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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第二部

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第五十二章:聞こえていた声

挿絵(By みてみん)

薄暗い部屋に、荒い呼吸音が響く。

灯りも落とされ、湿った空気がまとわりつく。

 

メルはベッドに横たわり、汗に濡れた前髪を乱したまま、必死に息を吐いていた。

指先に力が入らず、全身が鉛のように動かない。

喉が焼けつくほど乾くのに、声も出ない。

 

(力が抜ける……こんなザマ……誰にも見せたくねぇ。)

(アイツらだって心配してんのに、余計なことは言わねぇ……。)

 

目を閉じるたび、あの時の光景がよみがえる。

あの魔法を成功させるために、無理をした。

全部を絞り出した。

 

(笑ってろ、なんて言ったくせに……。)

 

胸が軋む。

浅い呼吸が続く。

そのとき。

かすかなノック音が耳に届いた。

かすれた瞳がかっと開く。

鼓動が跳ね上がる。

 

「……メルさん、いる?」

か細く震えた声だった。

それは――間違いなくファナの声。

 

(ファナ……?)

(何で来た……。)

(帰れよ……来んなよ、頼むから……。)

(見せたくない……こんな俺。)

 

喉の奥が詰まるように疼いた。

苦しい。

 

本当に泣かせたくなかったのに。

(泣かせたくなかったのに……。)

扉の向こうで、再び声がした。

泣きそうな声で、絞り出すように。

「お願い……返事してよ……。」

 

胸を刺す。

だが、次の瞬間――。

我慢していた咳が漏れた。

抑えきれず、うめき声が洩れる。

外に聞こえたのはわかっていた。

 

廊下の静けさの中。

ファナは扉の前でびくっと肩を震わせた。

視線を落とし、噛んだ唇がわずかに震える。

 

(今の声……メルさん……?)

(苦しそう……。)

(返事してよ……お願い……。)

(怖い。けど、放っておけない……。)

 

逡巡する指先がドアノブに触れる。

すぐに引っ込めた。

心臓が痛いほど高鳴る。

 

(やめようかな……。)

(今さら何を言うの。どうすればいいの……。)

(でも、会いたい。声が聞きたい。泣きそうになるくらい。)

(お願いだから、無事でいて……。)

そっと、震える手がノブを握り、ゆっくりと回した。

扉が軋むように開く。

 

熱気がこもった部屋の中。

立ち込める汗のにおいと、湿った空気。

月明かりも届かないほどの暗さ。

 

ベッドの上に横たわるメルがいた。

乱れた前髪、額に滲む汗。

苦しそうに荒い息を吐いていた。

ファナの瞳が見開かれる。

 

(動けないの……?)

(こんなボロボロで……。)

(どうして……言ってくれなかったの。)

(弱いところ……私に見せたくなかったの?)

(でも、私……見たいよ、メルさん全部。)

 

足がすくみそうになりながらも、一歩踏み出す。

小さな音を立てないように、ゆっくり近づく。

そのとき。

 

メルがかすれた声で絞り出した。

「……くんな……。」

「……見んな……。」

 

ファナは小さく息を呑んだ。

声が震えた。

 

(見んなよ……こんな俺……。)

(帰れ……離れろ……。)

(泣かすつもりじゃなかったのに……。)

 

ファナの手がわずかに伸びて、また引っ込む。

でも――止まらない。

怖いのに、足は前に出た。

ベッドの脇に膝をつく。

震える声を絞り出す。

 

「ごめん……勝手に入って……。」

「でも、お願い、無理しないで……。」

「泣かせたくないって言ったくせに……。」

「私……泣きたくなるよ。」

 

涙で視界が滲む。

(だって……メルさんが……そんな顔するから。)

(私のせいで、こんな風に……。)

(泣かないって決めたのに……。)

(会いたいって思ってたのに……見たら……どうしようもなくなる。)

(だって、大好きだから……。)

 

そっと、震える手が伸びる。

メルの額に当てた。

熱い。

 

(熱い……こんなになるまで……。)

(気づけなかった私も……最低だ……。)

(ごめん……ごめんね……。)

 

メルの身体がわずかに震える。

荒い息が少し落ち着く。

(冷たい……心地いい……。)

(離せよ……でも、離れるな……。)

(ファナ……お前……。)

喉の奥が詰まるような声で、メルが吐き出した。

「……泣くな……。」

「……ファナ……。」

 

ファナは声を詰まらせて泣いた。

「……ごめん……でも、泣いちゃうの……。」

「お願いだから、ちゃんと生きて……。」

涙が頬を伝い、メルの額に落ちた。

ふたりの呼吸がゆっくりと重なる。

夜が深くなる。

 

(もう、逃げない。)

(ちゃんと話す。ちゃんと伝える。)

(メルさん……私、あなたが好きだよ。)

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