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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第三部

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182/234

第五十章『式の誓いと、にゃぁぁぁ』※挿絵有り

挿絵(By みてみん)

澄み渡る空。やわらかな陽光が街の広場を照らし、風がそっと通り過ぎる。

その風に乗って、ひとひら、またひとひら、花びらが舞い降りた。

広場は朝から人々で賑わい、祝福の空気に包まれていた。

子どもたちが花を拾い、老人たちが笑い、商人が顔を綻ばせて言う。

 

「今日は祭りよりも賑やかだな」

その中心に、ひとつの舞台。

装飾されたアーチの下、白布と緑の草花が飾られた簡素ながらも温かみのある結婚式の場。

 

そこに、ゆっくりと足を踏み入れたのは——。

ファナだった。

前夜、メルにつけてもらった首輪は、この式のために一度だけ外してあった。

二人だけで交わした証を、今度は皆の前で、もう一度結び直すために。

 

ふわり、と風に揺れる白のドレス。

淡いピンクの刺繍が胸元に散り、腰元からふわっと広がるスカートには、猫の足跡のような模様が一筋だけ、遊び心のように縫い込まれている。

背の後ろでは、黒い猫のような尻尾が、ドレスの仕立てに合わせてそっと揺れていた。

右耳には、いつもの赤いリボンが揺れ、銀灰の髪と白のヴェールが柔らかく重なる。

その瞳は潤んで、でもしっかりと前を見ていた。

 

「……きれいだ……」

誰かが呟いたその声に、周囲の人々がうなずく。

花吹雪は止むことなく、祝福のようにファナの足元へと舞い続けていた。

 

挿絵(By みてみん)

 

少し緊張した面持ちで、彼女は階段を一段、また一段と登る。ぎこちないが、それもまた微笑ましい。

その時だった。

 

「ふにゃっ……!?」

 

ドレスの裾を、思いきり踏んでしまった。

身体が前へ傾く。

会場から小さな悲鳴が上がるより早く、メルが一歩踏み出した。

 

「ファナ!」

 

伸ばされた腕が、彼女を受け止める。

 

――はずだった。

だが、勢いまでは止めきれない。

 

「うわっ……!」

 

次の瞬間、二人は花びらの散った白布の上に、ころん、と倒れ込んでいた。

 

メルが下に。

ファナが、その上に。

 

一拍。

 

自分が何をしてしまったのか理解したファナの猫耳が、ぴん、と立った。

 

「にゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

広場いっぱいに、祝福よりも先に花嫁の悲鳴が響いた。

 

「……怪我、ないか?」

「そ、それ今聞く!? みんな見てるのにぃ……!」

 

その姿に、レリアがそっと口元に手を添えて微笑む。

「ふふ……あの子ったら……」

カイルは苦笑しつつも、「あー……よくやるやつだ」と目を細める。

 

ファナは小さな声でふくれっ面のまま言った。

「……ドレスなんて、もう二度と着ないもん……っ」

メルはそんな彼女の姿を見つめながら、ふっと笑った。

「……可愛かったけどな」

「し、式中に……ばかぁっ!!」

 

顔を真っ赤にして、ファナはぎゅっとメルの腕を握った。

それでも、式は滞りなく進み、やがて誓いの時間が訪れた。

 

セナが前に出てきて、どこか呆れたような、それでいて嬉しそうな顔で言う。

「やっと結婚するのか、お前たち」

リクトは照れくさそうに視線を逸らしながら、ぼそり。

「……おめでとう。ま、嫌いじゃねぇぞ、こういうの」

マイゼルは拍手とともに「美しさ、永遠に輝いて」と言い、

フィオナは笑いながら「……やっぱ、似合ってたよ。あのドレス」と耳打ちして、ファナをさらに真っ赤にさせた。

 

そして——式のために用意された指輪の交換。

メルの手が、ファナの左手の薬指に、銀色の指輪をそっと通す。

ファナの手も震えながら、メルの指に同じ銀の指輪を通した。

 

「……ずっと一緒にいるって、約束だよ」

「……ああ。ずっと離さねえよ」

 

二人の距離が縮まり、ファナが目をつぶる。

そして、メルがそっと、唇を重ねた。

歓声と拍手が起こり、再び風が花を舞わせる。

 

その中で、メルはもう一つの“証”を取り出した。

名前の刻まれた、あの首輪。

ファナの首元に、そっと、やさしく、それを巻く。

その瞬間、会場の空気が変わった。

 

すると、フィオナが前に出てきて、皆に聞こえるように言った。

「猫人族にとって、異性からの首輪は特別な意味を持つの」

「それは、“離れない”って証。“心は常に共にある”って約束だ」

「今日この瞬間から、あんたたちはもう、家族だよ」

 

一瞬、広場が静まり返った。

 

言葉の意味を知らなかった者たちも、そこに込められた重さだけは感じ取ったのだろう。

 

やがて、誰かがそっと手を叩いた。

それに続くように、また一人、また一人と拍手が重なっていく。

 

レリアは目元を押さえ、カイルは照れくさそうに鼻を鳴らした。

マイゼルは満足げに微笑み、フィオナは「ほら、胸張れよ」とでも言いたげに、ファナへ片目をつぶってみせる。

 

拍手の中で、ファナはそっと首輪に手を触れながら、うなずいた。

やがて、司会者が手紙を取り出す。

 

 

王都からの祝福――

フィリア王女からは、優しく詩的な言葉で綴られた祝辞。

「あなたの歩みが、心の光になりますように。祝福を、銀猫の花嫁へ」

セドリックからは皮肉まじりの文面。「ま、なんだ。うまくやれよ。幸せに、な」

 

 

そしてその頃、舞台を少し離れた高所、屋根の上。

誰とも知れぬ女影が、風に髪をなびかせていた。

彼女は手をひと振りして花をもうひとひら舞わせながら、小さく笑った。

「……別に、こんなことで心動かされたわけじゃないけど」

「以前、私の舞台を面白くしてくれた礼よ。たまにはこういうのも悪くないわね」

そんな声が花吹雪の中に消えていくような気がした。

 

そして。

舞台の中央、祝福と歓声の余韻のなかで、ファナとメルはふたたび手を取り合う。

ファナは小さな声で囁いた。

「これからも、よろしくね……旦那さま」

メルは少しだけ頬を赤くしながら、でもまっすぐに応える。

「……ん。お前が相手なら、悪くねぇ」

 

花が空を彩り、音楽が流れるなか。

二人の物語は、新たな一歩を踏み出した。

銀猫の誓いは、この日確かに、刻まれたのだった。

今回から、結婚式に合わせてタイトルロゴをリニューアルしました。

ファナとメルの節目にふさわしい、特別版のロゴです。

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