第二章『情報がないなら、どう動く』
夜の道を、6人は無言で歩いていた。
ギルドを出てから、誰も口を開かない。
ひんやりした風が顔をなでる。
空は暗く、月だけが静かに見下ろしている。
ファナは下を向いたまま、何も言えなかった。
尻尾が重く垂れ下がり、ブーツの先を擦る音がやけに大きく聞こえる。
メルは一歩前を歩き、背を向けたまま沈黙している。
コートの裾が風に揺れるたび、わずかにその背中が震えていた。
リクトは苛立ったように靴先で小石を蹴り飛ばした。
「ちっ……」
低く短い舌打ちが夜に消えた。
セナは手に持った小さな地図を眺めていたが、目は動かず、口を閉ざしたままだった。
バルクとラゼルはそれぞれ周囲を警戒するように目を走らせている。
だが、二人もまた、何も言わなかった。
ファナは喉が詰まる。
(何を言えばいいのかわからない……)
自分の足音がやけに大きく聞こえた。
「……どうすりゃ勝てたんだよ、あんな奴らに……!」
突然、リクトが声を荒げた。
「……あの猫女なんて、どこ行ったかも分かんなかったし!」
声が響いた瞬間、誰もがわずかに肩を揺らした。
バルクが短く応じる。
「フィオナ……速い。見えなかった。」
リクトはさらに苛立ったように顔を歪めた。
「だからって、それで終わりかよ!」
セナがゆっくり顔を上げ、淡々と言葉を継ぐ。
「マイゼルも詠唱していなかった。多重詠唱の痕跡もない。」
その冷静さが逆に、場を冷やした。
ラゼルが前を見据えたまま、低く言う。
「……それに。他の四人は動きすらしなかった。」
言葉が重かった。
事実を突きつけられる音がした。
メルが唇を噛んだ。
「なんであいつら……動かなかったんだよ。」
「まるで、興味もなかったみたいじゃねえか。」
声が震えていた。
セナは瞳を細める。
「事実だ。」
「こちらの動きも作戦も、見切られていた。」
「“相手にすらならない”と判断された可能性もある。」
その言葉にリクトが息を呑む。
そして声を押し殺すように呻いた。
「クソッ……ナメられてたってことかよ。」
ファナは、やっと声を絞り出した。
「……私たち、何も分からなかった。」
吐き出した瞬間、胸が痛んだ。
メルが息を荒くして言った。
「死ぬ気で守るって、そういうことじゃなかったのか……」
「あいつらを止めようとしたのに……!」
声が震えた。
その背中が小さく見えた。
ファナも震える声で応えた。
「死ぬ覚悟じゃダメなんだって……」
「でも……私も、何もできなかった……」
声が消えそうだった。
喉が痛かった。
しばらく、冷たい風の音しか聞こえなかった。
セナがゆっくりと言った。
「情報がなかったから負けた。それは事実だ。」
「でも、情報がないまま戦わなきゃいけない場面は、これからもある。」
その声は冷たく、でも嘘がなかった。
ラゼルが目を伏せた。
「情報を取る手段を考える必要がある。」
「動きを見て予測する。戦いの中で学ぶ。」
バルクが短く頷いた。
「観察。偵察。分断されない形。」
ラゼルは少し間を置いた。
「……それと。“2対6で来い”と言われた時点で、冷静さを欠いたかもしれない。」
バルクも一言だけ。
「挑発。罠。」
セナが眼差しを鋭くした。
「“全員でかかれ”に乗せられた。」
「力で押し切る形を選んだ。」
「情報を取る余裕を失った。」
メルが低く唸るように。
「……あいつら、最初からそれ狙ってたのか。」
ファナは唇を噛みしめた。
でも、目を逸らさなかった。
小さく、でもはっきりと。
「……悔しい。でも、たしかにそうだった。」
マイゼルの声が頭の中で甦った。
『情報がないなら、どうするかを考えなさい。』
フィオナの声も。
『分断されても勝てる形を作りな。』
胸がずきりと痛んだ。
ファナは深く息を吐いた。
そして、心の中で呟いた。
(私たち、何も知らなかった。)
(見てもらえなかった。)
(でも、それを悔しいって思った。)
(知らないままじゃ勝てない。)
(知らないままじゃ、守れない。)
(……考えよう。)
(生き残るために。)
風が吹いた。
冷たさが、頬を刺した。
でも、それは今の自分たちに必要な痛みだった。
ファナたちが出て行ったあとのギルドは、嘘みたいに静かだった。
夜の空気が、窓から漏れる灯りを青白く照らす。
椅子もテーブルも、そのまま。
人の気配だけがすっと引いた空間。
カウンターの奥に、3人だけが残っていた。
セニアは目を閉じたまま、ゆっくりと息を吐いた。
そして低い声で呟いた。
「……どうだった?」
フィオナが背を壁に預け、片口角を上げた。
「……あの子たち、まだ目が死んでなかったね。」
「痛がって、考える顔してた。」
マイゼルは杖を握り、宝石を弄びながら小さく肩をすくめた。
「Fランク相手に、あそこまでストック吐き出すとは思わなかったわ。」
「……ちょっと侮りすぎたかしら。」
セニアがゆっくり目を開けた。
月明かりを受けた瞳が細く光った。
口元をわずかに緩める。
「次に会うときは、今日みたいにはいかないだろうな。」
誰もそれ以上は言わなかった。
そして、また黙り込んだ。
ギルドの中に、夜の冷たい静けさが落ちた。
負けたままでは終わらない。
痛みを知り、悔しさを噛みしめ、考える。
それが、生き残るための一歩目だった。
先輩たちは冷たく突き放した。
でも、その奥で、確かに期待していた。
ファナたちはまだ弱い。
でも、だからこそ成長できる。
夜の冷たさを越えて、6人の歩みは続いていく。
守るために。
生きるために。




