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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第三部

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183/234

幕間『銀猫の夜、ありがとうと願い』

挿絵(By みてみん)

街の夜は、どこまでも穏やかだった。

遠くの街灯りが宝石のようにまたたき、風は窓辺のレースを優しく揺らす。祝福の鐘の音と花吹雪の余韻が、まだ耳の奥に残っていた。

 

宿の最上階。特別に用意されたその部屋は、今、二人だけのものだった。

十八歳を迎えたファナは着替えを終え、柔らかな布地のナイトドレスを身にまとっていた。

白を基調にしたその装いには、ほんの少しだけピンクのリボンが飾られ、彼女の頬の紅と同じように淡く色づいて見えた。

 

「……なんか、変な感じ。ね」

ぽつりと漏らした声が、静かな室内に溶けていく。

 

メルは壁際に立ち、白と金の礼装を脱ぎかけたままの姿で、彼女を見つめていた。

その眼差しは優しくて、どこか少し緊張しているようにも見える。

「うん。でも……今日だけは、夢みたいでいいだろ?」

ファナは少し笑った。その笑顔には、照れも、嬉しさも、まだ残る緊張も混じっていた。

 

ふたりの間に、そっと沈黙が落ちる。

やがて、メルがゆっくりと歩み寄る。

ファナはその場に立ったまま、動けなかった。動かないことを、選んだのだ。

 

目の前で立ち止まったメルが、そっと彼女の頬に触れる。

手のひらがほんの少し冷たくて、でもすぐに体温を持った。

「……いいか?」

その囁きに、ファナは小さく、でも確かにうなずいた。

 

メルの指が、そっと彼女に触れる。

ファナの手も震えながら、彼の胸元に触れた。

白と金の礼装――今日のためだけに整えられた衣装なのに、今夜はずっと遠くに感じた。

 

息をのむような静寂の中、お互いの体温と鼓動だけが、確かにそこにあった。

頬は熱く、耳まで赤く、指先は頼りなく震えながら。

でも、目だけは、そらせなかった。

纏っていた緊張も、薄い布越しの温度も、少しずつ夜にほどけていく。

 

──そして、夜は優しく幕を下ろした。

 

***

 

月明かりが、白く静かに差し込んでいる。

 

ベッドの上、ファナはメルの胸にぴたりと身を寄せていた。

銀灰の髪がやや乱れ、まぶたは伏せられたまま、熱の余韻に包まれている。

その頬にはまだ微かな赤みが残り、耳の先までほんのりと火照っていた。

右耳の赤いリボンだけが、今日一日の名残のように揺れている。

 

「……ありがとう、メル」

彼女が小さく呟く。

 

メルは返事をしない。ただ静かに、彼女の髪を指先で梳いた。撫でるように、愛しむように。

ファナは、安心したように目を細めた。

そのまま、しばらくの沈黙。

夜が深まる音だけが、静かに響いていた。

 

やがて──

 

ファナが、そっと顔を上げた。

月の光を背にしたその瞳は、どこか決意を秘めていて。

それでも、恥ずかしそうに、ぽつりと言葉を落とした。

「……いつか、メルの赤ちゃん、ほしいな……」

その声は、震えていた。

でも、揺るがなかった。

 

メルは一瞬だけ黙り、やがてふっと、柔らかく微笑んだ。

「……ああ。きっと」

そして、もう一度、彼女を強く抱きしめる。

胸に顔を埋めたファナは、ようやく緊張を溶かすように、ふにゃっと笑い、目を閉じた。

その胸の中で、“ありがとう”と、“願い”が、そっと温められていた。

 

夜は深く、穏やかに。

言葉では言い尽くせない“ありがとう”と、“願い”を抱いたまま、

ふたりの銀の物語は、月の光に包まれて──静かに重なっていった。

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