表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完璧な侯爵令嬢の私が、年下の婚約者のために若作りする惨めさについて  作者: 恋せよ恋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/11

第8話 届かない「可愛い」の言葉

「ちがう、僕は、あんなつもりじゃ……!」


 夜会の喧騒から遠く離れた、誰もいない夜の庭園。

 ミッシェルは、自分の形の良い両手を激しく震わせながら、暗闇の中で立ち尽くしていた。


 頭が狂いそうなほどの後悔が、十五歳の少年の胸を容赦なくかき乱す。


 アナベルが傷ついた顔で立ち去った瞬間、彼は己の犯した罪の重さに気づいた。男友達の間で格好をつけたいがために、口から出まかせの暴言を吐いた。それを、一番聞かれたくない当人にすべて聞かれてしまったのだ。



「……おばさんだなんて、そんなこと、これっぽっちも思ってないのに!」


 手すりをきつく殴りつける。痛みが走るが、胸の痛みはその何倍も激しかった。



 本当は、言葉を失うほど見惚れていたのだ。

 ドレスを贈ろうと決めた時、アナベルを陥れようとする小娘たちの仕掛けた罠だとも知らず、ミッシェルはただ純粋に『今、学園で一番人気のドレス』だと信じて彼女に贈った。


 会場に現れたアナベルを見たとき、彼は自分の愚かさを思い知った。長身で知的な彼女に、あのフリフリした装飾は確かに不調和だったからだ。



 けれど、イザベルの手によって無駄な装飾を削ぎ落とされ、洗練されたパステルピンクを纏って戻ってきた彼女は――息を呑むほどに、美しかった。


 いつもはクールビューティと称される彼女が、淡い桜色に包まれて、どこか儚げに、それでいて最高に可愛らしく微笑んでいる。


 それを見た瞬間、ミッシェルの心臓は爆発しそうなほど跳ね上がった。幼い頃からずっと密かに憧れ、ヘンリー兄上の後ろから見つめることしかできなかった、大好きな、初恋の人。


 彼女が、自分の贈った色に染まっている。

 嬉しくて、愛おしくて、けれど他の男たちには一秒たりとも見せたくなくて。


 その強烈な独占欲と、十九歳のアルベルトのようにスマートに彼女をエスコートできない己の子供っぽさへの苛立ちが、彼をパニックに陥らせていたのだ。



『無理をしているようで、変です』


 あの時だって、本当は「可愛すぎて、僕の心臓が保たないから、そんな格好で他の男の前に出ないでくれ」と言いたかった。

 なのに、語彙も、素直さも足りない十五歳の口から出たのは、最悪の拒絶の言葉だった。



「どうして……どうして僕は、いつもこうなんだ……!」


 ミッシェルは頭を抱えて蹲った。


 ただ、「今日のあなたは世界で一番可愛い」と、その一言が言えればよかったのだ。それだけで、彼女の心を救えたはずなのに。不器用で、じれったくて、プライドばかりが高い自分の口は、彼女を傷つける毒ばかりを吐き出す。



 一方その頃、アナベルは馬車の中で、声もあげず涙を流していた。


 揺れる車内、暗がりのなかで、胸元に残されたミッシェル様の選んだリボンに触れる。指先が惨めさで震えた。


「……もう、無理をして笑うのも、疲れてしまったわ」


 ミッシェル様にとって、自分はやっぱり『お下がり』で、兄を失ったから仕方のなくあてがわれた『痛々しいおばさん』なのだ。本人からも、その友人たちの前でも、はっきりとそう告げられてしまった。


 私がどれだけ大人の対応をしようと足掻いても、彼が求めているのは、あの学園にいるような瑞々しくて愛らしい、本物の十五歳の少女なのだろう。


 私の片想いのような努力も、若さへの執着も、すべてがあの子にとっては鬱陶しく、滑稽なものでしかなかったのだ。


(これ以上、あの子の隣にいて、傷つきたくない……)


 心の傷口から、ぽたぽたと情熱が流れ落ちていくような感覚。


 二人の間に横たわる溝は、三歳という年齢の差以上に、絶望的なほど深く、暗く広がってしまった。


 屋敷に戻り、部屋の鏡の前に立つ。


 そこには、持ち主の心を失って、ただ寂しげに佇む美しいピンクのドレス姿の私がいた。


「ミッシェル様……」


 届かない言葉と、すれ違う想い。


 本当は誰よりもアナベルに恋焦がれている少年と、彼に拒絶されたと思い込み、心を閉ざしかけている年上の令嬢。


 二人の距離は、皮肉なほどに遠く離れてしまっていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ