15話 【ゼニス歴1067年 ニール視点】
「国家反逆罪で、元近衛騎士団長デイル・オーウェン・アシュワースを王都で捕らえた」
村でもこの情報で噂が持ち切りで、内容を詳しく聞くと、
デイルは忌み子として生まれた我が子を国家に渡さず家族一同で隠匿。
人知れず逃亡したが、赤子は8歳の時に野盗に襲われ死亡。そのまま逃げ続けたが、遂に王都で逮捕されたという。
大神官の元で行われる神聖裁判の後、処罰が下るそうだが、国家反逆罪の場合、間違いなく死罪だそうだ。
母さんの一族のことはなにも書かれていなかった。
なんだこれは?
どういうことだ?
贖罪の道があるんじゃなかったのか?
一体なにがしたいんだ! デイル!!
同時に気付いた。
これがデイルが言っていた「贖罪」なんだ、と。
俺を自由にするために、俺が自由に生きていく力と術を持たせる為に成人するまでの時間を稼ぐ。
それで俺を死んだことにして、自分の身を差し出す。
これがデイルとニチカの作戦だったんだ。
なにが旅に出る、だ。
なんで俺はそんなワードを信じてたんだ。
馬鹿だ、俺は。
デイルのことを大事に思っていながら、なんて体たらくだ。
俺は本物の大馬鹿野郎だ。
だが、デイルには一言文句を言わないといけない。
おれはデイルを死なせない!
イルルは泣きながらデイルの手紙を読んでいた。
イルルにもデイルがやろうとしている事がわかったんだろう。
俺はイルルに声をかける。
「イルル」
「・・・おにいちゃん、ダメだよ。」
イルルには俺がやろうとしている事がわかるんだろう。
「いやだ、俺はもう後悔したくないんだ」
「イルル、一緒にいこう」
「・・・お父さんの気持ちを考えてあげて・・・」
「頼む。イルル」
「・・・ダメだよ」
「・・・一緒にきてくれ、イルル」
「・・・」
「頼む・・・。助けてくれ、イルル。」
「・・・わかった。行くだけだよ?」
泣きじゃくる俺達は王都へ向かう馬車へ飛び乗った。
王都へ向かうまでの約1か月。
俺は様々な葛藤の中、地獄の様な日々を過ごした。
イルルは常に寄り添ってくれた。
王都に着いた時、今まさにデイルの処刑が行われようとしていた。
間一髪、間に合ったのだ。
デイルはまだ生きている!
突き抜けるような青空が、逆に忌々しかった。
王都中央広場。かつてデイルが忠誠を誓ったその場所に、大きな櫓が組まれている。
今はその場がデイルの処刑場へと変わっている。
野次馬が大勢、俺の親父の死を娯楽として見届けようとしている。
日頃のストレス発散に、そのへんの石や食べかけの果物を投げつける輩もいる。
皆、好き勝手に親父に罵詈雑言を浴びせかけている。
なんだ、こいつらは!
クソみたいなやつらだ!!
お前らに俺の親父のことをなにがわかるんだ!
俺の親父はすごいんだぞ!
俺は櫓に向かい駆けだした。
「どけ!!前に行かせろ!」
「うるせえクソガキが!!」
俺は群衆を掻き分けて前に進もうとしたが、全く前に進めず、逆に殴られて外にはじき出されてしまった。
イルルが駆けつける。
「おにいちゃん!!」
「・・・くそっ!!」
そうこうしているうちに儀式が始まる。
神父だろうか。神官服を着た役人が罪状を読み上げる。
「汝、デイル・オーウェン・アシュワースは元近衛騎士団長であるにも関わらず、エルバート王国の安寧を脅かした罪、ここに国家反逆として告発するに至った。
これより、エルバート王国法第七条に基づき、国家反逆罪の判決を執行する。
主文、被告デイル・オーウェン・アシュワース。
貴様に死罪を申し渡す!!
汝は王と国に背きし罪により、神と王の名のもとに、その魂に最終の裁きを下す」
デイルは鎖に縛られ、跪つかされている。
「デイル、最後だ。言い残すことはあるか?」
執行人の冷徹な問い。
ボロボロになり、鎖に繋がれた父が、ゆっくりと顔を上げた。
群衆の中に紛れ、震える俺とイルル。
デイルの視線が一瞬、俺たちを捉えた気がした。
小さい溜息と共にデイルは叫んだ。
「天国にいる息子に伝える!!」
それまでの歓声はピタッと止み、デイルの声は、広場全体に響き渡った。
ニールを「死んだ」ことにする。
それが、親父と母さんが土壇場で選んだ贖罪だった。
「俺たち夫婦は、お前を『忌み子』として産んでしまった。それは……決して悪いことではなかった。
国という理に抗い、自分たちの手で守ろうとしたのは大罪だった!
また俺はお前を守れずに死なせてしまった!本当に申し訳なかったと思っている!!
甘んじてこの判決を受け入れよう!」
観客の歓声が一気に上がる。
その声と共に父の顔に、いつもの不器用な笑みが浮かぶ。
静寂を待って、デイルは言葉をつづけた。
「なにも心配はいらん。今から俺はお前の母親がいる地獄へ行き、二人で罪を償ってこよう。
だから……お前は、お前は天国で、お前のやりたいことをやれ!」
――生きろ。 声にならないメッセージが、俺の胸に突き刺さる。
「俺たちは、お前のことを心から愛していた。
願わくば、この想いがお前に届かんことを……!!」
その言葉の後、処刑人の腕が振り下ろされ広場に鈍い音が響いた。
デイルの身体が静かに崩れ落ちる。
ドサリ、と重い音が響いた。
同時に一斉に群衆は歓声を上げた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
「あああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
喉がちぎれるような叫びを上げた瞬間、イルルが死に物狂いで俺の口を塞ぎ、イルルが俺を地面に押し倒した。
世界から色が消え、ただ、処刑台の上に横たわる「動かなくなった父」だけが、網膜に焼き付いている。
「おにいちゃ、、ニール、ダメ……! 行っちゃダメ!!」
隣でイルルが必死に俺を抑え込んでいる。
彼女の爪が腕に食い込み、痛みを感じるはずなのに、俺の感覚はどこまでも麻痺していた。
耳の奥では、野次馬たちの下品な歓声が、まるで遠い異国の雑音のように響いている。
「ダメだよ、ニール!死んじゃダメ!デイルさんの、お父さんの言葉を……無駄にしないで……っ!!」
……ああ、わかっている。
デイルは、俺がこの国に「いないもの」として、静かに生きていくことを望んだのだ。
(……ああ、そうか)
俺の中の「35歳の理性」が、冷酷なまでに状況を整理し始めた。
デイルは、最期の瞬間まで俺を守ったのだ。
俺を死んだことにし、この国にとっての『忌み子』を歴史から消し去った。
そのために、自分の命を、魂を、そして最期の言葉さえも、嘘で塗り固めて使い切った。
叫びたかった。
「父さん、俺はここにいる! 死んでなんかいない!」と。
だが、俺がここで声を上げれば、父さんが命を懸けて完成させた「最大の嘘」が無駄になる。
その結論に至った時、俺の中で何かが音を立てて壊れた。
いや、再構築されたのだ。
溢れそうだった涙は、熱を失い、冷たい氷のような殺意へと相転移していく。
(デイル、いや、父さん。あんたは俺に、自由に生きろと言った。天国で、やりたいことをやれと……)
視界が、赤く染まっていく。
それは悲しみの色ではない。この国を焼き尽くすための、業火の色だ。
(残念だけど、それは聞けないよ。……俺は、地獄にいくことに決めた。あんたらにもう一度会いに行くんだ!)
俺は、懐の中にある薬草の匂いを嗅いだ。
かつて、父の傷を治した、俺の知識。
だが、今この瞬間から、この知識は「慈悲」ではなく「復讐」の道具として使おう。
一滴の毒で民を狂わせ、一束の草で流通を麻痺させ、この傲慢なエルバート王国を内側から腐らせてやる。
父さんの誇りを踏みにじり、母さんの命を奪ったこの転生システムそのものを、根こそぎ破壊してやる。
「……落ち着いたよ、イルル。もう、大丈夫だ」
俺は、自分を抑え込むイルルの手に、そっと自分の手を重ねた。
驚いたように顔を上げたイルルは、俺の瞳を見て、小さく息を呑んだ。
そこに映っているのは、もう「優しい幼馴染」でも「無力なガキ」でもなかったはずだ。
「行こう。……今から始めてやる」
俺は、父を屠った断頭台を、冷徹な目で見据えた。
心臓の鼓動が、今までになく静かで、正確なリズムを刻み始める。
「――転生薬師の国家転覆を」
俺の「第二の人生」は、今この血の匂いと狂気が漂う広場から始まった。
第1章 完




