第五十一章:会いたいのに
それから、数日間――
メルはギルドに顔を見せなかった。
ファナは薄暗い宿のベッドに座り込み、膝を抱えてじっと考えていた。
(……どうして。あんな風に近づいたのに。)
(笑ってほしいって、あんな声で言ったのに。)
あの目を思い出す。
触れるくらい近かった。
熱い声。優しいのに、ずるいくらい真剣だった。
(会いたいのに。声が聞きたいのに。)
(来てほしい。あの時ちゃんと答えられなかったこと……謝りたい。)
胸がきゅうってなる。
苦しくて、泣きたくなる。
(私……こんなにずるいのは、どっちだろう……。)
朝のギルド。
ファナはリクト、セナと並んでテーブルに座っていた。
でも、その視線はついメルのいない空いた椅子を追ってしまう。
すぐに目を伏せて、指先をいじった。
受付のミリアが明るく声をかけた。
「おはよう。今日は何か決めた?」
ファナはか細い声で「はい……」と答える。
近くでは「暁鋼の牙」が依頼の相談をしていた。
バルクが短くつぶやく。
「……いない。」
ラゼルがうなずき、一度ギルド内をゆっくりと見渡した。
セナがそれを横目で見てから、小さくファナに囁く。
「……君だけじゃないんだよ。」
ファナはそっとまつげを伏せた。
(……心配してるんだ、あの人たちも。)
(私……こんな気持ち、隠さなきゃって思ったのに。)
「……依頼くらい、さっさと決めろ。」
リクトのぶっきらぼうな声が落ちる。
ファナは肩をすくめ、小さく「ごめん……」とつぶやいた。
リクトは少しの間を置き、視線を逸らしながら不器用に言った。
「謝れなんて言ってねぇ。」
セナが柔らかく微笑んだ。
「大丈夫だよ。どんなに考え込んでも、僕たちはついていくから。」
(優しい声が、刺さる。)
(考えないようにしても、心が勝手に思い出す。)
(メルさんがいないだけで、こんなに落ち着かなくなるなんて……。)
市場での買い出し。
装備点検、薬品補充、日用品――ファナはリストを見間違えかけて、慌てて訂正する。
「おい、ボケっとすんな。」
リクトが呆れ声を出す。
セナは柔らかい声で覗き込むように言った。
「調子悪いのかい? 今日は休んだほうがいいよ。」
ファナは首を小さく横に振り、ぎこちなく笑った。
「……ん、大丈夫、だから。」
道具屋の前では暁鋼の牙の姿があった。
ラゼルが軽く顎を上げて挨拶を送る。
バルクが無言で周囲を見渡し、探索するように目を走らせる。
ファナは思わず期待して振り返る。
……でも、メルの姿はなかった。
(……いないんだ、やっぱり。)
(私だけじゃないのに。みんな待ってるのに。)
(どうしてこんなに会いたいって思っちゃうんだろう。)
夕方、ギルドに戻ったファナは席を立ち上がる。
リクトが眉をひそめる。
「おい、どこ行く気だ。」
ファナは少し俯き、小さな声で。
「……メルさんの部屋、教えてもらえますか。」
空気が張り詰まる。
暁鋼の牙の面々も、会話を止めてじっと見る。
ラゼルが低く問いかけた。
「……いいのか?」
ファナは視線を落としながらも、震えそうな声を必死に押さえた。
「……会いたいんです。」
ラゼルはゆっくりと息を吐いてから、短く答えた。
「廊下の一番奥だ。」
リクトは唇を噛んで少し黙る。
そして視線を逸らし、低い声を落とす。
「……無理すんなよ。」
セナは深く小さく吐息をつき、でもまっすぐに見つめた。
「……行きたいんだね。」
そして、やわらかく微笑む。
「……行っておいで。」
(止められても、もう決めた。)
(怖い。でも、待つだけはもう嫌だから……。)
静かな廊下を、一歩ずつ進む。
小さな足音がやけに響く。
心臓がドクドクと音を立てて、呼吸まで苦しくなる。
部屋の前で立ち止まった。
ドアノブに手を伸ばすが、指が震えて引っ込む。
(やめようかな……。)
(今さら何を言うの。どうすればいいの……。)
(でも、会いたい。声が聞きたい。泣きそうになるくらい。)
震える手で、そっとノックした。
「……メルさん、いる?」
返事はない。
しん、とした空気が余計に冷たく感じた。
(お願い……。)
(返事、してよ……。)
声が詰まり、震える。
「……っ、メルさん……!」
堪えきれずに溢れた涙が頬を伝う。
喉が詰まり、嗚咽が漏れる。
「っ……うぅ……!」
手で口を押さえても、嗚咽は止められなかった。
(会いたいのに……会いたいよ……。)
(なのに、返事がないなんて……。)
(ずるいよ、メルさん……。)
廊下の壁に額をつけ、肩を震わせて泣く。
誰もいない廊下が、痛いほど静かで。
ファナの泣き声だけが小さく響いた。
(こんなの……嫌なのに。)
(止められない……。)
(でも……ちゃんと伝えたいのに……。)




