14話 【ゼニス歴1060年 ファラン視点】
ここはエルバート王国の首都エルドラッド。王城での話である。
王、ファランは怒り狂っていた。
王の怒りを鎮めようと家臣が総出で取り繕っているのは月例会議での日常風景である。
ただし、今回の会議で溜まりに溜まっていた癇癪が遂に爆発したのだ。
「一体いつまでやっておるのだ!!全兵力を挙げて構わん。虱潰しに探し出せ!!!」
「お、恐れながら陛下!」
「宰相!! 申し開きなどが通用すると思うなよ!!」
国王であるファラン・フィッツ・エルバート3世の怒りは頂点であった。
「8年だ。8年も経ってなぜまだ捕まえられんのだ!揃いも揃って、この無能共が!!」
8年前。
ファランの言葉通り、魂を削った転生術は無事に成功し、3名の転生者がこの世界に舞い降りた。
2名は確保済み。ただし1名取り逃がしたという。
また、確保した2名に関しても、「外れ」であったことも報告が上がっている。
「くっ、転生術式は命がけだというのに、なぁぜ貴様等はその重要度がわからんのだ!!!」
「お、恐れながら、転生者の親があの「神速のデイル」であったことがわかっており、、、」
「そんなものは関係ない!! さっさと捕まえて首を撥ね、転生者をワシの元へ連れてくるのだ!!
出来なければ、貴様等の首と領地を取り上げ、家を取り潰してやるぞ!!」
「ぎょ、御意に!!」
恐らくファランの怒りは収まらないだろう。
だが、次の転生術発動時期まであと4年。
4年たてば王の意識もそちらに行く。
そこまで自分の命と地位をどう保つか、貴族連中はその一点のみに注力し、うまく立ち回ろうとしていた。
それが余計に王の癇に触り、怒り狂うのであった。
「今日は激しいな」
「ああ、体裁だけ整えている「お貴族様」には厳しい立場だろうな」
「普段いい思いしてるんだ。いい気味だぜ」
「違いねえ」
会議室の外、護衛達の雑談もかき消すように、部屋からは王の怒声だけが響いていた。
【ゼニス歴1067年 ニール視点】
俺達は3人で逃亡を続ける。
村を転々とし、町を流れて、そしてエルバート王国の南にある小国家群のひとつ、リオネッサ辺境領にたどり着いた。
そして7年が経とうとしていた。
来月、俺は無事に15歳の誕生日を迎える。
この世界においてだが、俺もめでたく成人の仲間入りだ。
これでデイルが言っていた贖罪の道を探すことが出来る。
ようやく人並みの人生を歩めるのだろう。
その頃、俺はというと、商業ギルドに属し、薬草採取や木材管理の仕事を生業とした林業で生計を立てようとしていた。
いい親方に出会え、いい同僚達と楽しく仕事が出来ていた。
林業に就けたというのほ思いのほか、楽しい経験だった。
特に俺は木炭製造を担当する事が多く、その際、ある薬の開発に思い至った。
そう、日本人ならほとんどの人が知っている家庭常備薬の定番「アレ」だ。
伐採した木材を窯に詰め、じっくりと蒸し焼きにして炭を作る。単純な作業のようだが、温度管理と煙の量で品質が大きく変わる。薬草の乾燥や煎じに慣れていた俺には、なぜか性に合った。
そしてあるとき気がついた。
窯から出る煙を冷やすと、黄褐色のドロリとした液体が滲み出てくる。
木タールだ。
……いや、正確には木クレオソート。
木材を乾留する過程で生じる成分のひとつで、前世の記憶の中に確かにある。防腐剤としても使われるが、胃腸薬として、特に腸への作用効能がある。
試作に数週間かかった。煙の成分を集める仕組みを作り、液体を精製し、適切な濃度に調整する。
他の生薬成分を混ぜて丸薬の形に整えると、独特の強烈な臭いを持つ、黒くて小さな粒ができた。
仕事仲間の一人が食あたりで寝込んだとき、試しに飲ませてみた。
翌朝、「なんか知らんけど治った」とケロリとした顔で戻ってきた。
俺は静かにガッツポーツを取ってしまった。
この世界に「正露丸」が誕生した瞬間だった。
ほかにも仕事をしながら色々な薬草や素材を手に入れ、新しい薬をどんどん作っていった。
ただ、剣の稽古は怠らなかった。またいつ敵が襲ってくるかわからないからだ。
デイルは片腕になっても恐ろしく強かった。王都にいればいい師範になれただろう。
当然、イルルもいっしょだ。イルルは昼間、針の仕事を手伝っている。
どうやらお針子さんに興味があるらしい。
つつましく、でも幸せな時が流れていた。
そんなある日の夜、デイルは俺にこう告げた。
「ニール、お前はもう立派な大人だな。」
「うん。ありがとう、父さんのおかげだよ」
「気にするな。俺はお前と一緒で本当に『楽しかったよ』」
「急になんだよ」
「いや、別になんでもないんだ。
あぁ、そうだ。いい酒を手に入れたんだ。」
「酒は飲まないんじゃなかったの?」
「成人の祝いだよ これくらいきっと母さんも許してくれるだろう」
「別に飲んでもいいと思うけどね 母さんもそこまでケチじゃないでしょ」
「お前にはわかるまい。あの一族の酒に対する執着を・・・」
それを話すデイルの顔は青ざめていた。
酒でなにかあったのだろうか?
デイルは笑いながら、相当酒でひどい目に合わされた内容を話してくれた。
聞けば母さんの一族は相当な酒豪であり、一族の中でも母さんが一番酒に強かったらしい。
親戚に呼ばれると毎回振り回され、酒で潰されたそうだ。
それで酒を飲むのを止めたんだと。
イルルも帰ってきて話に加わり、いつも通り3人で楽しい夕餉を囲み、夜の団欒を楽しんだ。
こんな日が永遠に続くものだと思っていた。
夜も更け、明日に備えて寝ようとしていた矢先、デイルが話かけてきた。
「ニール」
「なに?」
「・・・風邪ひくなよ」
「なんだよ急に」
「いや、なんでもないんだ。おやすみ。」
「?? ああ、おやすみ」
翌朝、デイルの姿はなかった。
代わりに手紙が一通、愛用の剣と高そうな酒瓶が置いてあった。
そこにはこう書いてある。
「俺は旅に出る。
ニールへ
まもなくお前は自由になれる。
そしてイルルと共に幸せになれ。
お前の幸せを俺達はいつも願っている。
イルルへ
勝手な話で申し訳ない。
ニールをよろしく頼む。
愛する息子と娘へ愛をこめて
デイル・オーウェン・アシュワース
ニチカ・アシュワース」
イルルも起きてきて、その手紙に気付いた。
「ねえ、これはどういうことなの?」
「わかんねえよ。なんだよ父さん…」
「探しに行こう!おにいちゃん!!」
「そ、そうだな」
俺とイルルは村の中を探し回った。
だが、だれもデイルを見ていないとの事。
片腕の初老の男なんて目立つ風貌だ。見間違えるわけがない。
どうやら隣村にいく乗り合い馬車にも乗らず、歩いてどこかに消えたようだ。
いないものは仕方がない。
旅に出る、と言っている訳だし、普通に考えれば戻ってくるはず。
ただ、手紙の内容が気になる。
「まもなくお前は自由になれる。
そしてイルルと共に幸せになれ。
お前の幸せを俺達はいつも願っている。」
ここを読むと、「二度と帰ってこない」んじゃないだろうかと取れる。
いやいや、そんな筈はない。デイルは一緒に成人を祝うと言っていたじゃないか。
心の不安をかき消すように、俺もイルルも普段の仕事に打ち込んでいた。
1か月後、その一縷の望みが打ち砕かれるような情報が村に飛び込んできた。
「国家反逆罪で、元近衛騎士団長デイル・オーウェン・アシュワースを王都で捕らえた」と。




