第九章『抱えるもの、伝えるもの』
「お願いします。」
ファナとメルが声を揃えて言った。
ギルドの訓練場の端で、水を飲むフィオナとマイゼルを見つめる。
フィオナは意外そうに目を瞬き、それから口元を上げて笑った。
「お前ら、素直だな。」
マイゼルも軽く顎を引いて優雅に微笑む。
「成長する気があるなら、喜んで教えるわ。」
軽い訓練が始まった。
フィオナが腰に手を当て、鋭い目でファナを見つめる。
「敵の目を読む。それを意識しろ。」
ファナは姿勢を正し、真剣な声で返す。
「はい。」
マイゼルは杖を軽く振り、メルを見据える。
「最適解を選ぶのは技術。精度を上げなさい。」
メルは一度目を伏せ、深呼吸して頷いた。
「……分かった。」
フィオナが手を叩き、声を上げる。
「よし、今日はこのくらいで休憩だな。」
水筒を手に取って水を飲む。
火照った体を冷ますように、静かな時間が流れる。
そんな中、フィオナがじっとファナを見た。
「おい、子猫。」
ファナは首を傾げる。
「……何?」
フィオナは真剣な目で言葉を選ぶようにしてから口を開いた。
「時々変な目をするな。」
「……寂しそうな目だ。なんだ、それは。」
ファナはびくりと肩を揺らし、目を伏せる。
手の中の水筒をぎゅっと握りしめる。
「……何のこと、って言っても……分かるんだね。」
一度深呼吸して、小さな声を震わせた。
「……えっと……ラゼンの森、っていうところ。」
「……全部、なくなっちゃった場所、なの。」
フィオナがわずかに目を細める。
「ラゼンの森、か。」
「帝国に焼かれて住人は皆殺しになったって聞いた。」
ファナは唇を噛んだ。
「……うん。」
「全部、なくなった。でも……忘れたくない。」
「忘れたくないのに、思い出すのが怖い。」
しばらくの間、声が詰まった。
メルは何も言えず、ただ見つめていた。
ファナはしぼり出すように続ける。
「……でも、一人だけ……弟がいるの。」
「逃げる時に、知り合いの部族に託した。」
「それから、どうなったのか……わからない。」
メルが目を見開いた。
「……弟、いたんだ……。」
「それ……初めて聞いた。」
ファナは小さく首を振った。
「……言えなかった。」
「怖くて、言えなかったんだ。」
メルはそっと、でもしっかりとファナの肩に手を置いた。
「……いいよ。」
「今、話してくれてありがとう。」
ファナの目が潤み、ぽろりと涙が落ちた。
フィオナは腕を組み、難しい顔をしていたが、やがてため息をついた。
「……いいさ。」
「忘れたくないなら、覚えてろ。」
「でも、それで潰れるな。」
声が少しだけ柔らかくなる。
「抱えて生きろ。」
「泣きたい時は泣け。受け止めてくれる奴は、いるだろ。」
「生きろよ、子猫。」
ファナは鼻をすする音を立て、袖で涙を拭った。
「……うん。」
メルが肩を抱き寄せるようにして寄り添った。
ファナはその肩に軽く額を当て、落ち着こうと深呼吸をした。
しばしの静寂のあと、フィオナが水筒を口に運びつつ目を細める。
「……そういや。」
「この前の懇親会の時さ。」
「お前、“おとーさん”“おかーさん”って呼んでたな。」
ファナは驚いて、でも少し照れたように視線を落とした。
「……うん。」
「ラゼンの森から逃げた後、助けてくれたの。」
「“おとーさん、おかーさん”になってくれるって言ってくれて、嬉しかった。」
「前から一緒にいたけど、そうやって呼んでいいって言ってくれて……。」
フィオナはそれを聞いてふっと目を細める。
「……そっか。」
「血が繋がってなくても、家族ってやつだな。」
ファナは涙ぐみながら、でも今度はちゃんと笑った。
「……うん。」
メルも少し目を伏せ、真面目な声で言った。
「いい家族だな。」
空気が少しだけ落ち着いたところで、フィオナがいたずらっぽく口角を上げる。
「お前ももう家族みたいなもんだろ。」
「……彼氏さん、なんだし。」
ファナは反射的に顔を真っ赤にして、目を大きく見開いた。
「か、か、か、彼氏じゃない……っ!」
フィオナが更ににやっと笑う。
「そーかー、彼氏じゃないのか。」
「……じゃあ私が誘惑してもいいんだな?」
ファナは耳まで真っ赤にして叫んだ。
「な、なんでそうなるの!?///」
マイゼルが涼しい声で口を挟む。
「フィオナ、からかいすぎよ。」
フィオナは肩をすくめ、けらけら笑った。
「へへ、冗談だって。」
「でも、そうやって大事にしろよ。」
メルは少し赤くなりながらも真面目に頷いた。
「……もちろん。」
ファナは泣き笑いのまま、少し強く頷いた。
「……うん。」
ギルドの石壁に反響する笑い声が、小さく、でも確かにあたたかく響いた。
冷たい夜気を忘れるように、火灯りが優しくゆらめいていた。




