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銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第二部

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第四十三章:好きって、わかったけど

挿絵(By みてみん)

夕暮れが街を朱に染めていた。

建物の影が長く伸び、その赤さが風に揺れて見えた。

 

街外れの小道を、ファナはひとり歩いていた。

胸の前でぎゅっと両手を握りしめ、すぐに開く。

その手はわずかに震えていた。

 

(レリアおかーさんには「怖い」って話した。)

(でも、それだけじゃなくて……ちゃんと話さなきゃ。)

 

大きく息を吸って、吐く。

それでも胸の奥の不安は消えなくて、少し早足になる。

いつの間にか、街の外れの石段が目の前に見えてきた。

 

石段の上には、レーネがいた。

 

銀白の髪を風になびかせ、穏やかな目でこちらを見ている。

ランプを持つわけでもないのに、その佇まいはほのかに光を帯びているように見えた。

彼女は軽く片手を上げた。

 

「また会ったわね。」

ファナは小さく頷き、その隣に腰を下ろした。

夕陽の赤が二人を包み込む。

「……レーネさん。」

声は小さく、掠れていた。

 

しばしの沈黙。

レーネはそっと目を細め、微笑む。

「今日は、顔に全部書いてあるわ。」

「話したいことが、あるんでしょう?」

 

ファナは俯いた。

自分の膝に置いた手を見つめる。

指が震えている。

(怖い。けど、逃げたくない。)

必死にその言葉を心の中で繰り返す。

何度も、何度も。

 

やっとの思いで、声を絞り出した。

「……レリアおかーさんには、怖いって言ったんです。」

「誰かを選ぶのが、怖いって。」

 

涙が滲むのを感じたけれど、拭わなかった。

言葉を止めたくなかった。

「でも……最近、なんとなく、わかってきたんです。」

両手を握りしめる。

爪が食い込んでも構わずに。

 

「……あったかくなる。胸がぎゅってなる。」

「相手のことを考えると、不安になるのに……嬉しくなる。」

「それが、“好き”なのかなって……思う。」

声が詰まり、最後の言葉はほとんど息になった。

 

レーネは微動だにせず、ファナを見ていた。

そして、ゆっくりと頷いた。

「そう。それが“好き”なのよ。」

「ちゃんと、伝えられたわね。」

 

その言葉が、ファナを刺すようで、同時に抱きしめるようだった。

喉の奥がひりつき、涙がこぼれる。

 

「でも……誰のことなのかは、まだわからない。」

「大事だって思う人は、みんな大事で。」

 

「選ぶのが、怖い。」

「選んだら、他の人を傷つけるかもしれない。」

「それに、自分も……傷つくかもしれない。」

 

泣きじゃくるほどではないのに、声が震えて止まらない。

言葉を吐くたび、胸が締めつけられた。

 

レーネは少し間を置いた。

夕陽に照らされた横顔が、どこか悲しげだった。

「うん、怖いわよね。」

「誰だってそうなの。」

 

ファナは息を詰めて、喉を鳴らした。

レーネの声が静かに続く。

「でも、だから選ばないでいるのは、自分を守るためでもあるの。」

「それをちゃんと自分でわかっておくことが、大事なのよ。」

ファナは嗚咽混じりに、小さく頷いた。

「……うん。」

 

レーネはそっと微笑んだ。

その笑みは、慰めでも同情でもない、ただの受け入れだった。

そして、肩に手を置く。

 

「でも、それを認めたなら、もう大きな一歩よ。」

「“好き”がわかったなら、次は別の勇気がいる。」

「人を選ぶっていうのは、簡単なことじゃない。」

「傷つけるかもしれないし、自分も傷つくかもしれない。」

「でも、それを全部受け止めてこそ、本当に“好き”になるの。」

 

(怖い。すごく怖い。)

(でも……それでも話したい。)

(わからないってことも、私の言葉だから。)

(逃げたくない。ちゃんと、伝えたい。)

 

ファナは涙をぬぐった。

鼻をすすり、小さく息を吐いて、かすれた声で。

 

「……ありがとう、レーネさん。」

「私、まだ怖いけど。」

「でも、ちゃんと伝えたい。」

「……好きって、わかった気がする。」

レーネは軽く目を細め、頷いた。

その瞳には、どこか誇らしささえ浮かんでいた。

 

やがて、レーネは街を見渡すように顔を上げる。

オレンジ色に染まった空を見上げ、口元を和らげた。

「じゃあ、気分転換しようか。」

「子どもたちにお話をしてあげない?」

「怖いなら、優しい物語を話せばいい。」

「誰も傷つけない言葉から始めてみればいいのよ。」

 

(語るのが怖いって思った。)

(でも、私……やっぱり語りたい。)

(誰かの心に届く言葉を、もう一度。)

(……レリアおかーさんにも、ちゃんと話したい。)

 

ファナは赤くなった目を擦り、小さく頷いた。

石段の下で遊んでいた子どもたちが、こちらを見て笑いかける。

レーネがそっと背中を押して、囁く。

 

「行ってらっしゃい。」

ファナは小さな声で、でも確かに言った。

 

「ねえ、今日はね。優しいお話をしようか。」

子どもたちの笑い声が、夕焼け空にゆっくり溶けていった。

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