第20話:王子様の過ち
王子は、ゆっくりと口を開いた。
まるで――
自分の罪を、一つずつ確認するように。
【王子】
「全ては、テレーヌ・ド・ラ・テールの笑顔のためだった」
テレーヌ?
聞いたことのない名前だ。
俺は眉をひそめ、隣のヴェーラへ顔を寄せる。
【ヴァトリナ】
「おい、誰の事だ?」
【ヴェーラ】
「生徒会長のお名前です」
……ああ、そうか。
そういえば、名前なんてちゃんと聞いたこともなかったな。
【王子】
「フッ。そなたは我が王国の政治を本当に知らんのだな」
【王子】
「テレーヌは余の婚約者だ」
その言葉に、空気がわずかに揺れる。
ヴェーラは何も言わない。
だが――
その沈黙が、すべてを物語っていた。
知っていたのだろう。
【ヴァトリナ】
「……なんだ?生徒会長の我がままだって言うのか?」
王子は首を横に振る。
その動きは、どこか疲れていた。
【王子】
「……余が道を誤らせたのだ」
静かに。
だが、確かに言い切った。
――
【王子】
「テレーヌは妃に相応しくなるよう厳しく教育されていた」
【王子】
「学業も魔力も戦闘も」
【王子】
「一度たりとも、余が勝ったことはなかった」
――重い。
それは、ただの敗北ではない。
積み重なった“劣等”の記憶だ。
【王子】
「教師すら、あやつを“完成品”と呼んでいた」
【王子】
「全てが完璧だった」
【王子】
「余の代わりに国を動かすように作られた存在」
【王子】
「そのために、感情の無い人形のように作られた女だった」
【王子】
「笑う事などない」
【王子】
「……つまらない女だった」
その言葉は、冷たい。
だが――
ほんの僅かに、寂しさが混じっていた。
【ヴァトリナ】
「おいおい、俺が会った生徒会長は激しい感情を持ってたぞ?」
【王子】
「……キッカケがあった」
王子の視線が遠くなる。
過去を見ている目だ。
【王子】
「ある時。侍女の粗相でドレスが汚れてしまったのだ」
【王子】
「そこで余が新しいドレスを与えようとブティックに誘った」
【王子】
「どんな煌びやかなドレスを着せても、テレーヌの表情は変わらなかった」
【王子】
「余は街中のブティックを回った」
【王子】
「平民の店に至るまで」
……必死だったのだろう。
ただ一度でいい。
“変わる瞬間”を見たかった。
【ヴァトリナ】
「そこで、マティアスのブティックか」
【王子】
「そうだ」
【王子】
「平民の、少ない布でも着飾りたいとの思いで作られたドレスだった」
【ヴァトリナ】
「それを生徒会長が気に入ったってわけか?」
【王子】
「違う」
一拍。
そして――
【王子】
「……恥じらったのだ」
空気が、止まる。
一瞬だった。
ほんのわずか。
目を伏せ、呼吸が乱れた。
それだけ。
それだけなのに――
【王子】
「人形だった顔が、初めて“崩れた”」
その言葉には、確信があった。
【王子】
「その顔を見た余は、初めてテレーヌを人間だと思った」
【王子】
「そして――」
【王子】
「余は初めて、笑えたのだ」
静かな告白だった。
【王子】
「……テレーヌも、余も」
【王子】
「哀れな存在だったのだと知った」
【王子】
「だから、自由になりたいと思った」
【王子】
「余は言葉を紡ぎ、テレーヌを導いた」
【王子】
「このドレスは自由の象徴だ、と」
【王子】
「共に、勝ち取ろうと」
【王子】
「そして――」
【王子】
「テレーヌは初めて笑った」
沈黙。
誰も口を挟めない。
【王子】
「……どうだ?」
【王子】
「これが新制服の由来だ」
【王子】
「くだらなく、愚かな理由だったであろう」
――
……。
確かに、そうだ。
だが――
【ヴァトリナ】
「……なんだよ」
【ヴァトリナ】
「つまり全部――」
一歩踏み出す。
【ヴァトリナ】
「アンタらの惚気じゃねーか」
空気が壊れた。
【王子】
「聴いていたのか?」
【王子】
「違うのだと――」
【ヴァトリナ】
「違くねーよ!」
【ヴァトリナ】
「アンタら二人だけで着ていろ」
【ヴァトリナ】
「制服にして強制するな」
【ヴァトリナ】
「押し付けるな」
【ヴァトリナ】
「でもな」
【ヴァトリナ】
「共鳴して広がるなら勝手にしろ」
王子は、しばらく黙っていた。
そして――
【王子】
「……そうか」
【王子】
「そうだな」
力が抜けたように笑う。
【王子】
「余とテレーヌの恋に」
【王子】
「巻き込んですまなかった」
【王子】
「謝罪しよう」
俺は手を差し出す。
【ヴァトリナ】
「立てるか?王子様」
王子はその手を掴む。
【王子】
「感謝するぞ」
【王子】
「ヴァトリナ・リンドストレーム」
――その瞬間。
すべてが終わった。
こうして――
のちに「制服戦争」と呼ばれる騒動は幕を閉じた。
原因は単純。
国家でも、理念でもない。
王子様の――
クソ重たい初恋だった。
――
俺が生徒会長をぶっ飛ばしてから、二十二日後。
学園の空気は、すっかり元に戻っていた。
いや――
正確には、“元より少しだけ自由になった”というべきか。
新制服を着る者は、ほとんどいない。
残っているのは――
風紀委員長くらいのものだ。
まあ、結局はそういう事だ。
みんな、
ルールだから従っていただけだった。
理由なんて、
その程度のものだ。
……あと普通に寒いしな。
俺の目的通り、
旧制服は復権した。
――校舎裏。
その結果が、これである。
俺は今――
イーシアの魔法で氷像にされ、
宙吊りにされていた。
昨日の件で呼び出されてな。
怒ってる顔も可愛いな、と思って
つい頭を撫でたら――このざまだ。
……いや、やりすぎだろ。
俺は身動き一つ取れないまま、
ただ、ぼーっと空を見ていた。
助けが来るのを、
他力本願で待ちながら。
その時――
足音が、背後から近づいてくる。
【総書記長】
「ごきげんよう、ヴァトリナ・リンドストレーム」
振り向けないが、
声で分かる。
総書記長だ。
【ヴァトリナ】
「ごきげんよろしくねーよ。何しに来た?」
【総書記長】
「なに、報告ですよ」
【ヴァトリナ】
「報告?」
【総書記長】
「ええ――我らが殿下の処遇についてです」
……それは、確かに気になる。
【ヴァトリナ】
「気が利くじゃんか」
【総書記長】
「ごきげん、よろしくなりましたか?」
【ヴァトリナ】
「ああ、なったなった。さっさと言え」
【総書記長】
「停学三日間です」
……。
軽いな。
【ヴァトリナ】
「それで、アンタは満足か?」
氷越しに見える総書記長は、
小さく首を横に振った。
【総書記長】
「……微妙ですね」
【総書記長】
「やはり、生徒全員が乱闘に参加したのが不味かったようで」
【総書記長】
「責任の所在が、曖昧になりました」
【ヴァトリナ】
「それは良かったじゃねぇか」
【総書記長】
「体育館の破壊で決まると思ったのですがね」
【総書記長】
「……それに」
一瞬、間が空く。
【総書記長】
「殿下の乱心を“恋”などという言葉で矮小化するとは……」
【総書記長】
「君の行動が、私の計画を壊してしまいましたよ」
……やっぱりそう来るか。
【ヴァトリナ】
「そりゃ悪かったな」
【ヴァトリナ】
「まあ、わざとじゃねぇ」
【ヴァトリナ】
「恨むなよ?」
【総書記長】
「ふっ……そういう事にしておきましょう」
口元だけが笑っている。
目は――笑っていない。
【ヴァトリナ】
「まだやる気か?」
【ヴァトリナ】
「王子様の廃嫡」
【総書記長】
「どうでしょうね」
曖昧な返事。
【ヴァトリナ】
「王子様の反省次第、ってとこか?」
総書記長は答えない。
代わりに、
背を向けて歩き出した。
【ヴァトリナ】
「おい、待て!答えろ!」
その足が、止まる。
そして――
振り返らずに言った。
【総書記長】
「第二王子を、この学園に呼びました」
【総書記長】
「剣術学園からね」
……。
なるほどな。
【ヴァトリナ】
「……そうかよ」
再び、歩き出す。
【総書記長】
「私たちは見ています」
【総書記長】
「君たちの――
一挙手一投足を」
その言葉だけを残して、
総書記長は去っていった。
――
夕方。
空は、赤く染まっていた。
沈む太陽を眺める。
この学園に来てからの事が、
頭の中をよぎる。
くだらない事ばかりだった。
制服だの。
決闘だの。
王子だの。
……でも。
悪くなかった。
少なくとも、
退屈ではなかったな。
【ヴァトリナ】
(……次は第二王子、か)
面倒な予感しかしない。
だが――
まあいい。
来るなら、来い。
その時はまた――
ぶっ飛ばしてやるだけだ。
……それはそれとして。
俺は氷に閉じ込められたままだ。
【ヴァトリナ】
「誰か!!」
【ヴァトリナ】
「助けてくれぇぇぇぇ!!」
氷の中で、俺の叫びがむなしく響いた。
――学園生活は、まだ終わらない。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
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