第21話:帰ってきた生徒会長
俺が生徒会長をぶっ飛ばしてから、30日。
――平和だった。
少なくとも、今日までは。
生徒会長が帰ってきた。
そして俺にリベンジマッチを仕掛けてきたのだが――
問題は、その内容だ。
あの生徒会長。
なにをどう間違えたのか。
――ウンコを操れるようになったと宣言しやがった。
※2話参照
……いや、待て。
冷静に考えろ。
なぜ俺の周りは、そういう方向に進化する?
決闘場のざわめきが、背中に張り付いて離れない。
歓声と悲鳴と笑い声が混ざった、最悪の空気だ。
その中心から、俺は――逃げている。
振り返るのが怖かった。
追われているわけじゃない。
――だが、来ている気がした。
“あの能力”を持った奴が。
廊下を蹴る音がやけに大きく響く。
誰も追ってきていないはずなのに、
背中が勝手にざわつく。
俺は女子寮へ向かって全力で走っていた。
角を曲がった瞬間、銀色の髪が視界に入る。
イーシアだ。
相変わらず余裕のある立ち方で、
まるでこっちの慌てっぷりが理解できていない顔をしている。
【ヴァトリナ】
「イーシア!手伝ってくれ」
【イーシア】
「ヴァトリナ?どうしたの青い顔して」
【ヴァトリナ】
「生徒会長が帰ってきたんだ」
【ヴァトリナ】
「俺の部屋の荷物をまとめるの手伝って」
【イーシア】
「はぁ?なんで帰ってきたらアンタが逃げるのよ」
【ヴァトリナ】
「リベンジマッチ挑まれた」
【イーシア】
「ふーん。だったら戦いなさいよ」
【ヴァトリナ】
「無理無理!」
【ヴァトリナ】
「だって生徒会長の奴、ウンコを操れるようになったんだぞ」
【イーシア】
「アンタ同じような事してたじゃない」
【ヴァトリナ】
「だから判るんだって!無理」
俺はイーシアに泣きつく。
【イーシア】
「しょうがないわね。だったらアンタはさっさと逃げなさいよ」
【イーシア】
「私がまとめておいてあげるわ」
【ヴァトリナ】
「そうか!」
【ヴァトリナ】
「じゃあ、これが部屋の鍵だ」
俺はイーシアに荷物を託した。
【ヴァトリナ】
「サンキュー、恩に着るぜ」
俺は学園の裏門へ向かって走り出す。
【イーシア】
「まったく。格好良いのか格好悪いのか」
イーシアは呆れて言葉を吐いた。
校庭に出ると、昼の光が一気に視界を焼いた。
砂埃が舞い、訓練の掛け声が飛び交う。
その中を――
異様に統率の取れた一団が走っていた。
サーブルたち士官学校組だ。
その横に、ヴェーラとムスカール。
全員が汗一つかかずに走っている。
丁度、並走する。
【ヴェーラ】
「ヴァトリナ!どうしました?そんなに慌てて」
【ヴァトリナ】
「生徒会長にリベンジマッチ申し込まれた」
【ヴェーラ】
「テレーヌ様が?」
【ヴァトリナ】
「帰って来た事、知らなかったのか?」
【ヴェーラ】
「はい」
【ヴァトリナ】
「そうだ!王子様に言って決闘を辞めさせてくれないか?」
【ヴェーラ】
「それは…進言してみますが」
【ヴァトリナ】
「頼む、もう王子様しか頼れない」
【ヴェーラ】
「隊長、離れても良いですか?」
【サーブル】
「おう。行ってやれ」
サーブルが隊長になっていた。
良かったなヴェーラに認められて…。
【ヴェーラ】
「では、行ってまいります」
ヴェーラは生徒会室へ走って行った。
【サーブル】
「しかし、ヴァトリナよ。戦わないのか」
【ヴァトリナ】
「無理無理無理」
【ムスカール】
「生徒会長は学園最強だからな」
【サーブル】
「とは言え一度は勝ったのだろう?」
【ヴァトリナ】
「あれは不意打ちが決まっただけだ」
【ヴァトリナ】
「しかも、あんにゃろう新技を引っ提げて来やがったんだ」
【サーブル】
「どんな技だ?」
【ヴァトリナ】
「ウンコを操る」
沈黙。
【サーブル】
「そ、それはなんとも…」
【ムスカール】
「ヴァトリナと同系統の技だな」
【ヴァトリナ】
「違うわバーカバーカ」
【サーブル】
「同じだぞ」
【ヴァトリナ】
「うるさい。俺は逃げるんだよ」
【ムスカール】
「この先は…裏門からか?」
【ヴァトリナ】
「そうだよ。だから、あばよ」
【サーブル】
「いや。待つんだヴァトリナ」
【ヴァトリナ】
「なんだよ」
【サーブル】
「待ち伏せされてる可能性もある」
【ヴァトリナ】
「う、それは…」
【サーブル】
「予め対策しておいた方が良い」
【ヴァトリナ】
「つまり?」
【サーブル】
「出しておけば良い」
【ムスカール】
「おい、女性にそんな事を言うのはどうかと思うぞ」
【ヴァトリナ】
「そう簡単に出ねーから逃げてるんじゃないか」
【サーブル】
「それもそうだが」
【ムスカール】
「…下剤がある」
【ヴァトリナ】
「…あ、ああっ」
この世界でもあるのか?
【ヴァトリナ】
「あるのか?下剤が」
【ムスカール】
「学園内の薬局にある」
【ヴァトリナ】
「よし、念のためにブリブリだしてくるぁ」
【ムスカール】
「えっと、女性がそのような事を言うのは良くないぞ」
俺は薬局に向かって走った。
――
女子トイレ。
白いタイルに囲まれた空間は、
妙に静かで、妙に音が響く。
水滴が落ちる音。
遠くの話し声。
そして――
俺の腹の、微妙な気配。
洋式の便座に座りながら、
時が来るのを待っていた。
――コツ。
ヒールの音が、一つだけ響いた。
空気が変わる。
見なくても分かる。
来た。
【生徒会長】
「……ごきげんよう」
少しの沈黙。
【ヴァトリナ】
「な、なんでここが!?」
【生徒会長】
「貴方も操れる水の場所は把握できますわよね」
泳がされてたってわけか。
【ヴァトリナ】
「なんで今更決闘なんか挑んでくるんだよ」
【生徒会長】
「ワタクシが新式制服を着るためですわ」
前回の決闘は生徒会長に旧制服を着せる条件だったな。
【ヴァトリナ】
「もう俺が負けた事にして着てくれませんか?」
【生徒会長】
「それも悪くはないですけど」
【生徒会長】
「……負けたままでは、納得できませんわ」
なんて女だ。
【ヴァトリナ】
「新制服、そんなに着たいのか?」
【生徒会長】
「校則ですわ」
【ヴァトリナ】
「もう、どっちも選択可能だ」
【生徒会長】
「……知っていますわ」
風が吹く。
【生徒会長】
「……誰も、新式制服を着ませんのね」
【ヴァトリナ】
「まあな」
【生徒会長】
「正しかったはずなのに」
【ヴァトリナ】
「そうだな」
一拍。
【生徒会長】
「なぜですの?」
俺は、ほんの一瞬だけ考えた。
そして、答えを選ぶ。
【ヴァトリナ】
「簡単だ」
【ヴァトリナ】
「“選ばせなかった”からだ」
沈黙。
【生徒会長】
「……」
【ヴァトリナ】
「お前は正しかった」
【ヴァトリナ】
「でもな」
【ヴァトリナ】
「正しかろうと、押し付けたら嫌われるもんだろ」
生徒会長の手が、わずかに震える。
【生徒会長】
「……それでは」
【生徒会長】
「何が正しいのですか?」
【ヴァトリナ】
「知らん」
即答。
【ヴァトリナ】
「だから選ばせるんだろ」
風が止む。
【生徒会長】
「……私は」
【生徒会長】
「間違っていましたの?」
【ヴァトリナ】
「半分な」
生徒会長が顔を上げる。
【ヴァトリナ】
「正しかった」
【ヴァトリナ】
「やり方がクソだった」
沈黙。
そして――
小さく笑った。
【生徒会長】
「……最低ですわね」
【ヴァトリナ】
「知ってる」
一瞬だけ、空気が軽くなる。
【生徒会長】
「ところで、戦闘準備はまだ完了しませんの?」
【ヴァトリナ】
「ん?どうもこの下剤、効果がいまいちでさ」
【生徒会長】
「……手伝いますわ」
【ヴァトリナ】
「いや、待って俺、自分で頑張れるから」
【生徒会長】
「出すだけ、ですわ」
【ヴァトリナ】
「いや、何?出す以外に選択肢なんてないだろ」
【生徒会長】
「…出したり入れたり?」
【ヴァトリナ】
「お願いします。辞めてください」
【生徒会長】
「…10。9。8」
【ヴァトリナ】
「な、なに?なんのカウントダウン?」
【生徒会長】
「ゼ~ロ」
【ヴァトリナ】
「……っ!!」
理解した。
これは――
俺と同じ領域だ。
【生徒会長】
「ようやく届きましたわ」
【生徒会長】
「貴方と同じ“領域”に」
沈黙。
そして。
胃の奥じゃない。
もっと下。
もっと、どうしようもない場所が――
“掴まれた”。
――内側から。
【ヴァトリナ】
「……やべぇ」
こ、これは……。
【ヴァトリナ】
「あああああああああああああっ~~~~!!」
――
決闘場。
足元のタイルが、やけに乾いている。
水を吸わない。
いや――吸わせない。
俺と王子のために、わざわざ作られた戦場だ。
観客席には、見慣れた顔が並んでいる。
ムスカール。
サーブル。
ヴェーラ。
そして――
王子と、総書記長。
ブラーサルは居ない。
王子様だけだな、新制服を着てるのは。
【ヴァトリナ】
「なんで王子様と総書記長が居るんだよ」
【ヴェーラ】
「どうにも、興味深々になられたようでして…」
【王子】
「余に勝った者同士の戦いだ。良い余興であろう」
【総書記長】
「ヴァトリナさん。私は君の応援にきたんですよ」
【ヴァトリナ】
「おう、そいつはありがたいな」
【ヴァトリナ】
「誰の味方なのか分かりやすくて助かるわ」
わざとらしく笑って返す。
――本音は、真逆だ。
王子様と総書記長、よく一緒に居れるよな。
水面下で蹴り会いでもしてんのだろうか。
まあ、俺には関係ない。
【生徒会長】
「さて、決闘の条件ですが…」
【生徒会長】
「ワタクシが勝てば、ワタクシは新型制服を着る事が出来る」
【ヴァトリナ】
「俺には別に望みなんてないんだがな…」
俺は少しだけ考える。
――本当は、望みなんて一つもない。
だが、それじゃダメだ。
【ヴァトリナ】
「だったら――」
【ヴァトリナ】
「俺が勝ったら」
【ヴァトリナ】
「お前、自分で選べ」
【ヴァトリナ】
「王子様でも、制度でもなく」
【ヴァトリナ】
「お前が“着たい服”をな」
【生徒会長】
「……」
生徒会長は困惑する。
だが――
【生徒会長】
「いいでしょう」
微笑む。
【生徒会長】
「殿下、合図を…」
王子は指名に嬉しそうな表情になった。
【王子】
「うむ」
【王子】
「レディーファイト!」
決闘が始まった。
【生徒会長】
「では最初から全力でいきますわ」
【生徒会長】
「≪美しい土の装束≫」
生徒会長に土が、集まる。
いや――組み上がる。
腕が、脚が、胴体が、
意志を持つかのように積み上がっていく。
――巨人。
人を踏み潰すために作られた、土の巨人。
【王子】
「おおっ。相も変わらず素晴らしい」
【サーブル】
「こ、こんな物、もはや兵器だろ」
【王子】
「これが、余が焦がれた輝きだ」
【サーブル】
「なるほど。確かにこれを見れば納得です」
【サーブル】
「……どうするんだ、ヴァトリナ。こんな化け物を相手に」
土の巨人が俺を指さす。
【生徒会長】
「これがワタクシの全力ですわ」
足元に、嫌な感触が走っている。
ひび割れ。
タイルが、砕けている。
――まずい。
水が、吸われる。
足場が、俺の味方じゃなくなっている。
【ヴァトリナ】
「これは、とんでもないな…」
【生徒会長】
「おーほっほっほ」
【生徒会長】
「これを見せずに敗北していたと言われれば
ワタクシの悔しさも分かるでしょう?」
【ヴァトリナ】
「ああ…わかるぜ」
俺は上空に水筒の水を向かって打ち上げる。
【ヴァトリナ】
「だから、俺も全力をお前に見せたい」
――川原。
【ブラーサル】
「おっ。合図だ」
【ブラーサル】
「まったく、僕はこんな役ばっかだな」
ブラーサルは川原に積まれていた岩のロープを焼き切る。
一瞬の静寂。
次の瞬間――
岩が川へ落ちる。
轟音。
堰き止められた川の水の流れが変わる。
水が、転流し解き放たれる。
それはもはや流れではない。
奔流だ。
――決闘場。
一瞬だけ。
音が消えた。
全員が、気付いたからだ。
――来る。
【ヴェーラ】
「この音は…」
【サーブル】
「ま、まさか…」
【ムスカール】
「水の流れる音だ!」
次の瞬間。
地面が震えた。
そして――
水が、来る。
壁を叩き破るように、
押し寄せるように、
決闘場を飲み込んだ。
【総書記長】
(さて、この罠を使うのは想定通りですが……)
【総書記長】
(それでも、あの生徒会長に勝てるかどうか)
【総書記長】
(頑張ってくださいね、ヴァトリナ・リンドストレーム)
【ヴァトリナ】
「待たせたな、生徒会長」
俺は水を操る。
うねり、絡み、重なり合う。
水が、ただの水じゃなくなる。
意志を持つ。
牙を持つ。
――殺すための形になる。
蛇。
いや、違う。
一つじゃない。
二つ、三つ、四つ――
増えていく。
その首が一斉に俺の背後へとしなり、
まるで生き物のように呼吸した。
【ヴァトリナ】
「奥義――」
【ヴァトリナ】
「≪水蛇≫」
【ヴァトリナ】
「これが俺の全力だ!」
【生徒会長】
「これは、これは…」
生徒会長は水蛇を観察する。
【生徒会長】
「なかなか、厄介そうですわね」
【ヴァトリナ】
「ああ、退屈はさせないぜ」
こうして――
土の女王と、水の怪物。
最悪で、最高のリベンジマッチが始まった。
――今度こそ、決着をつけるために。
逃げ場は、もうどこにもない。




