第五十章『式の誓いと、にゃぁぁぁ』※挿絵有り
澄み渡る空。やわらかな陽光が街の広場を照らし、風がそっと通り過ぎる。
その風に乗って、ひとひら、またひとひら、花びらが舞い降りた。
広場は朝から人々で賑わい、祝福の空気に包まれていた。
子どもたちが花を拾い、老人たちが笑い、商人が顔を綻ばせて言う。
「今日は祭りよりも賑やかだな」
その中心に、ひとつの舞台。
装飾されたアーチの下、白布と緑の草花が飾られた簡素ながらも温かみのある結婚式の場。
そこに、ゆっくりと足を踏み入れたのは——。
ファナだった。
前夜、メルにつけてもらった首輪は、この式のために一度だけ外してあった。
二人だけで交わした証を、今度は皆の前で、もう一度結び直すために。
ふわり、と風に揺れる白のドレス。
淡いピンクの刺繍が胸元に散り、腰元からふわっと広がるスカートには、猫の足跡のような模様が一筋だけ、遊び心のように縫い込まれている。
背の後ろでは、黒い猫のような尻尾が、ドレスの仕立てに合わせてそっと揺れていた。
右耳には、いつもの赤いリボンが揺れ、銀灰の髪と白のヴェールが柔らかく重なる。
その瞳は潤んで、でもしっかりと前を見ていた。
「……きれいだ……」
誰かが呟いたその声に、周囲の人々がうなずく。
花吹雪は止むことなく、祝福のようにファナの足元へと舞い続けていた。
少し緊張した面持ちで、彼女は階段を一段、また一段と登る。ぎこちないが、それもまた微笑ましい。
その時だった。
「ふにゃっ……!?」
ドレスの裾を、思いきり踏んでしまった。
身体が前へ傾く。
会場から小さな悲鳴が上がるより早く、メルが一歩踏み出した。
「ファナ!」
伸ばされた腕が、彼女を受け止める。
――はずだった。
だが、勢いまでは止めきれない。
「うわっ……!」
次の瞬間、二人は花びらの散った白布の上に、ころん、と倒れ込んでいた。
メルが下に。
ファナが、その上に。
一拍。
自分が何をしてしまったのか理解したファナの猫耳が、ぴん、と立った。
「にゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
広場いっぱいに、祝福よりも先に花嫁の悲鳴が響いた。
「……怪我、ないか?」
「そ、それ今聞く!? みんな見てるのにぃ……!」
その姿に、レリアがそっと口元に手を添えて微笑む。
「ふふ……あの子ったら……」
カイルは苦笑しつつも、「あー……よくやるやつだ」と目を細める。
ファナは小さな声でふくれっ面のまま言った。
「……ドレスなんて、もう二度と着ないもん……っ」
メルはそんな彼女の姿を見つめながら、ふっと笑った。
「……可愛かったけどな」
「し、式中に……ばかぁっ!!」
顔を真っ赤にして、ファナはぎゅっとメルの腕を握った。
それでも、式は滞りなく進み、やがて誓いの時間が訪れた。
セナが前に出てきて、どこか呆れたような、それでいて嬉しそうな顔で言う。
「やっと結婚するのか、お前たち」
リクトは照れくさそうに視線を逸らしながら、ぼそり。
「……おめでとう。ま、嫌いじゃねぇぞ、こういうの」
マイゼルは拍手とともに「美しさ、永遠に輝いて」と言い、
フィオナは笑いながら「……やっぱ、似合ってたよ。あのドレス」と耳打ちして、ファナをさらに真っ赤にさせた。
そして——式のために用意された指輪の交換。
メルの手が、ファナの左手の薬指に、銀色の指輪をそっと通す。
ファナの手も震えながら、メルの指に同じ銀の指輪を通した。
「……ずっと一緒にいるって、約束だよ」
「……ああ。ずっと離さねえよ」
二人の距離が縮まり、ファナが目をつぶる。
そして、メルがそっと、唇を重ねた。
歓声と拍手が起こり、再び風が花を舞わせる。
その中で、メルはもう一つの“証”を取り出した。
名前の刻まれた、あの首輪。
ファナの首元に、そっと、やさしく、それを巻く。
その瞬間、会場の空気が変わった。
すると、フィオナが前に出てきて、皆に聞こえるように言った。
「猫人族にとって、異性からの首輪は特別な意味を持つの」
「それは、“離れない”って証。“心は常に共にある”って約束だ」
「今日この瞬間から、あんたたちはもう、家族だよ」
一瞬、広場が静まり返った。
言葉の意味を知らなかった者たちも、そこに込められた重さだけは感じ取ったのだろう。
やがて、誰かがそっと手を叩いた。
それに続くように、また一人、また一人と拍手が重なっていく。
レリアは目元を押さえ、カイルは照れくさそうに鼻を鳴らした。
マイゼルは満足げに微笑み、フィオナは「ほら、胸張れよ」とでも言いたげに、ファナへ片目をつぶってみせる。
拍手の中で、ファナはそっと首輪に手を触れながら、うなずいた。
やがて、司会者が手紙を取り出す。
王都からの祝福――
フィリア王女からは、優しく詩的な言葉で綴られた祝辞。
「あなたの歩みが、心の光になりますように。祝福を、銀猫の花嫁へ」
セドリックからは皮肉まじりの文面。「ま、なんだ。うまくやれよ。幸せに、な」
そしてその頃、舞台を少し離れた高所、屋根の上。
誰とも知れぬ女影が、風に髪をなびかせていた。
彼女は手をひと振りして花をもうひとひら舞わせながら、小さく笑った。
「……別に、こんなことで心動かされたわけじゃないけど」
「以前、私の舞台を面白くしてくれた礼よ。たまにはこういうのも悪くないわね」
そんな声が花吹雪の中に消えていくような気がした。
そして。
舞台の中央、祝福と歓声の余韻のなかで、ファナとメルはふたたび手を取り合う。
ファナは小さな声で囁いた。
「これからも、よろしくね……旦那さま」
メルは少しだけ頬を赤くしながら、でもまっすぐに応える。
「……ん。お前が相手なら、悪くねぇ」
花が空を彩り、音楽が流れるなか。
二人の物語は、新たな一歩を踏み出した。
銀猫の誓いは、この日確かに、刻まれたのだった。
今回から、結婚式に合わせてタイトルロゴをリニューアルしました。
ファナとメルの節目にふさわしい、特別版のロゴです。




