第四十九章:止められない気持ち
朝の光がまだ淡いギルドの広間。
木製のドアを開けて入ってきたファナは、少し緊張した面持ちでリストを握っていた。
猫耳がぴくりと動き、銀灰の髪に留めた赤いリボンが揺れる。
リクトとセナが並んで立つ。
受付のミリアがにこやかに声をかけた。
「今日は大きな依頼は入ってないから、装備や薬品の補充をしておくといいわよ。」
ファナは小さく頷き、でも声は真剣で少し硬い。
「じゃあ、買い出しに行こうよ。」
リクトは腕を組んで渋く頷く。
「装備点検も忘れんなよ。」
セナが軽く笑った。
「街の見回りも兼ねて少し散策もいいかもね。」
街の市場は朝から活気があった。
三人は荷物袋を手にしながら、露店を回って薬品や保存食を確認する。
セナは薬屋で調合素材を見極め、リクトは武具屋で剣の磨耗をチェックしていた。
ファナはリストを見つめ、少し心配そうに言う。
「これで足りるかな?」
リクトが横から覗き込む。
「問題ねぇよ。俺が確認したしな。」
セナが微笑む。
「大丈夫だよ。君のおかげで買い忘れもない。」
三人の会話は穏やかで、自然と笑みがこぼれる。
市場の路地で、ファナが小さな包みをまとめていると、不意に背後から声がした。
「お、リーダーさん。今日はずいぶん真面目な顔してるな。」
ファナは驚いて振り返り、メルの姿を見つけると途端に頬が赤くなる。
「そ、そんなこと……ない……です……」
声が小さく、視線も逸らしたまま。
メルはにやりと笑い、一歩近づく。
覗き込むようにファナの顔を見る。
「……可愛いな。」
ファナの瞳が大きく開かれ、耳まで真っ赤になる。
呼吸が詰まり、硬直したまま視線を逸らせない。
長い沈黙が落ちる。
メルはその反応をじっと見つめ、口元をわずかにほころばせる。
遅れて、離れたところで買い物をしていたリクトとセナが異変に気付いた。
「……ん?」
リクトが険しい顔で叫ぶ。
「おい、離れろ!」
セナも静かに鋭い声を落とす。
「メル、それ以上はやめろ。」
それでもファナは、メルから目を逸らせずにいた。
小さく肩を震わせ、呼吸を浅くする。
メルが二人を一瞥した後、低く囁く。
「……真面目なのもいいけど、君の笑った顔が一番好きだよ。」
ファナの耳が真っ赤になり、瞳が潤みそうになる。
必死に目を伏せて、声を失う。
(ごめん……でも、まだ嬉しいって思っちゃう。)
(あんなに近くで、私のことだけ見つめてくれて……。)
(声が出なくて、胸がぎゅってなって、でも……怖くなかった。)
(むしろ……もっと見てほしいって、思っちゃった。)
(……どうしよう、私、もう……止められない。)
買い物を終えた帰り道。
三人は重い沈黙の中で歩いていた。
石畳を踏む音だけが響く。
セナが視線を落とし、低い声で絞るように言う。
「……今日は、あんな顔してた。メルに向けて……。」
ファナは息を呑み、赤面して俯く。
リクトは険しい顔で視線を逸らしたまま、何か言いかけて飲み込んだ。
ファナは肩を小さく震わせ、ぎゅっと自分の荷物を握りしめた。
セナが真剣な声でファナを見つめる。
「……君のああいう顔、俺たちの前でも見せてほしい。……じゃないと、すごく、怖くなるから。」
ファナは目を伏せたまま、涙を堪えるように呼吸を整える。
震えた声で、小さく絞り出した。
「……ごめん。」
沈黙が落ちる。
それでもしばらくして、ファナはゆっくり顔を上げる。
頬を赤くしたまま、少し揺れる声で。
「……うん、わかった。」
リクトは小さく咳払いをして、軽く肩を叩いた。
「ま、俺たちがついてりゃ心配ねぇだろ。」
ファナは視線を伏せながらも、ようやく小さく微笑む。
(リクトもセナも、大事なのに……こんな風に心配してくれるのに。)
(ごめん……でも、あの時の気持ち、消えないんだ。)
(メルさんに見つめられて……胸が熱くなって、頭から離れない。)
(そんな顔してたって、言われて……私、本当に……嬉しかった。)
(こんなの、どうしたらいいの。)
宿屋に戻った三人は、それぞれ荷物を置いて小さく息を吐いた。
ファナはそっとレリアを見つめ、小さな声で頼む。
「……おかーさん、また話、聞いてくれる?」
レリアは少し目を丸くしたが、すぐに優しく微笑んだ。
「もちろんよ。」
ファナも安堵したように、小さく笑った。
(家族って、こうやって少しずつ作っていくものなんだろうな。)
(私は……やっと、ちゃんとここに居られる気がする。)




