第十章『尻尾飾りと、恋人の手』
ギルドの朝。大きなテーブルの前で、ファナとメルが出発準備をしていると、
暁鋼の牙の面々がニヤニヤしながら寄ってきた。
「おいおい、完全にメロメロじゃねえか、ファナ。」
リクトが意地悪そうにからかう。
「ち、ちがっ……ちがうもん!」
ファナは真っ赤になって慌てて手を振る。
セナがメモ帳を閉じながら微笑む。
「でも、ちゃんと告白はしたんだろ?」
「なっ……そ、それは……っ!」
声が裏返ってさらに赤くなるファナ。
バルクが無表情で言葉を足す。
「……してないのか。」
その瞬間、メルの眉がピクリと動き、低くむっとした声を漏らす。
「……余計なことを言うな。」
「メルもなんか言ってよ!」
ファナが泣きそうな目で振り返るが、メルはそっぽを向いたまま。
「……行くぞ。」
そう言って一歩踏み出す。
「ちょっと待ってよ!」
ファナは慌ててメルの背中を追いかけた。
街へ出ると、賑やかな人通りと屋台の匂いが広がった。
焼き菓子の甘い香り、肉串の香ばしさ、色とりどりの花飾り。
二人は肩を並べて歩くが、どこか気まずそうで。
ファナは時々メルの横顔を盗み見ながら、小さくそわそわする。
「……なんか、緊張する。」
メルは少し息を吐き、視線を前に向けたまま返す。
「……落ち着け。」
「だって……尻尾飾り、買うって……すごく、恥ずかしい……。」
声がどんどん小さくなる。
「……恥ずかしがる必要ない。」
メルの声もわずかに低く、けれど優しかった。
「でも……メルに選んでもらうなんて……。」
頬を真っ赤にしてうつむくファナに、メルは少し目を伏せた。
「……似合うの、選ぶ。」
その言葉は短いけれど、不器用な優しさに満ちていた。
目的の店は、路地裏の小さな獣人用アクセサリー店だった。
木製の看板に描かれた猫耳のマーク。
中は落ち着いた灯りと、獣人向けの首輪や耳飾りや尻尾飾り、ブラシ、オイルが整然と並んでいる。
「いらっしゃい、初めてかしら?」
店主は優しそうな獣人のおばさん。しなやかな尻尾がゆらりと揺れる。
「……う、うん。」
ファナは耳を伏せて真っ赤な顔で答えた。
「何を探してるの?」
にっこり笑うおばさんに、ファナは視線を泳がせながら小さな声で。
「……し、尻尾の……かざり……。」
語尾が溶けるほど小声で真っ赤。
「そう、可愛い子ね。はいはい、こっちよ。」
店主は軽快に案内し、棚の前に二人を立たせた。
だが、飾りを見る前に店主がファナの尻尾をちらっと見てため息をつく。
「ところで、手入れはしてる?」
「……持ってない、そういうの。」
ファナは恥ずかしそうに視線を落とした。
「そうなのね。なら最初にこれも必要。」
小さなブラシを手渡す。
「尻尾は大事にしなきゃ。せっかく綺麗な毛並みなんだから。」
「……フィオナおねーさんに、といてもらった時、こういうの……。」
記憶を思い出しながら小さく呟く。
「……買っておけ。」
メルの低い声が真剣に響く。
「……うん。」
ファナはブラシを胸に抱え、頬を染めたまま頷いた。
店主が笑顔で色とりどりの飾りを並べた。
「尻尾の飾りもいろいろあるわよ。編み込むタイプ、輪っかのタイプ、ビーズや宝石飾りもあるし。」
ファナは尻尾を抱きしめるようにして、顔を真っ赤にする。
「……た、たくさん……。」
「どれでも試せるから選んでごらん?」
促す店主に、ファナは震えながら横目でメルを見る。
「……メルは……どれが、似合うと思う?」
声がかすれた。
メルは視線を落とし、一瞬唇を噛むようにしてから、飾りを真剣に見渡した。
そして小さく息を整え、指を伸ばす。
「……こっち。月の飾りのついた細い編み込みのやつ。」
店主がにっこりと目を細めた。
「お目が高いわね。それは獣人の毛並みを邪魔しなくて、つやを引き立てるデザインよ。」
ファナは尻尾をそっと差し出しながら目を潤ませた。
「……それ、にする。」
メルはわずかに口元をほころばせ、頷いた。
「……似合う。」
ファナは目尻に涙を滲ませながらも、嬉しそうに微笑む。
「……ありがとう。」
店主はさらに小瓶を手に取った。
「艶出しオイルもおすすめ。香りも選べるのよ。」
「……彼氏さんが塗ってあげてもいいのよ♡」
その声にファナの顔は真っ赤を通り越して真っ蒼になる。
「~~っ!!」
思わず声にならない悲鳴。
(……そ、そんなの……メルが……私に……?)
(だ、だめだよ……恥ずかしすぎる……!)
(でも、メルが……私の尻尾を……。)
さらに頬が赤くなる。
メルも一瞬目を見開き、すぐにそっぽを向いた。
赤面して低くむっと唸る。
(そんなこと……俺が……。)
(……ファナまで想像して赤くなってるし。)
(……からかうな。余計なことを。)
(……俺が塗る、だと……。)
顔を逸らしながらも頬が熱かった。
「あらあら、仲良しさんねぇ。」
店主の声が追い打ちをかける。
「~~~~っ!!!」
ファナは耳を伏せ、しっぽを抱きしめ、俯ききった。
メルは低く、小声で店主を睨むように。
「……黙ってろ。」
「香りはこれがおすすめ。」
店主が小瓶をいくつか差し出した。
「彼氏さんが選んであげなさい。」
メルは眉を寄せ、でも逃げずに真剣に瓶を選んだ。
指先が少し震えるのを、ファナは見ていた。
「……これだ。」
メルが差し出す。
ファナは小さく喉を鳴らし、目を潤ませて受け取った。
「……うん。」
声が震えていた。
店主は最後に、小箱の中身を見せてからそっとメルに渡す。
「それと、これもどうぞ。特別なお客さん用の品よ。」
ファナはオイルを抱えたまま夢中で香りを嗅ぎ、気づかない。
メルが店主に促されるように箱を受け取った。
「……ああ。」
小さく頷く。
「大事にしてあげてね。」
店主が目を細めた。
メルも一瞬視線を落として、真剣に頷いた。
「お幸せにね♡」
店主のにやにやした声を背に受けて。
「~~っ!」
ファナは頭を下げ、尻尾を抱えたまま逃げるように店を出た。
メルも顔を赤くしたまま、無言でその後を追った。
店を出た二人は、しばらく無言で歩いた。
人通りが少ない、夕日が差し込む石畳の路地。
ファナはオイルの瓶と飾りの袋を抱きしめるように持って、赤い顔を伏せていた。
尻尾は緊張でふるふる揺れる。
メルも横で、視線を正面に固定しながら頬を染めている。
喉仏が小さく動いた。
沈黙が少し苦しくなったころ、ファナが小さな声で切り出した。
「……メル。」
メルははっとして横を見る。
「ん。」
ファナは俯いたまま、声が震える。
「……つけてほしい。」
メルは息を飲んだ。
目を見開いたあと、真剣な目をしてファナを見つめる。
「……いいのか。」
ファナはゆっくり頷いた。
頬が真っ赤で、でも瞳は揺らぎながらもしっかりしていた。
「……お願い。」
メルは小さく深呼吸し、顔を赤くしながらもファナの後ろに回った。
尻尾をそっと持ち上げると、ファナが小さく息を呑む。
「……じっとしてろ。」
メルは震える指先で、買ったばかりの月の飾りを編み込むように装着した。
尻尾の毛並みを優しく整えながら。
ファナはぴくっと震えた。
「……ふぁ……。」
メルは仕上げを確認しながら、低く絞り出すように呟いた。
「……似合ってる。」
ファナは顔を真っ赤にしながらも、ゆっくり振り返って微笑んだ。
目尻に涙を溜め、けれど確かな笑顔。
「……ありがとう。」
少しの沈黙。
そしてメルは、小さく息を吐くようにしてから、真剣な目でファナを見た。
喉が鳴った。
「……ファナ。」
ファナも真剣な目で見返す。
尻尾の飾りが月光を受けて、かすかに光った。
メルの声は震えていたけど、はっきりしていた。
「好きだ。」
ファナは目を見開き、呼吸を止めた。
目尻が潤む。
メルの声が続く。
「……俺の彼女になってほしい。」
ファナの瞳から涙がこぼれた。
でも泣き顔のまま、笑った。
「……あ……うん……。」
声がかすれて、それでも必死に言葉を繋ぐ。
「私も……好き。」
「……メルの、彼女になる。」
メルも目尻を赤くしながら、小さく笑った。
「……ああ。」
メルがそっとポケットから、小箱を取り出した。
ファナが瞬きをして見つめる。
「……もう一つ、これ。」
「……それ、何?」
メルは少し目を逸らしながら、赤い耳を伏せるようにして。
「……首輪だ。」
ファナは一瞬目を見開き、それから顔を赤くして目を伏せた。
声が震えた。
「……それ、知ってる……? 番の証、だよ……」
メルははっとして目を見開いた。
手の中の小箱を見下ろし、ほんのわずかに息を呑む。
「……そうなのか。」
思ってもみなかった、という顔だった。
ただ似合いそうだと思って選んだ。
でも、今さら手放す気にはなれなかった。
「……別に、その……」
「お前に似合うと思っただけだ。」
「……かわいいだろ、これ。」
ファナは真っ赤になって目を潤ませながらも、少し震えた声で笑った。
「……ありがとう。」
「でも……今は、つけられない。」
メルが息を呑む。
「……いつか、ちゃんとつけてくれる?」
メルはゆっくり、真剣に頷いた。
「……ああ。大事に持ってる。」
ファナがそっと、差し出した手を握りしめる。
メルもそれを見て、ゆっくりとその手を取った。
恋人繋ぎ。
ファナの声が震えながらもあたたかい。
「……あったかい。」
メルも小さく笑った。
「……俺の彼女だからな。」
ファナも小さく、でもはっきり頷いた。
「……うん。」
二人は手を繋いだまま、ゆっくりと夕暮れの街を歩く。
石畳に長く伸びた影が、重なるように寄り添っていた。
ファナの胸の中に、あたたかさが溢れていく。
(前よりもずっと、あったかい。
これが……恋人の手なんだ。
恥ずかしくて、でも幸せで、胸がぎゅっとなる。
メルと一緒に歩いていけるように、私もちゃんと頑張るんだ。)




