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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第三部

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第四十七章『遺された願い、託された未来』

挿絵(By みてみん)

あれほど張り詰めていた空気は、嘘のようにやわらぎ、

通りには市場が戻り、人々の表情にほんの少しだけ、温度が宿っていた。

だがその安寧は、誰にも言えない「代償」の上に成り立っている。

それを知る者たちは、静かに、その責を背負う覚悟を抱いていた。

 

「──これをもって、王家より謝意を示します。ですが、あくまで非公式な処遇となりますこと、ご了承いただきたく」

 

王宮の私室。

堅苦しくも簡素な儀礼により、ファナたちに対し“密やかな報酬”が渡された。

 

ひとつは、臨時Eランク昇格証。

そしてもうひとつは、王室認可の魔導院特別協力証。

 

これにより、王都内における活動制限は解除され、必要に応じて院内の閲覧や立入が許可される。

「ふむ……名ばかりの特例処遇、か。実に王都らしい、責任の所在が曖昧な褒美だな」

 

メルが皮肉めいて口角を上げる。

だがその隣で、ファナは小さく、でも確かに微笑んでいた。

「ううん。……嬉しいよ。少しずつ、ちゃんと認めてもらえてる気がするから」

 

その言葉に、メルは苦笑いのような顔で視線を逸らした。

「ほんと、お前は……健気すぎる」

「うーん、褒められてるのか、どうなのか……」

にこやかに返すファナを、セドリックが横から眺めていた。

彼の顔には、どこか満足そうな安堵が浮かんでいる。

 

そして、その場で──セドリックは静かに、ある宣言を口にした。

「私は、本日をもって王位継承権を正式に放棄いたします」

 

重たいようで、清々しい響きだった。

その場にいた誰も、驚きはしなかった。ただ、静かに、納得していた。

 

「──では、次の王位継承候補は、わたくしということで間違いありませんのね」

フィリアの問いに、セドリックは微笑む。

「ええ。貴女こそが、この国の未来です。私はその“裏”で、支えることにいたしますよ」

 

***

 

日が落ちかける王宮の一室。

フィリアとセドリック、二人きりの静かな時間。

 

明るいランプの下、茶器の触れ合う淡い音だけが響いていた。

「私の……参謀になっていただけませんか?」

その言葉に、セドリックは目を細めた。

「表の参謀ですか? それとも……裏の“監視役”ですか?」

「……両方です。建前は“王女直属の参謀”。いずれ、女王直属の参謀となる立場。

けれど本当は──あなたしか、王族を監視できる者はいないから」

 

沈黙。だが拒絶はなかった。

「裏方の方が性に合ってますから。……よろこんで」

フィリアの表情に、静かな安堵が浮かぶ。

「武の兄、輪の私、知のあなた。三人が揃えば……王家は盤石だったのにね」

その言葉に、セドリックは少しだけ、懐かしむように笑った。

「……でも、二人でも十分やっていけますよ。兄上も……そう、言ってます」

 

***

 

王都の端、小高い丘に建つ古い礼拝堂。

そこが、王家の非公開葬が行われる場所だった。

参列者は、軍の上層部、近衛騎士団、王室付き魔導官、そして残された二人の王族だけ。

一般に告知されることのない、静かな別れだった。

遠く、その様子を見守っていたファナとメル、メリル。

彼らには呼ばれなかった。ただ、それでよかった。

「……話したこともない人だったけど。安らかに、眠ってください」

ファナは胸の前で手を組み、そっと目を閉じる。

隣のメリルも、静かに頭を垂れる。

「王の器とは、理想を生きた人のこと……。ならば、あの方は間違いなく、“王”だったのでしょうね」

花の降るような風が吹いた。

そこに誰かの祈りが乗ったような気がして、誰も言葉を発さなかった。

 

***

 

石畳の道を、ファナとメルが歩いていた。

昼の喧騒が去った王都は、今だけ穏やかで、どこか懐かしい匂いがした。

「……もうすぐ、十八歳かぁ」

 

不意に、ファナが空を見上げながらつぶやいた。

「冒険者になったときは、まだ十六歳だったのに。なんか、あっという間だったな……。でも……ちゃんと、成長できてるのかな、私」

メルは隣で目を細める。

「あとどれくらいで?」

「来月。あと一ヶ月……くらい」

 

その答えに、メルは小さく頷き、何かを思うように目を伏せた。

(……そろそろ、ケジメをつけないとな)

心の中だけで、そう呟く。

けれどファナは気づかず、いつものように明るく微笑んだ。

「明日からも、頑張ろうね。……メル」

そう言って、彼の袖を軽く引いた。

──その柔らかさに、メルは、何も言えなくなる。

 

***

 

夜の王都。

高い塔の上、誰もいないはずの場所。

そこに人影はない。

けれどもし、誰かが空を見上げたなら──

 

そこから王都を見下ろす、何かの“視線”を感じたかもしれない。

観客は、まだこの都市を去っていなかった。

ファナたちは知らず、ギルドの扉を開ける。

新しい朝、新しい依頼。

次の旅が、すぐそこまで来ていた。

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