第五十五章:二人だけの場所
ギルド内。
ファナは小さく震える声で言った。
「……もうちょっと、二人きりで話したい」
その一言に、ギルド内が一瞬凍りつき、すぐにどっとどよめきが広がった。
「おおー言ったぞ!」
「お幸せにな〜!」
「結婚式には呼べよー!」
「気が早えーよ!」
「泣かすなよ、俺らのアイドル泣かせたら許さねーぞ!」
(……アイドルって……。)
(そんな風に思われてたんだ。)
(もう……恥ずかしい……でも、嬉しい。)
メルは周囲を軽くにらみつけた。
「……うるせぇ。」
赤くなった耳を隠すように視線を逸らす。
(チッ、余計なこと言いやがって。)
(でも……泣かせたくねぇって思ってんだよ。)
ファナはドキドキしながら、でも真っ直ぐメルを見つめた。
(これがみんなの前で言うってこと。)
(もう、逃げたくない。ちゃんと、メルさんと話すんだ。)
メルが小さく息を吐く。
「……ここじゃ落ち着かねぇだろ。」
「ちょっと場所、変えようぜ。」
「えっ、どこに……?」
ファナは思わず目を見開いた。
(鼓動が速くなる……。)
メルは視線を外して小さく笑った。
「知ってんだ。静かで話しやすいとこ。」
周囲がクスクスと笑いながらも温かい空気に包まれる。
仲間の一人が小声で呟いた。
「……しっかりやれよ、メル。」
メルは短く頷くと、ファナを促した。
ファナは小さく息を吸った。
(応援してくれてるんだ。)
(ありがとう……。)
ギルドを出ると、夜風が少し冷たく頬を撫でた。
静かな通りを二人で並んで歩く。
お互い無言だけど、足並みは自然と揃った。
(ドキドキする。でも落ち着く。)
(何を話せばいいんだろう……。)
(でも黙ってても、そばにいられるのが……嬉しい。)
(泣かせたくねぇ。)
(ちゃんと聞くって決めた。)
(でも心臓に悪ぃわ、まったく。)
メルが立ち止まって、温かい灯りの看板を指差す。
「……ここ。」
ファナは看板を見上げた。
「……ここ?」
落ち着いた雰囲気が滲む店構えだった。
「顔馴染みの店だ。」
メルは軽くドアを押し開け、中を覗く。
「奥、空いてるか聞いてくる。」
中に入ると、店主がメルを見つけてニヤリと笑った。
「お、メルじゃないか。珍しいな。女の子連れてくるなんて。」
「いつも一人で渋い顔して飲んでるくせに。」
ファナは一気に顔が熱くなる。
「そ、そんな……。」
メルは舌打ちしながら目を逸らした。
「余計なこと言うな。」
店主はくすっと笑いながら首をすくめた。
「奥の個室、空いてるよ。ゆっくりしておいで。」
(恥ずかしいけど、あったかい。)
(大事にされてる感じがする。)
(余計なこと……でもありがとな。)
(気を利かせやがって……。)
個室の木のドアを閉めると、一気に静寂が落ちた。
小さなランプが柔らかく灯る。
丸テーブルとクッション椅子。
(誰にも見られない……。)
(結婚式なんて言われたの、頭から離れない。)
(でも、ちゃんと話すんだ。)
(結婚式って……余計なこと言いやがって。)
(顔、熱い……俺もかよ。)
(でもこいつも赤いし……もう、なんだよ。)
メルが横の椅子をポンと軽く叩いた。
「……ここ、座れよ。」
視線を逸らしつつも声は優しかった。
(近ぇな……。俺がこんなに緊張してどうすんだよ。)
ファナは一瞬たじろいだが、頬を赤くして腰を下ろした。
「……うん。」
(ドキドキして息が詰まりそう。)
(でも、離れたくない……嬉しい。)
ドアがそっと開き、店主がトレイを持って入ってきた。
「ハーブティーと水でいいかな。」
そっとドアを閉めて退室した。
(……優しい人だ。)
(ちゃんと話せって、言われてるみたい。)
しばらく沈黙が流れる。
ハーブティーの香りが漂う。
カップを手にする音だけが響いた。
(何から言えばいいんだろう。)
(でも、もう逃げたくない。)
(泣かせたくねぇから、ちゃんと待つ。)
(でも、この沈黙、殺す気かよ……。)
メルが口を開いた。
「……さっき、ギルドで言ってたな。」
「二人きりで話したいって。」
ファナは顔を赤くし、俯いた。
「……うん。」
「泣いてばかりで、何も言えなくて……。」
「でも、もう逃げるのは嫌。」
ゆっくりと瞳を上げ、震える声で続けた。
「メルさんのこと、もっと知りたい。」
「私のことも、知ってほしい。」
「泣きたくない。メルさんを……苦しませたくない。」
「だから、ちゃんと……話したいの。」
(あの時、メルさんも辛そうだった。)
(もうそんな顔、見たくないから。)
メルはしばらく黙り、そして息を吐くように呟いた。
「……よかった、選んでくれて。」
声が少しかすれていた。
ファナは胸がぎゅっとなるのを感じた。
顔が熱くなり、でも自然と笑顔が溢れる。
涙が滲みそうになるのを堪えて、メルに向かって微笑む。
(泣かせたくねぇって思ってたのに、泣きそうな顔させてんな、俺。)
(でも、もう離さねぇからな。)
二人はカップを手にしたまま黙った。
でも視線が合うと、自然とまた笑い合った。
頬を赤くしながらも、視線は逸らさなかった。
(でも……こんなにあったかい。)
(メルさんとなら……ちゃんと話せる。)
(もっと、知りたい。もっと、伝えたい。)
(泣かせねぇ。)
(お前の全部、聞いてやる。)
次の言葉を探しながら、二人はゆっくりと夜を過ごした。
温かなランプの光が、二人の影をそっと寄り添わせていた。




