第三章『分担と分断』
ギルドの大部屋には、昼過ぎの柔らかな光が差し込んでいた。
けれど、その空気はどこか重苦しかった。
ファナたち6人は、いつもの机を囲んでいた。
ここ数日、毎日こうして集まっては作戦を考えている。
だが今日も――話は噛み合わなかった。
セナが広げた地図を指で押さえ、低い声で提案する。
「こことここの経路を抑えつつ、二手に分かれる形が現実的だ。」
すかさずメルが顔をしかめる。
「分けたら狙われるだろ?」
「分断されるってわかってるのに、何でそんなバカなこと――」
リクトは苛立ちを隠せず、机を軽く叩いた。
「うるせえな! じゃあどうすりゃいいんだよ!」
ラゼルが口を開く。
「待て、落ち着け。どっちの言い分も――」
だがメルとリクトは互いににらみ合ったままだった。
バルクは視線を落とし、無言で地図を睨んでいた。
その指先がわずかに震えているのを、ファナは見逃さなかった。
そして自分も、言葉が出なかった。
「まとめなきゃ」「何か言わなきゃ」と頭で繰り返すのに、喉が詰まる。
誰も彼も、張り詰めている。
(どうして……)
(考えなきゃって決めたのに……)
(みんながこんなに……)
(どうすればいいの……)
ファナは唇を噛みしめた。
その空気を切るように、別の声がした。
「……行き詰ってるみたいだね。」
柔らかい声だったが、棘もあった。
みんなが一斉に振り返ると、カウンターで飲み物を受け取ったフィオナが近づいてきた。
深い青の長い髪が艶を帯びて揺れる。
エメラルドグリーンの瞳が6人を見渡す。
猫耳がピクリと動き、いたずらっぽく片口角を上げた。
「そんな顔してるよ。」
メルが苛立ちを隠さず吐き捨てた。
「関係ねえだろ。」
フィオナは肩をすくめて、笑みを浮かべた。
「まあね。でも先輩としてつい見ちゃうんだよ。」
「“全員同じ動き”しようとしてない?」
「分断が怖いからって一緒に動こうとするのは、逆にバラバラだよ。」
「分担って、役割を分けるって意味だからさ。」
そう言って、手にしたカップを軽く振った。
「じゃ、頑張ってね。」
そしてくるりと背を向け、軽い足取りで去っていった。
残された6人は黙り込んだ。
空気が一瞬止まったようだった。
でも、誰も目を逸らせなかった。
その言葉が、深く刺さっていた。
夜。
再び、同じ机を囲む。
今日も帰ることなく、話し合おうとしていた。
けれど空気は変わっていなかった。
ラゼルが低い声で切り出す。
「……前衛を決めよう。」
セナがすぐに続ける。
「支援をどう分けるかを整理する。」
だがメルが顔をしかめる。
「お前ら、そんなに分けたがるけど、分断されたら意味ねえだろ!」
リクトも声を荒げた。
「だったらどうすりゃいいんだよ!」
二人の声がぶつかる。
地図が揺れる。
バルクは目を伏せたまま無言だった。
拳が小さく震えていた。
ファナは口を開こうとした。
でも声が震え、言葉が出ない。
(分担って……)
(分けるって……)
(なのに……どうしてこんなに……)
(みんながバラバラになるの……)
喉が詰まった。
声を詰まらせたまま、目を伏せた。
沈黙が落ちた。
冷たい空気が、ギルドの片隅を満たした。
そんな時だった。
ゆっくりとした足音が近づいてくる。
ファナが顔を上げた。
セニア、フィオナ、マイゼル。
彼女たちがテーブルへ歩いてきた。
セニアは静かに、しかし冷たくない目で全員を見渡した。
大きな手をテーブルに置き、声を落ち着かせて響かせた。
「考えるのはいい。」
「だが、同じ場所で同じ顔を突き合わせるだけじゃ、同じ答えしか出ない。」
「行き詰まったら、他人の知恵を借りろ。」
「それを恥じるな。必要なことだ。」
その声は低いけれど、逃げ場を与えた。
ファナは息を呑み、目を見開いたままセニアを見つめた。
セニアは視線を外さずに続ける。
「今日はそれを教えに来た。」
「“分担”ってやつを、見せてやる。」
フィオナが口角を上げ、茶化すように笑った。
深い青の髪が肩先で波打つ。
猫耳がピクリと動いた。
「言葉で分からないなら、戦い方で覚えてもらおうか。」
マイゼルは宝石を弄びながら優雅に視線を流す。
金銀グラデーションの長い髪がランタンの光を反射してきらめく。
アメジストの瞳が、微笑むように細められる。
「授業料は高くつくわよ。」
「ちゃんと見て学びなさい。」
そして、フィオナが少し視線を落とした。
でもすぐにいつもの軽い笑みを浮かべた。
エメラルドの瞳が真っ直ぐに、でも柔らかく光る。
「ほんとはさあ……行き詰まったら、自分から“教えて”って言ってきてほしかったんだけどね。」
「……ま、そういう素直じゃないとこも可愛い後輩ってことで。」
ファナたちは、悔しそうに、でも黙ってその言葉を受け止めた。
目を伏せ、でもまた顔を上げる。
その目には弱さも未熟さも滲む。
でも、確かに決意が宿っていた。
(分担……分断……)
(私たちも……できるようにならなきゃ。)
(絶対に。)
彼女たちはギルドの空きスペースを指し示す。
机を片付ける音が響き、立ち位置を決める声が交錯する。
準備が、始まる。
セニアが振り返り、低い声で告げた。
「よく見て、学べ。」
「これが“分担”だ。」
ファナたちは真剣な目で頷き、その光景を見逃すまいと前を見据えた。




