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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第三部

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第一章『命を賭ける覚悟、生き残る覚悟』

挿絵(By みてみん)

ギルドの扉を押し開けると、むわりとした熱気と喧騒が押し寄せた。

板張りの床を踏みしめる音、酒や食事の香り、依頼を巡る交渉の声。

大きな掲示板の前では、冒険者たちが新しい張り紙を奪い合うように目を走らせている。

受付の前には行列。苛立った声が飛ぶ。


ファナは小さく息を吐いた。

「今日も……変わらないね」


銀灰色の長い髪が揺れる。耳につけた赤いリボンがささやかに光った。

猫のような黒い尻尾が落ち着きなく動き、無意識に周囲を伺う。

隣を歩くメルは肩を揺らすように鼻を鳴らした。


「活気があるって言ってみろよ。暗い顔すんな」


白いローブを翻し、赤いマントの裾を払いながら進む。

その金髪が天井の光を受けて鮮やかに輝いた。


二人は受付の列を避け、ギルドの隅に設けられた休憩用の丸テーブルに腰を下ろした。

ほどなくして、見慣れた顔ぶれが合流してくる。


「おーい、来たぞ」


リクトが不機嫌そうに声を上げる。

目つきの鋭い黒髪の少年。赤系の軽装の上着を羽織り、腰のポーチをいじりながら足早に近づく。


「やれやれ、人が多いな」


セナも静かに歩み寄った。

淡い銀茶の髪を肩に流し、青と金を基調としたローブ風の装いを整える。

翡翠色の瞳が周囲を一度見回し、落ち着いた所作で椅子を引いた。


それだけで、ファナは少しだけ安心した。

この四人。

「銀月の風」――ファナとメル。

「暁鋼の牙」――リクト、セナ、バルク、ラゼル。


いまやギルドの中でも「最近のFランクじゃ頭抜けてる」と噂される二つのチームだ。

周囲の冒険者からもチラチラと視線が向けられる。


ファナは視線を感じながら、胸の中で問いかけた。


(……私たち、ちゃんと……冒険者になれてるのかな)


いくつもの依頼をこなした。

護衛も討伐もやった。

人を守ったり、物を運んだり、危険を越えたり。


でも。

本当にそれでいいのか。

誰かを守るために、この先も戦えるのか。

死ぬのが怖いのに。

殺すのが怖いのに。


そんな迷いを振り切るように、テーブルの上で手を握りしめる。


セナがその様子を静かに見ていた。

「順調だが油断は禁物だ」


それだけを言って、背もたれに体を預ける。

ファナは目を伏せた。

メルは腕を組み、フンとそっぽを向いた。

リクトは「ったく……」と呟き、天井を見上げた。


それぞれが言葉少なに、でも繋がっている。

この距離感。

この温度差。

それが「パーティー」というものだと、少しずつ分かってきた。


そんな時だった。

ギルド全体がざわめきに包まれた。


入口の扉が開く音。

乾いた靴音。


誰かが小さく声を上げる。

「……Velvet(ヴェルヴェット) Radiance(レイディアンス)が帰ってきた」


ファナはハッと顔を上げた。

視線の先。

六人のパーティーが無言でギルド内へ入ってきた。


埃に汚れたマント。

緩みのない足取り。

疲労を滲ませながらも、鋭い眼差しを宿す。

受付の冒険者たちが背筋を伸ばす。

マスターも無言で立ち上がる。


静寂。


ざわめきが引く。

ただ足音だけがギルドを満たした。

其の者たちは騒がなかった。

威張らなかった。

当然のように受付へ歩き、報告を始めた。


その中で一際目を引く三人。


前に立つ女性――セニア。

落ち着いた低い声で、的確に報告を続ける。

周囲の反応も受け流し、視線を動かすことなく書類を渡す。


隣のフィオナは飄々(ひょうひょう)とした笑みを崩さない。

軽口を飛ばしながらも、受付員の質問に即答していく。

挑発的な目線を時折送るのは余裕の証だ。


そしてもう一人――マイゼル。

宝石を埋め込んだ細長い杖を軽く回し、赤い石を弄ぶように指先で転がす。

細い指。冷たい視線。

受付に言葉を向けるたびに周囲が息を呑むような空気を作る。


ファナは思わず息を止めた。

「……あれが……本物の冒険者……」


メルは顔を背けた。

「フン……」

その目は泳いでいた。


リクトは肩を震わせた。

「べ、別にビビってねえし」


セナは短く頷いた。

「実力は本物だな」


空気が張り詰める。

視線を逸らせないまま、ファナは喉を鳴らした。


間もなくギルドマスターが席を立った。

重い声が響く。


「Fランク全員、集まれ」


一瞬の沈黙。

そしてざわめき。


各テーブルから若い冒険者たちが顔を見合わせて立ち上がる。

ファナも、メルも、リクトも、セナも立ち上がった。

テーブルを離れ、ギルドの中央へ集まっていく。


ギルドマスターは全員を見渡した。

老いた目に、鋭さと優しさが混じっていた。

だがその声は低く、重く響く。


「彼女たちが帰還した今、この機会に現実を知ってもらう」

「この中で一番マシなのは誰だ?」


一瞬で空気が凍りついた。

周囲のヒソヒソ声。


「銀月の風と暁鋼の牙だろ」

「六人組のあいつらが一番マシだな」


受付員が名指しするように声を上げた。

「お前たち六人だ」


ファナは目を見開いた。

「え……私たち?」


メルは不満を隠さず吐き捨てた。

「勝手に言わせておけばいい」


リクトが声を荒げる。

「ふざけんなよ!」


セナは目を伏せ、小さく呟く。

「でも断れば“逃げた”になる」


重い空気の中、ギルドマスターが視線を彼女たちに送った。

「君たちに手合わせをお願いしたい」


彼女たちは短く頷いた。


セニアが前へ出た。

視線を一度全員に配り、静かに言った。


「こちらは二人でいい。フィオナ、マイゼル。お前たちに現実を教えてやれ」


フィオナが口元を歪めた。

「ふふ、了解〜♪」


マイゼルは宝石を指先で弾き、冷たくも余裕の笑みを浮かべる。

「仕方ないわね」


その場の冒険者たちが騒然となった。

「フィオナとマイゼルかよ……!」

「二人だけってマジか……」


ファナはごくりと唾を飲んだ。

「フィオナさん、マイゼルさん……」


メルは目を細め、低く呟いた。

「名前なんかどうでもいい……潰すだけだ」


セナは瞳を伏せたまま言った。

「情報が増えた分、まだマシだ」


観客の視線が一斉に注がれる中、六人は訓練場へ歩みを進めた。

緊張で喉が渇く音が、ファナ自身にはっきりと聞こえた。


訓練場はざわめきで満ちた。

木造の観覧席はすでに冒険者たちで埋まっている。

みんな「負けるところ」を見に来たのだ。


六人は輪になって顔を寄せた。

短い会議。

急ごしらえ。


「数で囲む」

リクトが言う。


「フィオナを止めろ」

セナが続ける。


「マイゼルの詠唱を切る」

メルが吐き捨てるように言う。


「挟み撃ちで潰す」

ファナも頷いた。

「私も、動けるところまで……」


それぞれの武器を握りしめる。

それぞれが恐怖を飲み込む。

緊張の糸が切れたら負けだ。

それだけは分かっていた。


ギルドマスターの手が挙がり、声が響く。

「――始め!」


その声と同時に、フィオナの姿が霞んだ。

ファナの瞳が追いつかない。


(速い――!)


「リクト!!」

セナの叫びが響く。


リクトが剣を構える暇もなく、フィオナは影のように回り込む。

「ほら、こっち〜♪」


挑発する声が耳元をかすめた瞬間、リクトは本能的に飛び退いた。

しかしその間に包囲網が崩れる。


ファナが短剣を握り直して位置を取り直そうとした時、背後に気配。

鋭い音が風を切った。

振り返るとフィオナが笑っていた。


「ダメだよ、背中がガラ空き」


黒い髪が揺れたかと思うと、蹴りが横腹をかすめた。

ファナは呻き声を上げて転がる。


「くそっ、フィオナを引き剥がせ!」

メルが叫ぶ。

杖を構え、火の詠唱を開始する。


同時に、セナも声を張る。

「詠唱合わせろ!」

「異属性の同時攻撃なら防ぎきれない!」


火と氷。

二つの魔法陣が浮かび上がる。

蒸気が走る熱風の圧力。

観客がざわめいた。


(決める――!)


ファナは痛む腹を押さえ、必死に立ち上がる。

背筋に冷たい汗が伝う。


だが。


マイゼルの杖に埋め込まれた宝石が光を放った。

美しい、多面体の赤い石。

それが不気味なほど滑らかに輝く。


「――《断層の結界》」


詠唱はない。

それなのに同時に別属性の魔法が放たれた。

炎を打ち消し、氷を粉砕する。

魔力が衝突し、訓練場の中央に火花を散らすような轟音が走った。


「なっ……!」

セナが目を見開く。


観客たちが息を呑む。

「同時に別の属性……?」

「詠唱してない……?」


マイゼルは冷たく見下ろした。

「遅い」


杖を軽く振ると、結界のような薄い光壁がセナを包む。

セナは詠唱を止めざるを得なくなった。


その一瞬。

フィオナは加速するようにメルへ突っ込む。

杖を跳ね上げ、メルの腕を弾く。


「はい、おしまい」


甘い声が勝利を告げた。


メルはよろけ、杖を落とした。

「クソッ……この……魔道士……化け物か……」

震える声で呟く。


マイゼルは微笑すらせずに言った。

「化け物だと思うなら、超える準備をしなさい」

「それをせずに“死ぬ覚悟”をするなんて、ただの馬鹿よ」


声が静かに、でも鋭く場を切り裂いた。

観客たちは誰も笑わなかった。

本物の実力を前にした時、人は黙る。


メルが唇を噛みしめ、杖を拾おうとしたその時。

フィオナが一歩踏み込む。

「はい、だーめ」


笑顔のまま、軽く杖を蹴り飛ばした。


メルの目が血走る。

「守れない……だったら命を使ってでも……!」


低い、咆哮のような詠唱が始まった。

膨れ上がる魔力。

熱気が空気を震わせる。


ファナは目を見張った。

(メル……ダメ……!)


何かが壊れる音がした。

「やめろ!!」

セナが必死に叫ぶ。

声が張り裂けそうだった。


マイゼルの杖が閃いた。

結界が光り、メルを包む。

暴走する魔力が食い止められた。

詠唱が断ち切られる。

メルは崩れるように膝をついた。

荒い息。

震える肩。


「……守れないのかよ……」


かすれた声が訓練場に落ちた。


マイゼルは音もなく近づいた。

杖を軽く肩に乗せ、目線を下ろす。

鋭い瞳がメルを捉える。


「それは勝つための魔法じゃない」

「そんなものを使って、何を守れるの」

「命を落とした時、初めて“負けた”と言えるの」

「あなたを大切に思う人がいるなら、絶対に生きなさい」


静かな、でも逃げ場のない声。

メルは俯いたまま唇を噛みしめた。

「……クソッ……」

それだけを絞り出すように吐いた。


空気が重かった。

押しつぶされそうな沈黙。

観客たちは一様に息を殺していた。


その中で、フィオナがくすっと笑った。

「……あーあ、真面目だね、マイゼルは」


いたずらっぽい声。

でも視線を鋭く変えた。


「でも同意だよ」

「命を張るのは当たり前。でも一人で死ぬのはバカだ」

「そのツケは仲間が背負うんだよ」

「お前ら、誰かのために死ぬ覚悟があるなら、その誰かと一緒に生き残る覚悟もしとけ」


その言葉が釘のように心に打ち込まれる。


挿絵(By みてみん)


ファナは震えた。

視界が滲む。


(死ぬ覚悟じゃダメ……生き残る覚悟……)


セナも俯き、無言だった。

リクトは拳を震わせ、歯を食いしばった。

バルクも目を伏せたまま動かない。

ラゼルは冷たい表情で黙っていたが、その瞳は強く光っていた。


最後に、セニアがゆっくりと前へ出た。

落ち着いた声。

でも誰の心にも届く声。


「それが冒険者だ」

「依頼を果たし、全員で生きて帰る」

「それを忘れた奴に、この仕事をする資格はない」


誰も反論できなかった。


静寂。

床を叩く杖の音だけが響いた。

観客たちがそっと息を吐いた。

小さなざわめきが、ゆっくりと戻っていく。


ファナは立ち尽くしていた。

尻尾がだらりと垂れ、視線を落とす。

胸が痛む。

頭の奥がズキズキする。


(誰かのために命を賭けるんじゃダメなんだ……)

(誰かのためにも、生き残らなきゃいけないんだ……)


涙が滲むのを、必死で堪えた。

泣いたら負けだと思った。

泣いたら、それは「覚悟が足りない」証拠だと思った。


メルはまだ膝をついたまま動けなかった。

セナは目を伏せてその肩に手を置いた。

リクトは視線を逸らし、口を固く結んだ。

バルクとラゼルも無言だった。


六人は敗北した。

でも、それだけではなかった。


この日。

ファナたちは「冒険者としての現実」を突きつけられた。

「守る」とは何か。

「死ぬ」とは何か。

「生きる」とは何か。

それを、痛いほど思い知らされた。

そして、考え始めたのだった。


観客席が静かに空になっていく。

訓練場に残ったのは、負けた六人と彼女たちだけだった。


フィオナが肩を竦め、軽く手を振った。

「ま、またやろうね。生きてたらさ」


悪戯っぽく笑って、踵を返した。


マイゼルは最後に一度、ファナを見た。

真っ直ぐに。

その瞳は冷たいけれど、優しかった。


「生き残りなさい」


それだけを言い残して、去っていった。

セニアが小さく頷き、仲間たちを促すように背を向けた。


ギルドマスターも無言で見送った。

訓練場に残された空気は、重かった。

でも、それは「敗北の重さ」だけじゃなかった。

「未来の重さ」でもあった。


ファナは震える手を胸に当てた。

息を整える。

尻尾が揺れる。


(私は……生きる覚悟をしなきゃ)

(誰かのためにじゃない。みんなで、生き残るために)


その決意が、まだ不確かで、でも確かに芽生えた。

誰も口を開かなかった。

でもそれぞれの胸の中に、同じ痛みと問いがあった。


この夜。

ファナたちは、冒険者としての「覚悟」を、本当の意味で考え始めたのだった。

設定資料ページの更新しました。

よろしければ見に来てください。

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