↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第三部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

180/236

第四十八章『刻まれた名前と変わらぬ想い』※挿絵有り

挿絵(By みてみん)

王都が、ひとときの静寂を取り戻してから、いくつかの朝と夜が過ぎた。

魔導院の封鎖も解かれ、広場に集まる人々の笑い声が、以前のように町の空気を満たしている。

けれど、心の奥に積もったものは、そう簡単には消えない。

語られなかった想いも、まだ胸の中に、ひっそりと宿っていた。

 

「……冒険者になって、もうすぐ二年か……」

その言葉は、思わずこぼれた独り言だった。

陽の光がやさしく差し込む窓辺。

ファナは宿のベッドに腰かけ、銀灰色の髪を指先でくるくると巻きながら、遠くを見るような目をしていた。

かつて、自分は語り部だった。

どんなに誰かを救いたいと思っても、声を届けることしかできなかった。

怖くて、踏み出せなかった。

 

――でも。

「あの頃の私がいたから、今の私がいる」

誰かの物語を語っていた日々も、

 

メルに出会って、怖がりながらも手を伸ばしてきた時間も、

すべてが、今の自分を作ってくれた。

「……ううん。今も、怖いのは変わってないのに」

小さく笑って、抱きしめるように膝を抱えた。

それでも、隣に誰かがいるだけで、こんなにも世界があたたかく感じる。

ファナは胸元をそっと押さえる。

 

今、ここにあるのは、昔よりもずっと確かな“心”。

「ありがとうって、まだちゃんと渡せてない気がするな……」

その言葉は、彼に向けた小さな祈りのようだった。

 

 

その頃、王都の南にある一軒の工房では、

赤いマントの青年が、静かな決意を胸に扉を開いていた。

 

店主の男――頬に薄い髭をたくわえた中年の職人は、来訪者の姿に目を細める。

「……ようやくその時が来たんだな」

その声は、まるで何年も前からこの瞬間を待っていたかのような響きだった。

 

メルは、無言で懐から小さな布に包まれたものを取り出す。

広げられたその中には、深い黒の首輪。

重厚な革に銀の留め具――どこか気品を宿した一品だった。

 

それは、かつて一度、渡そうとしたもの。

けれどその意味を知った時、ファナは困ったように笑って、首を横に振った。

今は、まだつけられない。

でも、いつか――その時が来たら。

 

そう言って、彼女はその約束を未来へ預けてくれた。

 

「これに名前を刻んでほしい」

「外には、“Fana Lamzelia”。内側には、“Mel Eldoria”を」

 

職人はしばらく沈黙し、首輪を手に取り、掌で確かめるように撫でる。

「……なかなか特別な首輪だな」

ぽつりと漏れたその声は、職人としての敬意でもあり、

 

一人の人間としての“理解”でもあった。

「こういうのに名前を入れるってことは……大事な子なんだろ?」

 

メルは少しだけ目を細め、穏やかな笑みを浮かべた。

「……まあな。誰よりも、大事な子だ」

「……そうか」

店主はふっと息を吐き、嬉しそうに微笑んだ。

「やんちゃだった坊主が、ちゃんと身を固める時が来たか。……時が経つのは早えーな」

 

メルは、ふと視線を落とす。

照れ隠しのように赤マントの裾を握りながら、ゆっくりと口を開く。

「それと……もうひとつ頼みがある」

懐から、小さな箱を取り出す。

中には、まだ何も収められていない。

「贈り物にしたい指輪を見せてほしい」

店主の瞳が、少しだけ驚き、そして誇らしげに細められた。

「……おう。任せとけ」

店主はそう言って、作業棚の方へ向き直る。

「名前入れの方も、今日中に仕上げてやる。大事なもんなんだろ?」

その背中は、まるで旅立つ息子を見送る父のように、あたたかかった。

 

***

 

夕暮れが街を金色に染める頃。

宿の部屋に戻ったメルを、ファナはベッドの上から小さく笑って迎えた。

「おかえり」

「……ただいま」

 

その声には、どこか照れたような柔らかさがあった。

隣に腰を下ろし、二人で並んで座る。

ほんの少しだけ、肩が触れ合う。

窓の外では、夜の帳が静かに下りていく。

「いろんなことがあったけど……」

ファナの声は、少しだけかすれていた。

けれど、そこに迷いはなかった。

「今は、こうしていられるのが……幸せ、だよ」

「今までありがとう。これからも……よろしくね」

 

メルは、そっとファナの頬に手を伸ばし、

真剣なまなざしで彼女を見つめる。

「……ああ。ずっと、横にいるさ」

言葉よりも静かに。

 

彼の唇が、ファナの額にそっと触れた。

ファナの頬が染まる。

それでも、恥ずかしさより先に、こぼれたのは笑顔だった。

 

――ずっと、こうしていたい。

そう思える時間が、ようやく“当たり前”になりつつある。

けれどメルの心は、もうひとつ先を見据えていた。

 

(首輪には、名前を刻んだ)

(指輪も……選んだ)

(あとは、渡すだけだ)

(ちゃんと、けじめをつけないと)

けれど、どうやって――どんな言葉で、それを伝えるか。

(……なんて言って渡すかな――)

 

部屋が静かになった頃、メルはふと立ち上がり、

窓辺に歩み寄る。

 

夜の王都。遠くに灯る街の明かり。

その向こうに、まだ知らない未来が広がっていた。

胸元の内側には、丁寧に包まれた黒い首輪。

そして懐の奥には、選び抜いた小さな指輪の箱。

 

挿絵(By みてみん)

 

彼はそっと目を閉じる。

「――もう、迷うな。ちゃんと、届けるんだ」

月光に照らされ、

その背中は、いつかの少年よりもずっと大人びて見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。