第六章『崩されても、繋げ』
朝靄がまだ薄く残る、冷えた空気の訓練場。
ファナは深呼吸をして、震える尻尾を抑えるようにぎゅっと握った。
息が白く見えるほどの冷たさ。
でも、昨日までとは違った。
全員が揃ったその空気に、緊張はあっても――逃げたいという気配はなかった。
ファナは仲間の横顔を見た。
誰も笑ってはいなかった。
でも、誰も目を逸らさなかった。
(昨日あんなに教わった。)
(今日は逃げない。逃げたら何も変わらない。)
胸の中で言い聞かせるように呟いた。
セナが口を開く。
地図を握る指先は白いが、声は鋭い。
「昨日のままだったらまた負ける。」
「思い出せ。教わったことを。」
「絶対にバラバラになるな。」
ラゼルが短く息を吐いた。
肩を回し、剣の柄を握りしめる。
「……やるしかねえな、リーダーだし。」
リクトはぶっきらぼうに呟く。
眉間に皺を寄せていたが、声は決意を滲ませていた。
「……負けねえ。」
メルは杖を支えた手を見つめて小さく笑う。
「全部は無理でも、選べるようにする。」
バルクはフードを軽く揺らし、静かに返す。
「……分かった。」
ファナは全員の声を聞いて、もう一度自分に問いかけた。
(私も……やる。)
(ここで逃げたら、全部無駄になる。)
その時、訓練場の向こうから足音が響いた。
6人のVelvet Radianceが現れる。
前に出たのは、リシア、フィオナ、マイゼル。
武器を持ち、視線は真っ直ぐだった。
後ろに立つのはセニア、セリナ、アリシア。
腕を組んだり、杖を軽く持ったりして監督するように構える。
セニアが声を上げた。
落ち着いた低い声が、全員に届く。
「次は全員でだ。」
「その人数を活かしてみせろ。」
フィオナは深い青の髪をかき上げ、猫耳をピクリと動かした。
「6人まとめて来な。」
「昨日よりは期待してるよ?」
マイゼルは杖を回して軽く笑う。
「前より頭使えるようになっててね?」
リシアは大斧を肩に担いだまま、口元を歪めた。
「さあ、潰しに来いよ。」
ファナは喉が鳴るのを感じた。
尻尾が少しだけ震える。
でも逃げなかった。
合図もないまま、一気に空気が変わる。
フィオナが中央を裂くように走り込む。
深い青の髪が風を切り、猫耳がピンと立つ。
一瞬で視界から消えたかと思うほどの速さ。
マイゼルが多方向に補助と攻撃魔法を撒く。
火球、氷槍、風刃。
詠唱の切り替えが早すぎて追えない。
リシアは真正面から圧をかける。
大斧を振りかぶり、殺気を乗せて押し潰すように前進する。
ファナたちの隊形が一瞬で崩れそうになった。
呼吸が止まる。
前回の悪夢が蘇る。
(ダメだ、崩れる!)
その時。
セナが鋭く叫んだ。
「落ち着け!」
「分断させるな!」
「バルク、ファナ、フィオナを抑えろ!」
「メル、マイゼルを止めろ!」
「リクト、リシアを引き受けろ!」
「ラゼル、全体を見て調整しろ!」
声が響いた瞬間、全員が動いた。
考えるより早く体が反応した。
リシアの斧がうなる。
リクトは剣を振り上げ、受け流す。
金属が火花を散らす。
重い。
腕が痺れる。
でも、前より恐怖はなかった。
リシアが低く笑う。
「止められるか?」
リクトは歯を食いしばる。
「……あんたを倒すのは無理だ。」
「でも、足止めくらいはしてやる。」
リシアの目が鋭くなる。
そして、僅かに口元が緩む。
フィオナは影のように走る。
分断を狙い、中央を裂こうとする。
バルクが一歩先を読むように先回りする。
足音を消し、視線で合図を送る。
ファナはそれを見逃さない。
胸が早鐘を打つ。
でも、視線を読んだ。
フィオナの狙いが、動きが、心が見えた気がした。
(スピードじゃ追いつけない……でも、何を狙ってるのか見れば……!)
ファナは短剣を構え、仲間が狙われるコースを塞ぐ。
フィオナが猫耳をぴくりと動かし、口元を上げる。
「へえ……やるじゃん。」
魔法の応酬が火花を散らす。
マイゼルが軽やかに詠唱を切り替え、複数属性を散布する。
火球が唸り、氷の刃が地面を裂く。
風圧が視界を揺らす。
セナがすかさず声を飛ばす。
「左、風属性! 避けろ!」
「今、火を選べ!」
メルは荒い呼吸のまま頷く。
指先が光を帯び、最小限の詠唱で火球を放つ。
マイゼルの結界がそれを受け止める。
だが、無駄な拡散はしなかった。
マイゼルの口元がゆるむ。
アメジストの瞳がわずかに細まる。
「セリナに何を教わったか知らないけど、戦場全体をよく見てるわね。」
「メル、無駄打ちがなくなってる。」
「そうやってその場その場に合わせて魔法を選べば、手数なんて問題にならなくなるわよ。」
メルは額の汗をぬぐう。
口角を引き締めて、短く頷いた。
全体を見渡す視線。
リクトが押されるのを見た瞬間、ラゼルは走った。
斜めからリシアの斧を受け流すように剣を差し込む。
「止まってんじゃねえ!」
「流れを切るな!」
リクトが息を吐き、斬り返す。
ラゼルはすぐに背を向けて別の場所へ走る。
フィオナがファナを追い詰めようとした瞬間。
ラゼルが剣を振り下ろし、進路を断つ。
「こっちだ、猫耳。」
フィオナがくすっと笑う。
「ふふっ、いいじゃんリーダー。」
ラゼルは鋭い目で睨み返す。
「煽ってんなよ……!」
フィオナの分断が止まる。
マイゼルの多重魔法が牽制に変わる。
リシアがじりじりと下がる。
一瞬、全員の呼吸が重なる。
視線が交錯する。
音すら飲み込むような静寂。
セナが声を絞り出す。
「今だ、攻めろ!」
ラゼルが叫ぶ。
「行け! ここで決めるぞ!」
ファナは喉が焼けるように痛いのを感じながらも叫んだ。
「……繋げ!」
メルの魔法がマイゼルを後退させる。
バルクがフィオナを牽制し、短剣を振るう。
ファナが視線を読み、味方をカバーする。
リクトがリシアの胸元を狙って踏み込む。
リシアが大斧を押し返しながらも口元をゆるめた。
「いい目してんな、小僧……」
そのタイミングで、セニアの声が響く。
「……止めだ。」
全員の動きが止まった。
剣先が下り、杖が下り、呼吸だけが乱れる。
フィオナが息を吐き、満足げに笑った。
深い青の髪をかき上げ、猫耳を軽く動かす。
「……よし、そこまで。」
「随分マシになったじゃん。」
マイゼルは杖を肩にかけ、アメジストの瞳で見渡す。
「上出来じゃない。」
「まあ、磨けばまだまだ光る原石ってところかしら。」
「手加減してた分は、今後取り返してみせなさい?」
リシアは大斧を担いだまま大きく頷く。
「止めろ。」
「こいつら、やっとまとまった。」
セニアが全員を見回し、低く、でも澄んだ声で言った。
「見えたぞ。お前たちが何を学んだか。」
「崩されても立て直す力はついた。」
「……認めてやる。」
「だが、まだまだ教えることはある。」
「これで終わりだと思うな。」
「分からなくなったら来い。」
「時間があれば、教えてやる。」
ファナは胸が熱くなった。
尻尾を軽く振り、唇を噛んだ。
視界が滲むのを必死に拭った。
フィオナが真剣な目でファナを見た。
口を尖らせるようにして、でも優しい声。
「……あんたはまだ教えてる途中だからね。」
「毎日とは言わないけど、空いてる時間があったら2~3日に一回は来なさいよ。」
「スキル教えるって言ったんだから、きっちり最後まで教えてあげる。」
ファナは目を見開き、小さく震えた声で返した。
「……はい。」
6人が視線を交わした。
リクトも、メルも、セナも、バルクも、ラゼルも。
そしてファナも。
誰も逃げる目をしていなかった。
全員が声を揃えた。
「……はい!」
訓練が終わった後。
6人は静かにギルドを後にする。
誰も「また行こう」とは言わない。
でも、肩を並べたその歩幅は、どこか揃っていた。
数日後。
「今日は師匠に会いに行く」
「次の休みに行くつもりだ」
そんな言葉が、ギルドの片隅で交わされるようになった。
何を習うかは、誰も口にしない。
でも、全員がそれぞれ彼女たちを訪ねるようになる。
崩されても、立て直せる自分たちになるために。
守るために、生き残るために。
そして、共に帰るために。
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