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完璧な侯爵令嬢の私が、年下の婚約者のために若作りする惨めさについて  作者: 恋せよ恋


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9/11

第9話 学園祭への招待

  夜会でのあの残酷なすれ違いから、私たちの間には重苦しい沈黙が続いていた。

 会話らしい会話もないまま、ただ時間だけが過ぎていく。そんなある日、私の元に一通の手紙が届けられた。


 差出人は、ミッシェル様。

 丁寧な、けれどどこか筆先が迷ったように歪んだ文字で、彼が通う王立学園の学園祭への招待が綴られていた。


『学園祭があります。もし、良ければ、あなたに来てほしいです』

 短く、不器用な招待状。


 それを手にした瞬間、私の胸には喜びよりも先に、鋭い痛みを伴う躊躇いが込み上げた。


(十五歳たちの庭に、十八歳の私が乗り込むなんて……)


 王立学園の一年生のエリアは、いま最も瑞々しい若さに満ち溢れている場所だ。デビュタントを終えたばかりの、未来への希望に目を輝かせる少年少女たちの聖域。そこに、一度は婚約者に裏切られ、社交界の酸いも甘いも経験し始めてしまった十八歳の私が赴く。それだけで、なんだかひどい場違いなことをするような、冷たい引け目を感じずにはいられなかった。


 また、あのピンクのドレスの時のように「痛々しい若作り」と笑われるのではないか。ミッシェル様に「無理をしていて変だ」と拒絶されるのではないか。恐怖で足がすくみそうになる。


 けれど――私の胸の奥には、まだ微かな灯火が消えずに残っていた。


 あの夜会でのミッシェル様の言葉は、私の心を粉々に砕いた。それでも、私は彼と新しい関係を築くと決めたのだ。このまま背を向けて逃げ出してしまえば、私たちの溝は永遠に埋まらない。


 少しでも、あの子の心に近づきたい。関係を修復したい。

 その一心で、私は一番自分らしくいられる、仕立て直したシンプルで知的な紺色のドレスを選び、学園の門をくぐった。



 学園祭の敷地内は、耳が痛くなるほどの活気と笑い声で満ちていた。

 色とりどりの装飾、魔術光のシャボン玉、露店から漂う甘い菓子の香り。行き交う生徒たちは誰もが制服を瑞々しく着こなし、お互いの距離の近さに頬を染めてはしゃいでいる。


「――あ、見て。あの方、ロイド侯爵家のアナベル様じゃない?」


「例の、ヘンリー卿に逃げられた……。じゃあ、ミッシェル様の新しい婚約者?」


「まあ。お綺麗だけど、やっぱり……私たちとは『空気』が違うわね。なんだか、大人が紛れ込んできたみたい」


 すれ違う少女たちの、悪気のない、だからこそ刃のように鋭い囁きが鼓膜を叩く。

 彼女たちには、私を陥れようという明確な悪意などないのだろう。ただ純粋に、自分たちの眩しい世界と比較して、私の存在を「異物」として認識しているのだ。


 案内された中庭のサロンに一歩足を踏み入れた瞬間、私はその場に縫い付けられたように動けなくなった。


 きらきらと輝く木漏れ日の中、見目麗しい少年たちが集う一角。その中心に、ミッシェル様がいた。

 彼の周りには、まるでお伽話の絵画のように、何人もの十五歳の令嬢たちが楽しげに取り囲んでいる。


「ミッシェル様、こちらの焼き菓子を召し上がって? 飾り付けがとても可愛いのよ」


「まぁ、ミッシェル様ったら、そんなに冷たくあしらわないでくださいな!」


 鈴を転がすような笑い声。弾むようなステップ。


 彼女たちの肌は驚くほど白く瑞々しく、陽の光を浴びて発光しているかのようだった。感情を隠す仮面など知らず、ただ純粋に、無邪気に、大好きな少年へと好意を向けている。

 それは、なんの計算も、焦燥も、義務もない、純粋無垢な『若さ』だった。


 その光景は、私にとってあまりにも暴力的だった。


(眩しい……。眩しすぎて、直視できない……)


 胸が、きりきりと締め付けられる。

 十五歳の彼女たちは、パステルピンクのフリルを何一つ無理なく着こなし、大きなリボンを揺らして、世界で一番可愛らしく笑うことができる。私がどれだけ文献を読み漁り、流行の小説を勉強しても、決して手に入らない『無邪気さ』という特権を、彼女たちは生まれながらにして振りかざしている。


 それに比べて、私はどうだろう。


 十八歳。社交界の荒波に飛び込み、婚約者の失踪という傷を負い、傷つかないようにと理知的な仮面を張り付けている、可愛げのない大人の女。

 ミッシェル様の隣に立つのに相応しいのは、あの輪の中で、彼と同じ目線で笑い合っている瑞々しい少女たちなのだ。私のような、年の離れた行き遅れ寸前の女ではない。


 私は、ひどく場違いだった。

 自分の存在そのものが、彼の輝かしい青春の庭を汚すシミのように思えてくる。


「……あ」


 令嬢たちの輪の中心で、ミッシェル様がふとこちらに気づき、青い瞳を大きく見開いた。

 彼は何かを言いたげに、一歩こちらへ足を踏み出そうとする。


 けれど、私はその視線を受け止めることができなかった。

 今ここで彼に話しかけられても、あの少女たちの瑞々しさと自分を比較して、惨めさで泣き出してしまいそうだったから。私には、彼の隣に立つ資格なんて、最初からなかったのだ。


「ごめんなさい、ミッシェル様……」


 届かない声で小さく呟くと、私は彼に背を向け、逃げ出すように中庭を後にした。


 背後から、少女たちの無邪気な笑い声が、まるで私の敗北を祝うかのようにいつまでも追いかけてきた。


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