表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完璧な侯爵令嬢の私が、年下の婚約者のために若作りする惨めさについて  作者: 恋せよ恋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/12

第10話 ツンデレの限界と雨のテラス

「あら、ロイド侯爵令嬢様。本日はようこそお越しくださいました」


 中庭から逃げ出そうとした私の前に、立ちはだかるようにして現れたのは、あのフォックス伯爵令嬢をはじめとする、十五歳の令嬢たちだった。


 彼女たちは無邪気な笑みを浮かべながらも、その瞳の奥には、私を値踏みし、「年上のおばさん」と見なすような冷ややかな光を宿している。


「ミッシェル様ったら、本日はずっと上の空でいらしたの。まさか、アナベル様をお待ちになっていたなんて。ねえ、ミッシェル様?」


 令嬢たちに促され、いつの間にか私の後ろを追ってきていたミッシェル様が、息を切らせてその場に立ち尽くした。プラチナブロンドの髪が乱れ、青い瞳が激しく動揺に揺れている。


 彼は、私がまたしても傷ついた顔をして自分から逃げようとしたことに、狂いそうなほどの焦りを感じていた。今度こそ、今度こそ引き留めて、あの夜会の暴言を謝らなければ。そのパステルピンクではないシックな紺色のドレスが、世界で一番あなたに似合っていて美しいと、喉を押し裂いてでも伝えなければ――。


 けれど、彼を取り囲む「学園の薔薇たち」の視線が、十五歳の少年のちっぽけなプライドを雁字搦に縛り付ける。

 周囲の男友達や令嬢たちの前で、年上の婚約者にベタ惚れしている姿を見せるのが恥ずかしい。格好悪い。大人の男として見られたいという歪んだ虚勢が、またしても彼の脳裏を支配した。


「ミッシェル様、アナベル様は私たちの『お姉様』世代ですもの、お労りして差し上げなくては」


「……うるさいな。君たちには関係ないだろう」


 ミッシェル様は令嬢たちを冷たくあしらった。しかし、私に向けられた言葉は、焦りと照れ隠しが最悪の形で混ざり合った、突き放すような冷徹な一言だった。


「アナベル嬢。……ここは学園です。僕の友人や同級生もたくさん見ているのですから、そんなにオロオロしないで、もう少し『大人の対応』をしてください」


 ――大人の対応。


 その言葉が、私の胸に最後の一刺しとなって突き刺さった。


 ああ、そうね。私は十八歳だものね。

 ミッシェル様が求めているのは、あの十五歳の少女たちのように無邪気にはしゃぐ私ではなく、どんな陰口を叩かれても、婚約者にどれほど冷遇されても、決して顔色を変えない「都合のいい大人の盾」なのだ。



「……そう、ですね。申し訳ありません、ミッシェル様」


 私は、自分でも驚くほど冷え切った声でそう微笑んだ。


 ミッシェル様が、ハッとしたように顔を青ざめさせる。彼は自分の言葉が、またしても意図とは真逆の、最悪の刃となって私を傷つけたことに気づいたようだった。けれど、もう遅い。私の心の糸は、いま、完全に断ち切られた。


 ポツリ、と頬に冷たいものが当たった。

 青空を覆い隠すように急速に広がった雨雲から、大粒の雨が降り始める。楽しげだった学園祭の庭から、生徒たちが悲鳴を上げて校舎へと避難していく。


 私は一人、人影の消えたテラスへと歩を進めていた。

 激しい雨の音が、周囲の雑音をすべてかき消してくれる。激しい雨風に晒され、せっかく整えた紺色のドレスが濡れて重くなっていくけれど、今の私にはどうでもよかった。


「アナベル嬢……っ!」


 激しい雨音を割って、背後から足音が近づいてくる。

 振り返ると、そこには雨に濡れそぼりながら、必死な形相で私を追いかけてきたミッシェル様が立っていた。いつもはツンと澄ましている彼の顔は、いまや泣き出しそうなほど歪んでいる。


「待ってください……! あんなの、違うんです。僕は、あなたにそんなことを言いたくて招待したんじゃ……!」


「ミッシェル様」


 私は静かに彼の言葉を遮った。


 いつもなら、どんな時でも崩さなかった「完璧な侯爵令嬢としての仮面」が、雨水とともにドロドロと崩れ落ちていくのが分かった。


 私は、彼の前で、生まれて初めて静かに涙を流した。

 雨に紛れて、けれど隠しようもなく、目元から溢れ出る絶望の雫。


「もう、いいのです。……ごめんなさいね、可愛くない年上の婚約者で」


「あ……」


「あなたに似合うような、十五歳の可愛らしい令嬢になろうと、私なりに必死に足掻いてみたの。でも、無理だったわ。どんなに頑張っても、私は十八歳で、あの子たちのように瑞々しく笑うことも、あなたに素直に甘えることもできない。……『大人の対応』すら満足にできない、みっともない女だわ」


 自嘲気味に微笑む私の姿に、ミッシェル様は恐怖に目を見開いた。


「ちがう、ちがうんだ! 僕はただ、あなたが綺麗すぎて、他の男に見せたくなくて……!」


 ミッシェル様が叫びながら、私の濡れた手を掴もうと手を伸ばす。

 けれど、私はその手を、そっと拒絶するように引き抜いた。


「もう、終わりにしましょう。……ロイド侯爵家とゴードン伯爵家の再婚約の件は、私から父に頼んで、白紙に戻していただくよう手配いたします。あなたを、これ以上『お下がりのおばさん』で縛り付けるような真似はいたしません」


 最後の手向けとして、私は完璧な、そして完全に心のこもっていない淑女の礼を捧げた。


「お健やかに、ミッシェル様。……さようなら」


「待って……待ってください、アナベル嬢!!」


 激しい雨の向こうへ、私は今度こそ完全に背を向けて走り去った。


 あとに残されたのは、激しい雨に打たれながら、差し伸べた己の手を見つめて立ち尽くす、十五歳の少年だけだった。



 自分のくだらないプライドのせいで。不器用という言葉では済まされない、自分の幼稚な暴言のせいで。

 世界で一番愛する人を、完全に絶望させ、永遠に失ってしまった。


「あああああ……っ!」


 ミッシェルはその場に崩れ落ち、泥水に塗れながら、届かない名前を呼んで激しく慟哭した。己のあまりの愚かさと、取り返しのつかない喪失の痛みに、ただ引き裂かれながら。



お読みいただきありがとうございます!

「面白そう!」と思っていただけましたら、

・ブックマーク

・作品ページ下部の「ポイントを入れて作者を応援しよう!」欄にて

ポチッとクリックしていただけますと、とても励みになります!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ