12話 【ゼニス歴1060年 ニール視点】
俺が村に戻された時、デイルの叫び声が村の中央から聞こえた。
デイルはすでに地面に膝をついていた。
彼の前には、盗賊たち数名がデイルを包囲している。
数十名の盗賊の骸が転がってはいたが、多勢に無勢という事なのだろう。
ジャーメインはデイルに告げた。
「ふはははは!お粗末だぜ、騎士団長様ぁ!さっさとガキさえ渡せば、村人なんざどうでもよかったのによぉ!」
デイルはジャーメインを睨みつけていた。
「クゥリストフゥゥゥゥ!!!!!!!」
「ジャーメインだって言ってんだろうがぁ!!!」
俺はジャーメインに腹を殴られた。
「ガハァ!」
俺は胃液を吐いた。
「ニール!!!」イルルの声が聞こえる。
「ニーール!!! クリストフ、貴様ぁ!!!」
「うははははぁ!!!!俺様は盗賊王ジャーメイン様だぁ!!! 元・近衛騎士団長「神速のデイル」、貴様だけは絶対に許さねえ!」
盗賊達はデイルを囲み一斉に飛び掛かろうとするが、ジャーメインはそれを制する。
そして俺を羽交い絞めにしたままデイルに近づいた。
「おっと、デイル騎士団長様ぁ、大切な転生者様の命が欲しければ抵抗はするんじゃねえぞぉ!!」
周りの盗賊達は察したようでニヤニヤしている。
「わかった。ニールを放せ。」
デイルは抵抗を止め、剣を地面に置いた。
ジャーメインは片手で剣を鞘に納め、懐から何かを取り出した。
「騎士団長様は知らねえだろうな、こんな便利なもんが世の中にはあるんだぜぇ」
ジャーメインは醜く歪んだ笑みを浮かべ、懐から鈍く光る鉄の筒を取り出した。
「お前、その筒で何をしたいのかは知らんが…」
それは剣でも斧でもナイフでもない。ただの短い金属の筒だ。
「さあ、その自慢の剣を捨てろ、騎士団長様。さもなくば、その横にいる小僧の頭をこの『雷鳴』で粉砕してやる」
ジャーメインが何をしようとしているのか、デイルには理解できない。
だが、デイルの本能が警告を発していた。
これは危ないものだ、と。
だが、転生者である俺にはわかる。
あれは、「銃」だ。
おそらく銃の原型のようなものだろう。金属の筒に引き金がある。
ここは剣の世界じゃないのか。
少なくとも俺が記憶を取り戻して5年。
火薬の類は見たことも聞いたこともなかった。
ジャーメインは銃をデイルに向けて構える。
「確かに俺ではお前の剣には勝てねえ だが、この『雷鳴』は確実にお前を殺せるシロモノだ。
お前が逃げ回ってる間に世の中は、いや、このエルバート王国は進化してるってことだ!
いずれエルバート王国はこの大陸を制覇することが出来るって話だよっ」
「父さん!逃げて!それは銃だ!!」
「銃?」
「ちっ、知ってやがるのか!流石は転生者サマだなぁぁ!!」
「父さん、避けて!」
俺が叫ぶより早く、ジャーメインの指が筒の側面にある小さな突起を乱暴に絞った。
――ドォォン!!
静寂の森を切り裂くような、聞いたこともない爆音が響き渡る。閃光が弾け、次の瞬間、ニールのすぐ横で木片が激しく飛び散った。
デイルは反射的に剣で何かを弾こうとしたが、それは剣術の範疇を超えていた。目に見えぬ「何か」が空間を貫き、木々を粉砕し、そしてデイルの左肩を抉ったのだ。
「ぐわぁぁぁぁぁ!!」
「ちっ、扱いが難しいんだよなこれはよぉ!しっかり顔面狙ったのによぉ」
デイルは左肩を抑えうずくまる。
「とおおぉさあぁぁぁぁん!!!!」
俺は思わずデイルに向かい叫ぶ。そして自分の情けなさに絶望する。
「ふはははは! 見たか、これが新時代の力だ! 剣技だの騎士道だの、そんなものは時代遅れなんだよ!」
ジャーメインは、理解不能な「死の武器」を突きつけられたデイルの絶望的な顔を見て、心底愉悦に浸っている。
デイルの肩を抑える右手は微かに震えていた。
その震えは、痛みや怒りによるものではなく、未知の理屈に対する純粋な恐怖から来るものだった。
ジャーメインが愉悦に浸っていたその瞬間、羽交い絞めにされていた両手の力が緩み、俺の右手が抜けた。
俺はすかさず腰の横に括り付けていた革袋に手を伸ばす。
今しかない!
俺は革袋の中の紫色の液体をジャーメインの顔に振りかけた。
「うおっ!て、てめえ何しやがる!! なんだこれ、キタねぇ!!」
ジャーメインは怒りながら俺を部下の盗賊達の方に投げ飛ばした。
「くそっ、…なんだ、これ!?皮膚がヒリヒリしやがる!目に入ったか?視界が霞む…!」
その一瞬を逃すデイルではなかった。
直ぐに剣を拾い、ジャーメインに切りかかった。
「今すぐ殺してやる!!クリストフゥゥ!!」
ジャーメインも剣で応戦する。
ガキィィィン!!!
すぐさま俺は盗賊達を目指して走り出す。
出し惜しみは無しだ。どうせあいつらは「俺を殺せない。」
ありったけの速度で、ありったけの力でナイフを打ち付けた。
俺は残っていた5人の盗賊にナイフで傷を付ける事が出来た。
これでいい。さぁ、撤退だ!
あとは時間が解決してくれる。
だが、そんなに甘くはなかった。
イルルだ。
イルルは放心状態。すぐに人質に捕らえられた。
結局、俺は盗賊に捕まった。
「子供を殺すぞ!!!」
俺を捕らえた盗賊は叫ぶ。
「どこまでも卑怯な真似を…!」
デイルは抵抗を止め、剣を地面に置いた。
「卑怯?犯罪者に人権なんざねえよ!これはお前の甘さの代償だ!」
ジャーメインの剣が、デイルの無抵抗な左腕を捉えた。
ズバァッ!
デイルの左腕が、肩の付け根から、鮮烈な朱を撒き散らしながら地面に落ちた。
その切断の音は、村の炎と悲鳴に掻き消されることなく、俺の脳裏に焼き付いた。
「とおさぁぁぁぁぁん!!!!」
「ふははははははぁぁぁぁ!!!! やったぜ、やってやったぜ!おでが騎士団長をやってってやったぜ!!?? あ!? かっ、かふゅっ、おれ!?」
ジャーメインの息が続かない。
左手を落とされたデイルは既に立ち上がっていた。
そして、その彼の右手には、鮮やかな血を滴らせた長剣が力強く握りしめられていた。
「目が、おデの目がミえのい!なんでぇ、こじゃわ! 息ガでき、ガハッ!あるろ?」
「甘さの代償っていうのはこういうことを言うんだよ、クリストフ」
デイルの右手の長剣はジャーメインの腹を貫いていた。
「がふぅぅぅ!がぁっ!」
「ふん!!」
ジャーメインの腹を貫いた剣は既に抜かれており、デイルは二撃目を繰り出す。
デイルは左から右へと袈裟切りにジャーメインを切り捨てた。
「ちっ、片手じゃ威力は半減ってとこだな。」
「と、父さん!?」
デイルは残りの盗賊を睨みつける、が異変に気付いた。
どうやら俺のナイフに塗っていた毒(蛇毒)が効いてきたんだな。
もっと濃縮させて毒性を上げ、毒の回る速度を上げる必要があるようだ。
盗賊達は自分に何が起きているのか分からず、嘔吐をし続ける男、身体がまともに動かせない男、泡を吹いている男。無理矢理切りかかるやつもいたが、デイルはそれらの太刀筋を全て見切り、残りの盗賊を作業のように切り捨てていった。
まるで剣術の型を見ているかのように。
全てが終わった時、デイルはようやく町の中央広場の切り株に座り込んだ。
「ニール、大丈夫だったか? 怖かったろう。すまなかったな。」
「父さん、う、腕が・・・」
「ああ、痛くなってきた。血も足りないな。
だけどな、ニール。
お前が助かったんだ。腕一本…安いもんだ。
だが、これ以上、この傷で逃げ切れるとは思えない。
お前の知恵が必要だ。任せてもいいか?」
「うん!父さん、そこでじっとしてて。」
俺はカバンの中から、「コク」といわれる薬草を取り出し、傷口に張り付けた。この「コク」は強力な止血作用があるという事がわかっている。
その後、ノコギリの様な歯をもつ「ヨロウ」や「ヤモグ」という薬草数種類をすり潰して作った軟膏を塗り、清潔な布で縛った。
「コクの葉っぱは止血作用。軟膏は傷口の感染症予防と、抗炎症作用を持つから、これで少しは…」
「ああ、ありがとう。父さんは少し眠るよ。すまないな。」
そういうとデイルはそのまま寝てしまった。
デイルは気丈にふるまっていたが、顔面は蒼白で、脂汗を滲ませていた。
恐らく熱が出ているに違いない。大きな傷を負ったんだ。
だが、止血と感染症対策という薬学の基礎的な知恵がこの世界の治癒魔法とは違う現実的な有用性のはずだ。
ここを乗り切れれば恐らく大丈夫のはずだ。
俺はイルルを探す。広場の端っこにイルルはいた。
イルルは呆然としていた。だが、生きている。それだけは本当に良かった。




