第十二章『似合うと言って、好きだと言って』
メルは自室の椅子に座り、窓から差し込む柔らかい午後の光に目を細めていた。
ふと、廊下から控えめなノックの音がする。
「メル、あの……ちょっと来てほしい。」
戸を開けると、ファナがそわそわと手を胸の前で握りしめ、視線を落としていた。
その耳は恥ずかしそうにペタリと伏せ、黒い尻尾が小さく揺れる。
「……なんだ。」
メルが静かに聞くと、ファナはさらに顔を赤くして、声を絞り出す。
「……見てほしい、から。」
一瞬だけメルは目を丸くし、それから小さく溜め息をついて立ち上がった。
「……わかった。」
ファナの部屋に入ると、思わず足を止めた。
ファナが中央で立っていた。
新しく買った獣人用の服。
腰の尻尾スリットから黒い尻尾がしっかり覗いていて、動くたびに揺れる。
白とボルドーのコントラストが綺麗な布地。
胸下を締めるこげ茶のコルセットが自然に身体の線を引き立てていた。
ファナは視線を上げられず、もじもじと足をすり合わせ、尻尾をそわそわ動かしている。
「……ど、どうかな……似合う?」
メルは言葉を失ったまま見つめた。
頬に赤みが差す。
「……似合う。」
声が低く、真剣に落ち着いた響きになった。
「すごく、可愛い。」
ファナの耳がピクッと動き、潤んだ瞳でメルを見た。
頬は真っ赤で、それでも嬉しそうに小さく笑った。
「……よかった。」
メルは少し咳払いして、視線を逸らすように小さな包みを取り出した。
「……これ。」
「え……なに、これ……?」
ファナは不思議そうに受け取る。
包みを開くと、月のモチーフが小さく光る宝石の耳飾りが現れた。
銀の細工が繊細で、エメラルド色の瞳にもよく映えそうだ。
ファナは目を大きくして、唇を小さく開いたまま息を飲む。
「……すごく、きれい……。」
メルは一度だけまばたきして、それから不器用に唇を動かす。
「……お前に、似合うと思ったから。」
ファナは息を震わせた。
尻尾がくるりと揺れる。
「……ありがとう。」
頬を紅潮させながら、目を潤ませてメルを見つめた。
メルは少し息を整えて、小さな声で言った。
「……つけてやる。」
ファナは目を見開き、それからすぐに嬉しそうに目を細めて小さく頷いた。
「……うん。」
ファナは椅子に腰を下ろし、そっと耳を出した。
メルがゆっくりと近づく。
その距離は息が触れるほど近く、ファナの柔らかな香りが微かに漂った。
メルの指先が耳に触れると、ファナは小さく肩を震わせた。
「……くすぐったい……。」
「……じっとしろ。」
メルは低く言いながら、真剣な目で耳飾りを留めた。
宝石が光を受けて小さく輝いた。
ファナは顔を赤くしてメルを見上げた。
「……メル、どう……?」
メルは無言で、真剣に、そして優しく目を細めた。
「……すごく、似合ってる。」
ファナは尻尾をふるふる震わせ、顔を赤くして微笑んだ。
「……ありがとう。」
二人の間に静かな空気が流れる。
メルはその視線を外さず、少しだけ息を呑んだ。
そして、わずかに低い声で告げる。
「……目、閉じろ。」
ファナは一瞬きょとんとして、それから耳を伏せて真っ赤になりながらも、素直に目を閉じた。
メルは一歩近づき、ファナの腰にそっと手を回す。
彼女の身体が小さく震えた。
そしてそっと唇を重ねた。
ファナは短く息を呑むように反応し、尻尾がふるりと震えた。
「……ん……。」
メルはその温もりを感じながら、ゆっくりと離した。
ファナは目を閉じたまま、頬を紅潮させ、少しだけ口を開いて震えた声を漏らす。
「……メル……。」
メルは少し息を乱し、でも離さずにもう一度言った。
「……もう一度。」
ファナはびくっと肩を震わせ、それでも小さく頷いた。
「……うん。」
メルは腰に回した手に少し力を込めて、ファナを抱き寄せる。
そして今度は深く、ゆっくりと唇を重ねた。
「……ん……っ。」
ファナの身体が小さく震え、尻尾が柔らかく巻くように揺れた。
二人の息が溶け合うように重なった。
ゆっくりと離れると、二人は互いに赤くなった顔で見つめ合った。
ファナは涙のように潤んだ目で、微笑む。
「……メル、ありがとう。」
メルは目を伏せたまま、小さく笑う。
「……似合ってる。」
ファナは嬉しそうに尻尾を揺らし、小さく頷いた。
「……うん。」
そのまま、二人はまたそっと額を寄せ合うように近づき、
もう言葉はいらないように、静かにその温もりを確かめ合った。




