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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第三部

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第七章『お姉さんみたいな人』

挿絵(By みてみん)

ギルドの朝は、いつもより少しだけゆっくり流れていた。

ここ最近ずっと続いた訓練と模擬戦の緊張が、やっとほどけたようだった。

木のテーブルを囲んで座るファナたち。

仲間たちもそれぞれの椅子に深く腰を下ろして、思い思いに息を吐いていた。

 

リクトが大きく伸びをしながら呻くように言った。

「ようやく休みか……ったく、肩がバキバキだ。」

セナは地図を畳みつつ、薄く微笑む。

「今日は依頼も訓練もなしだね。」

ラゼルは腕を組んで目を細めた。

「……気を抜きすぎるな。」

でもその声は、いつもより柔らかかった。

 

ファナは小さく笑った。

いつもより少しだけ心が軽い。

 

その空気の中で、メルが何気なく口を開いた。

「せっかくだし、街を少し歩かないか?」

「新しい防具屋も見たいし。」

ファナは驚いたように目を瞬かせた。

でも、すぐに少し照れたように俯いて。

「……うん、行く。」

メルはそれを見て、目を細めて満足そうに笑った。

 

街は昼を過ぎても人通りが絶えず、賑やかだった。

色とりどりの布がはためく露店。

香辛料の香り、焼き菓子の甘い匂い。

子供たちの声。

ファナは少し緊張した面持ちで、でも視線を右へ左へ忙しなく動かした。

耳がぴくぴく動き、尻尾が微かに揺れる。

メルはそんな様子を横目に見て、クスッと笑った。

 

「お姫様とデートだね。」

ファナは思わず顔を真っ赤にして振り向いた。

「や、やめてよ……!」

でも、頬が熱くなりすぎて、口元が緩むのを止められなかった。

小さな笑みが零れる。

メルはそれを見て、声を落として。

「……いい顔だ。」

ファナはもう一度顔を赤くして、そっぽを向いた。

でも、尻尾はふわりと揺れていた。

 

少し外れた路地に入ると、こぢんまりした屋台があった。

香ばしい匂いに惹かれて近づくと、串を頬張っている一人の姿があった。

 

深い青の長い髪。

青みがかった猫耳。

エメラルドの瞳が二人を見つけて細められる。

 

フィオナが口を動かしながらニヤリと笑った。

「おー、子猫ちゃんじゃん。」

「デート中か?」

ファナは目を見開いて手を振る。

「ち、ちが……!」

メルは腕を組んで肩を揺らした。

「似たようなものかな。」

「メル!!」

ファナは尻尾を逆立てそうな勢いで振り返った。

 

フィオナはクスクスと笑って串を置いた。

「まあ、いいけどさ。」

「最近ちょっと張り詰めすぎだったろ。」

その声色はどこか柔らかかった。

 

フィオナは屋台のおじさんに顔を向けた。

「おい、二本追加で。」

「へい、二本ね!」

軽快な声が返る。

串が焼かれていく香りが広がった。

フィオナはそれを受け取ると、まずファナに手渡した。

「ほら、子猫ちゃんはこれ。」

ファナは一瞬ためらって、でも受け取った。

「ありがとう……」

 

フィオナはメルにも無造作に一本押し付けた。

「お前も、見張り役だろ。」

メルが軽く肩を竦める。

「母親みたいですね。」

フィオナが小さく睨みつつも、口元が緩んだ。

「母親じゃなくて、姉貴ポジな。」

ファナは串を持ったまま、小さく笑った。

「……うん。」

 

フィオナはじっとファナを見た。

その視線にファナが身を固くする。

「……おい、髪跳ねてんぞ。」

「動くな。」

 

フィオナが前に立って、指先でファナの髪をそっと撫でる。

絡まった部分を軽くほぐしながら。

「ほら、ここ。」

「ちゃんとしろっての。」

ファナは顔を真っ赤にして俯いた。

「や、やめて……恥ずかしい……」

フィオナは構わず続けた。

「それだけじゃねーぞ。」

 

尻尾をひょいっと持ち上げる。

「尻尾もボサボサじゃん。」

「ちょっと……やめてよ……!」

フィオナは手を止めない。

「動くな。」

「猫人族は尻尾の毛並みで気持ちもバレるんだ。」

「綺麗にしとけ。」

 

ファナはもう、顔を覆いたくなるほど真っ赤になった。

「……もう……」

フィオナは最後に軽く尻尾を整えてから、口角を上げた。

「そうそう、その顔のが可愛い。」

「街歩きくらい楽しんでけ。」

 

フィオナは串をもう一口かじりながら、ちらっとメルを見た。

「それとさ。」

メルが目を細める。

「ん?」

フィオナは視線を外さずに、無駄に真剣な顔で告げる。

「街歩き用に尻尾飾りでも買ってやんな。」

 

メルは一瞬きょとんとする。

ファナは思わずビクリと肩を揺らした。

 

「同族から言わせてもらうけど、可愛げってのも大事。」

「や、やめてってば……!」

ファナが声を上ずらせて慌てて否定する。

尻尾が反射的にピンと立ち、動きがバレバレだった。

 

フィオナは勝ち誇ったように口元を歪めた。

「この通り抜けて左の路地裏の細工屋。」

「獣人向けの飾りならあそこが品揃えいい。」

「丈夫だし、可愛いのもある。」

 

メルは腕を組み、納得したように頷く。

「なるほど、貴重な情報だね。」

フィオナはそっぽを向き、少しだけ耳を伏せながら吐き捨てるように。

「別にお前のためじゃない。子猫のためだ。」

ファナは真っ赤な顔で、でも視線をそらせなかった。

「……もう……。」

 

フィオナは串を食べ終えると、手を払って立ち上がった。

屋台のおじさんに軽く手を上げて会計を済ませ、ふと振り返る。

「じゃ、楽しんでけよ。」

「またギルドでな。」

 

一歩歩み出してから、指先でファナを指す。

「次会った時、髪も尻尾も整えてなかったらシバくから。」

 

ファナは思わず目を見開き、耳がピクッと動いた。

「……うん。」

フィオナは次にメルを鋭く睨む。

「お前も、尻尾の飾り買うの忘れんなよ。」

メルは軽く肩をすくめて、苦笑するように返した。

「了解。」

フィオナはそれ以上何も言わず、尻尾を揺らして去っていった。

残った風に青い髪が舞った。

 

フィオナが完全に見えなくなると、路地裏の空気が静かになった。

ファナは持っていた串を見つめて、小さく笑った。

「……なんか、すごいお姉さんみたいな人だった。」

 

メルはファナの横顔をじっと見たあと、ゆっくり笑った。

「うん、いい先輩だ。」

「……でも、尻尾の飾り、探しておくか。」

ファナは目を見開いて、すぐに視線を逸らした。

耳が伏せ、尻尾が微妙に揺れる。

「……うん。別に、いいけど……。」

メルの笑みが深くなる。

「そういうとこ、可愛いな。」

「もう……やめてよ……。」

ファナは口を尖らせて背中を向ける。

でもその耳は真っ赤だった。

 

路地を抜け、夕暮れの街へ出る。

二人の影が長く伸びる。

並んで歩く足音が、同じテンポを刻んでいた。

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