやく全員が理解する。
「助かった・・・のか?」
俺は手を見る。
見つけた。
俺は正解を見つけたんだ。
薬の匂い。
前世で知っている匂い。
だが、これはこの世界で作ったものだ。
「これは・・・抗う薬だ」
小さく俺は呟いた。
しばらくするとベッドの子供が、薄く目を開けた。
「なあ・・・」
「どうした?」
「俺の名前はピノって言うんだ」
「そうか、ピノ。頑張ったな。」
「あんた、名前・・・なんていうの?」
少し考える。
そして答える。
「好きに呼べ」
子供は少し笑った。
「じゃあーーーー先生だ。」
その一言で。
何かが変わった気がした。
ただの薬じゃない。
ただの治療じゃない。
これはーーー
世界を変える最初の一歩だ。




