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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第三部

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第五十八章『導く雷、照らす声』※挿絵有り

挿絵(By みてみん)

空は晴れているのに、森の中には湿った風が流れていた。

陽を浴びた草木の香りが、道ばたに咲く白い花と混じり合い、どこか懐かしい気配を運んでくる。

 

「……ねぇ、メル。なんか、この辺……ちょっとだけ、あの森に似てる」

ファナが立ち止まり、鼻をくすぐるように香る風に、猫のような耳をぴくりと動かす。

「"あの森"って……試験で行った、東の林か?」

「ううん……それよりも、もっと昔。語り部だった頃の……」

ふと目を伏せ、ファナは優しく小道の奥を見つめた。

そこにいたのは、まだ冒険者になる前、物語を語ることで誰かのそばにいようとしていた、小さな自分。

 

「……懐かしい風だ」

メルもまた立ち止まり、隣の彼女を見て、小さく微笑む。

「寄り道の旅ってやつも、悪くないな」

 

***

 

二人は、王都での仕事を終えた帰り道。途中、地図にも載らない小さな村で足を止めていた。

森と川と畑だけの、静かで素朴な集落。

その入り口で、ふと耳にしたのは──

 

「お願い、探してくれませんか……!」

 

村の女性が、すがるように叫んでいた。

今朝から、子どもが一人、森へ入ったきり戻ってこないという。

 

「名前は、ティノって子です……この木笛を、いつも首から下げて……」

震える手で差し出されたのは、手作りの笛と、古びたお守り。

森の入り口近くに落ちていたのだという。

誰かを導いてくれるように祈った、小さな願いのかたち。

 

「行こう、メル。きっと、まだ間に合う」

そう言ったファナの瞳は、まっすぐだった。

 

***

 

森の中にて。

メルは木笛とお守りを手に取ると、地面にそっと魔術式を描いた。

円と線が重なり、淡い光を灯す。

 

「《探痕解析陣》の応用版……本来は怒りの追跡術式だったが、今回は違う」

「うん。今回は、“帰り道”を探す魔法、だよね」

 

メルは木笛と古いお守りをファナへ渡し、ファナはそれらを両手に包み込むように持ち、そっと目を閉じる。

 

「……ねぇ、聞こえる? あなたの大事な音、まだここにあるよ」

 

それは、魔法ではない“語り”だった。

けれど、優しい声が、木笛の想いと共鳴して──

メルの術式に、確かな震えが走る。

 

「共鳴、開始。《探痕共振陣たんこんきょうしんじん》、展開」

 

柔らかな光が、地を這うように森の奥へと伸びていく。

 

挿絵(By みてみん)

 

風が鳴り、葉が揺れ、導かれるように──二人はその先へと駆け出した。

 

***

 

森の奥、空気が冷たく変わった。

倒木の向こう、小さな背が丸まっていた。

その周囲を、黒い毛並みの獣たちが取り囲んでいる。

森に棲む俊敏な魔獣──群れで囲み、仕留める狩りの習性。

 

「メル……!」

「ああ、任せろ」

 

ファナは素早く距離を詰め、囮となって獣たちの注意を引く。

短剣を構え、跳びかかってきた一体を躱し、尻尾でバランスをとりながら森を駆ける。

 

「こっちだよ! ほらっ!」

 

その隙に、メルが低く詠唱し──

 

「……重なる雷よ、包囲を断て。《環雷陣》、発動」

 

瞬間、円形に走る光の輪が地面を焼き走り、獣たちを遠ざけた。

森が静まり、風の音だけが残る。

 

「……よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」

ファナは子どもを抱き起こし、木笛と古いお守りをそっと返した。

ティノは震える手でそれを受け取り、泣きじゃくりながら胸に抱きしめた。

ずっと、声を信じていた、と。

 

***

 

その夜、村の広場に、灯りがともった。

「何のお礼もできませんが……せめて、今夜だけでも泊まっていってください」

小さな家々から集まった人々が、薪をくべ、温かいスープをふるまってくれる。

 

「じゃあ、礼の代わりに……ちょっとだけ、演出をしようか」

そう言ったメルは、掌から光の粒を空に放った。

 

金と青のきらめきが、空へ、空へと昇っていく。

星が花のように散る中で──

 

「……ふふ」

ファナが、小さく歌を口ずさんだ。

昔、語り部だった頃、よく子どもたちに聞かせていた子守唄。

 

柔らかなメロディが、光の粒と共に夜空に溶ける。

笑い声、拍手、安堵の涙。

その全てが、魔法のように溶け合った夜だった。

 

***

 

翌朝。

ファナとメルは村を出て、近くの街で通信用の魔導具を借りる。

 

「……あっ、おかーさんに連絡しとかなきゃ」

 

 【大丈夫。ちょっとだけ寄り道してから帰るね。】

 【俺も無事だ。数日中に戻る】と、メル。

 

魔導具が光を帯びて飛んでいくのを見送り、ふたりは並んで歩き出す。

 

「ねえ、メル……」

「ん?」

「……ちょっとだけ、寄り道しながら帰ろ?」

 

笑顔のファナに、メルも頷いた。

手を繋いだまま、穏やかな道を歩き始める。

 

***

 

怒りの雷は、罪を追い、真実を照らし――

導く雷は、迷い子の帰り道を照らす。

それが、銀猫と金雷のもう一つの物語。

──記録『雷来々抄』より抜粋。

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