第四章『憧れの背中』
昼下がりのギルドは、いつもより張り詰めた空気に包まれていた。
冒険者たちが静かに息を潜めて見守っている。
雑談も笑い声もなく、全員が視線を一点に向けていた。
ファナもその中にいた。
胸が痛むくらい、呼吸を浅くして。
瞳はただ、訓練場の中央を追っていた。
Velvet Radianceが模擬戦をすることになった。
ギルドマスターの要請で、後輩たちに“見せる”ための実戦形式。
中央に立つ6人が二手に分かれるのを、ファナは黙って見つめる。
リシア、フィオナ、マイゼル。
セニア、セリナ、アリシア。
ただ配置を取っただけで、もう空気が変わった。
互いに視線を交わし、構えを取る。
無駄な動きも、声もない。
ファナはごくりと唾を飲み込んだ。
号令が下ると同時に、空気が裂けた。
フィオナが影のように走る。
深い青の長髪が風を切り、猫耳がピクリと動く。
一瞬で相手陣形の間を突き崩す。
「分断……!」
ファナが小さく呟いた。
だが崩れない。
セニアが短く指示を飛ばし、セリナとアリシアが位置を変える。
分断された隊形を、すぐに再構築していく。
マイゼルは杖を構え、宝石の輝きと共に多彩な魔法を繰り出す。
詠唱は短く、無駄がない。
火、氷、風――属性を即応で切り替え、相手の足を止める。
アリシアは冷静な狙撃で隙を作り、リシアが鋭く切り込む。
正面突破の剣撃に無駄がない。
セリナは詠唱を重ね、結界を張り巡らせつつ回復を送る。
支援が後れない。
ファナは見入ったまま、手が震えた。
周りの仲間たちも同じだった。
息を呑み、ただ見つめるしかない。
「分断されても崩れない。」
セナが小さく呟いた。
「支援と攻撃が噛み合ってる……」
リクトが歯を食いしばりながら言った。
メルも呟いた。
「互いを信じてる……あれが……」
バルクは無言だったが、瞳はわずかに揺れていた。
ラゼルは真剣な目で前を見据え、剣の柄を強く握った。
長いようで短い攻防の末、セニアが剣を下ろした。
「……よし、ここまでだ。」
その声に、全員が動きを止めた。
肩で息をする音だけが響く。
そして、彼女たちがゆっくりと互いに視線を交わし、笑みを浮かべる。
汗をぬぐいながら、無言で頷き合うその姿。
周囲から拍手が起こった。
感嘆と、敬意のこもった拍手。
ファナは拳を握りしめた。
拍手の音が遠くに聞こえた。
(見てるだけじゃ分からない……)
(でも、あんな風に戦いたい。)
(どうしたら……どうしたら……)
震える唇を噛んだ。
静かになった訓練場で、ファナは深呼吸を一つした。
そして、一歩だけ、前へ出た。
声が震えそうだった。
でも必死に、押し出すように言った。
「……お願いします。」
「私たち、まだ全然できなくて……」
「分担のやり方、集団での戦い方……教えてください。」
「一日だけでもいい、少しでもいいから。」
その背中を見ていたラゼルが、わずかに視線を逸らした。
けれど、すぐに顔を戻し、低く言った。
「……教えてもらうのは賛成だ。」
「誰が行くって話なら……仕方ねえ、リーダーの俺も頭下げる。」
セニアが二人をじっと見つめた。
瞳は冷たくも優しくもなく、ただ真正面から受け止める色だった。
そしてゆっくりと、確実に言葉を落とした。
「……当たり前だ。」
「お前たちはまだFランクだ。」
「経験も、知識も、足りない。」
「自分たちだけで限界があるのは当然だ。」
一瞬、言葉を切って全員を見渡す。
「だからこそ、人に頼れ。」
「学べるものは全部、盗め。」
「お前たちがそのつもりなら、私たちも本気で教える。」
「泣いても知らんぞ。」
その声に、ファナは唇を噛みしめて頷いた。
視線を落とす仲間たちも、同じようにゆっくりと顔を上げる。
フィオナがその空気を和らげるように、猫耳をぴくりと動かして笑った。
深い青の髪が肩で揺れる。
「ふふ、厳しいね~セニアは。」
「でもまあ、その通りだよ。」
「素直に頼んできたからには、覚悟決めてもらうけどね。」
マイゼルは宝石を指先で転がしながら、優雅に視線を流す。
金銀グラデーションの長い髪がランタンの光を受けてきらめいた。
「ようやく言ったわね。」
「口だけじゃダメよ。」
「目も耳も、頭も使いなさい。」
「一度だけ教えるわ。後は自分で掴むの。」
リシアが組んだ腕を外し、口を歪めて笑った。
「そうだな。実戦は甘くねえ。」
「泣き言は後にしろ。」
「ま、教えるからには叩き込むけどな。」
セリナが静かに瞳を細め、柔らかくも鋭く言った。
「命を預け合うには、互いを知ることからです。」
「その覚悟があるなら、付き合いましょう。」
アリシアは短く、でもはっきりと言い切った。
「……甘えは死を招く。」
「でも、学ぶなら徹底的にやる。それだけ。」
ファナたちは息を飲み込むようにして、でも全員が頷いた。
悔しさを滲ませ、でも真剣だった。
ファナは心の中で言葉を刻んだ。
(頼るって……こういうこと。)
(甘えじゃない。)
(私たち、絶対に変わる。)
彼女たちが静かに荷物をまとめ、片付けを始めた。
「明日からが本番だ」とでも言うように、互いに短く頷き合う。
ファナたちもゆっくりと呼吸を整えた。
それぞれの目に、まだ弱さが滲んでいた。
でも、その奥には確かな決意があった。
今回登場したキャラクターたちの紹介を、設定資料集のほうに追加しました。
気になる方は確認用にどうぞ。




