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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第三部

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第四十九章『プロポーズと銀猫の名』

挿絵(By みてみん)

夜も更け、王都の喧騒が静まり返る頃。宿の窓の外には、遠く霞む塔の尖端が月の光にぼんやりと照らされていた。

 

「……ファナ」

メルの声が、控えめに扉越しに響いた。

扉を開けると、赤いマントを羽織った彼が、少しだけ緊張した面持ちで立っていた。

「少しだけ、俺の部屋に来てくれないか?」

 

ファナはこくりと頷いた。

ほんのり顔を赤らめながら彼の後についていくと、そこには小さなテーブルと椅子があった。

そして、机の上には――。

「……これ、って……」

 

淡く光を反射する革の首輪。見覚えがあるそれは、ファナがかつてメルに託したものだった。

「預かってた、あの首輪だ。……お前の名前と、俺の名前を、刻んでもらった」

静かに言うメルの声には、芝居じみた飾り気はない。ただ、真っすぐで誠実な響きがあった。

 

ファナは瞳を揺らし、そっと手を伸ばす。

「……覚えててくれたんだね」

指先が触れた革の内側には、小さく刻まれた名が二つ。外側には「Fana Lamzelia」、内側には「Mel Eldoria」と。

 

――それは、あの時言った“番”の証。婚約指輪と同じ意味を持つもの。

「……今なら、つけてほしい」

 

小さく、でもはっきりとした声で、ファナはそう告げた。猫耳がぴくりと揺れ、目を伏せながらも、上目遣いでメルを見上げる。

 

メルの喉が小さく鳴る。「……わかった」と呟いた彼は、いつになく慎重に手を伸ばす。

ファナの首筋に指が触れる。熱を帯びたその肌に、メルの手が微かに震える。

「……動くなよ」

 

ぎこちなく、けれど確かに、メルは首輪の留め具を留める。その仕草はどこか儀式のようで、二人の間の空気をゆっくりと染め上げていく。

 

カチリ、と小さな音がして、革が首元に落ち着いた。

「……似合ってる」

 

メルは首輪を留めたあと、しばらく何も言えずにファナを見つめていた。

そして、胸元から小さな箱を取り出す。

 

「……ファナ」

 

震えそうになる声を、彼は一度だけ飲み込んだ。

「俺と、これからも一緒に歩いてくれ。恋人としてじゃなく……家族として。いつか、ちゃんと式も挙げる。だから」

 

小箱の中で、小さな指輪が月明かりを受けて光った。

 

「俺と、結婚してほしい」

 

その言葉に、ファナの頬がふわりと赤く染まる。

「……うん」

「ありがとう、メル」

メルは小さく息を吐き、震える指で指輪を取り出した。

ファナが差し出した左手の薬指に、そっとそれを通す。


冷たい金属の感触が、すぐに肌の温度に馴染んでいく。


ファナはその指輪を見つめ、それからそっと彼に寄り添った。

 

***

 

翌日、王城の応接室にて。

「……ご苦労さまでした。ゼルハルトの件は、“大規模術式の発動未遂”として処理されました」

 

フィリア王女が穏やかに告げる。その傍らで、セドリックが薄く微笑みを浮かべた。

「王都ではすでに、ある名前が噂になってる。……“銀猫のファナ”ってな」

「えっ?」

「……銀猫?」

 

思わず声を重ねたファナとメル。ファナは戸惑いながら自分の猫耳を軽く触れた。

「誰がそんなの言い出したの?」

「さあね。だが詩的で印象的だろう? 君の活躍と見た目が重なったのか、噂は広がってるらしい」

セドリックが愉快そうに言う。

 

メルは一度目を伏せ、それからゆっくりとファナを見つめる。

「……悪くないな。“銀猫”――お前に、似合ってる」

 

その一言に、ファナの心がふわりと弾む。顔を伏せたまま、でもどこか誇らしげに彼女は呟いた。

「……そんなの、初めて言われたけど……ちょっと、うれしいかも」

 

王都ギルドでは「短期帰郷」の申請が記録される。滞在は任務のためではなく、王族との“特例的な協力”として処理される形となった。

「また来てくださいね、銀猫のファナさん」

 

ギルドの職員が、少し照れくさそうに言った言葉に、ファナは耳まで赤くしながら会釈した。

城門を越え、王都を背にして馬車に乗り込む。

 

車輪の音に揺られながら、ファナは静かに王都の空を見上げた。

「……“銀猫”か……なんか、くすぐったいけど……やっぱり、うれしいな」

隣に座るメルが、彼女の手をそっと取った。

「じゃあ、次に来るときは、その名前で歓迎されるかもな」

その言葉に、ファナは小さく笑い、肩を寄せた。

 

馬車の中。二人きりの静かな時間。

ファナは首元に手を当てる。革の感触、名前の刻まれた場所に、そっと指を沿わせた。

 

「……メルと並んで歩ける今が、すごく幸せだな」

言葉にせずとも、心があたたかく満たされていく。

 

メルもまた、何も言わずにファナを見つめていた。もう、過剰な芝居も虚勢もない。ただ、隣にいる彼女を守りたいという想いが、その瞳に宿っている。

 

揺れる馬車の中で、二人は肩を寄せ合い、静かに未来への一歩を踏み出す。

――“銀猫”の名を背負いながら。

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