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完璧な侯爵令嬢の私が、年下の婚約者のために若作りする惨めさについて  作者: 恋せよ恋


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第3話 学園の薔薇たちと「おばさん」の囁き

「――聞いた? ゴードン伯爵家のヘンリー様、平民と駆け落ちされたんですって」


「まあ、はしたない。でも、もっと信じられないのはロイド侯爵家のアナベル様よ。婚約者がいなくなったら、今度はまだ十五歳の弟君に乗り換えるなんて」


「本当よね。十五歳のピチピチしたミッシェル様の隣に、十八歳の行き遅れおばさんなんて、まるで公開処刑じゃない? 恥ずかしくないのかしら」


 王都の格式高いカフェのテラス席。

 豪奢なついたての向こうから聞こえてくるのは、鈴を転がすような、若々しくも残酷な少女たちの囁き声だった。



 私は手にしていたレースの扇を、きつく握りしめる。

 ……知っていた。ヘンリー様が失踪し、私がミッシェル様と再婚約したという噂は、瞬く間に王立学園や社交界を駆け巡ったのだから。


 ミッシェル様は今年、学園に入学したばかりの期待の新星。中性的な美貌と高い魔力を持つ彼は、同世代である十五歳の令嬢たち……いわば『学園の薔薇たち』にとって、格好の憧れの的なのだ。


 そこに現れた、十八歳の私。

 社交界ではすでに大人枠。彼女たちから見れば、未来ある少年を横取りした「年上のおばさん」に映るのだろう。



 たった、三歳。されど、三歳。デビュタント直後の瑞々しい十五歳にとって、十八歳という年齢は、驚くほど遠く、衰えたものに見えるらしい。


(分かっているわ。気にしなければいい。でも……)


 胸の奥が、冷たい泥を流し込まれたように重く沈んでいく。私だって、望んでこの年齢差の婚約を選んだわけではない。なのに、どうしてここまで言われなければならないのだろう。彼女たちだって、すぐに十八歳になるというのに。



「……随分と、耳障りな蝿が飛び回っているわね。アナベル」


 対面に座る私の友人、コルディア公爵令嬢のイザベルが、静かに紅茶のカップを置いた。

 凛とした美貌に、燃えるような緋色の髪。彼女はこの国で最高峰の権力を持つ公爵家の令嬢であり、私の唯一無二の親友だった。


「いいのよ、イザベル。放っておいて。彼女たちはまだ十五歳、何も知らない子供なのだから、私が大人の対応を――」


「いいえ、許さないわ。私の大切な友人を侮辱したのだもの。……身の程を教えて差し上げなくては」


 イザベルはふっと冷艶な笑みを浮かべると、音もなく立ち上がった。そして、ついたての向こう――楽しげに私の陰口を叩いていた三人の令嬢たちの前へと、優雅な足取りで歩み寄る。


 私も慌ててその後を追った。



「キャッ……!? コ、コルディア公爵令嬢様……!」


 突然現れた社交界の女王を前に、十五歳の令嬢たちは一瞬で顔を青ざめさせ、直立不動になった。



 イザベルは彼女たちを冷徹な、まるで見窄らしい虫でも見るかのような瞳で見下ろし、周囲の席にもはっきりと聞こえる通る声で、一喝した。


「あら? 皆さんは、おいくつ? そう、十五歳。アナベルの《《三歳下》》なのね」


 声音はひどく甘やかで、だからこそ恐ろしい。


「では、三年後、貴方たちが今のアナベルの年齢になった時には、彼女より優秀で美しく成長している自信がおありなのね。まぁ、それは楽しみだわね」


「あ、あの、それは……っ」


「アナベルって、こんなにも美しくて、優秀で、社交界でも人気者なのに。皆さん、三年後にお会いするのを楽しみにしておりますわ。……逃げないようにね。フォックス伯爵令嬢。ノートン子爵令嬢。ラバル侯爵令嬢」


 イザベルは一人一人の家名を正確に呼び上げた。少女たちの身体が恐怖でガタガタと震え始める。


「もしかしたら忘れっぽい方々かもしれないから、我が、コルディア公爵家から『三年後の約束』についての書簡をお送りしておくわね。では、ごきげんよう」


 完璧な淑女の礼を添えて、イザベルは踵を返した。

 あとに残されたのは、今にも泣き出しそうな顔で震える、憐れな少女たちだけだった。



 席に戻ると、イザベルはふう、と小さくため息をついて、私の手をそっと握りしめた。


「アナベル、あんな《《子供たち》》の戯言、一言たりとも気にしてはダメよ。あなたの方が何百倍も美しくて、価値があるんだから」


「……ふふ。ありがとう、イザベル。本当に、あなたはかっこいいわね」


 握られた手の温かさに、冷え切っていた私の心は、じんわりと救われていく。

 けれど――救われたからこそ、胸の奥に残る切なさは、より鮮明に私を蝕むのだった。



 イザベルが守ってくれた。私は間違っていない。

 それでも、社交界が私に向ける「年上のおばさん」という冷ややかな視線が消えるわけではないのだ。


 これから先、ミッシェル様の隣に立つたびに、私はあの十五歳の少女たちの瑞々しさと、自分の「十八歳」という年齢を比べ、惨めさに苛まれることになるのだろう。


 友人の優しさに感謝しながらも、私の心の曇り空が晴れることは、まだなかった。




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