第四十四章:伝えたい気持ち
朝のやわらかな光が、宿屋の小さな部屋に差し込んでいた。
窓辺のカーテンを透かして、金色の光がベッドの上に広がる。
ファナはその上で目を開け、しばらく天井を見つめていた。
銀灰色の髪が少し乱れて頬にかかる。
猫耳が小さく動くたび、心臓の音がゆっくりと速まっていく。
(昨日、レーネさんに話した。)
(好きって気持ち、分かった気がするって。)
(今度は……おとーさんとおかーさんにも、ちゃんと伝えたい。)
(言うの、怖いけど……言わなきゃ。)
大きく息を吸って、吐く。
身体を起こし、まだ冷たい床に素足を下ろした。
背筋を伸ばすと、小さな決意が胸に灯った。
下の食堂は朝の空気に包まれていた。
ランプの火は消え、窓から入る朝日がテーブルを明るく照らしていた。
小さな丸いテーブルを三人で囲む。
パンの香りがほんのりと漂う。
レリアがナイフを使いながらパンを切り分け、ファナのお皿にそっと乗せた。
「はい、ファナ。今日はいい焼き色だよ。」
ファナは少し照れたように頬を染め、小さく笑った。
「ありがとう、おかーさん。」
その様子を見ながら、カイルは無言でコーヒーを飲む。
そしてぶっきらぼうに声を落とした。
「レリア、お前は甘やかしすぎだ。」
レリアはくすっと笑い、軽く挑発するように視線を返す。
「お父さんだってさっきからファナの飲み物を注いであげてたでしょ。」
ファナはそれを聞いて、くすっと小さな笑い声を漏らした。
でもすぐに真剣な顔に戻り、視線を落とす。
(あったかい。……でも、だからこそちゃんと伝えたい。)
しばらく食事を続けたあと、少し静かになった。
ファナはお皿を見つめたまま、小さく息を吐き、指をぎゅっと握った。
「……あのね。」
レリアがナイフを置き、すっと優しく目を向けた。
「どうしたの?」
カイルもコーヒーを置き、無言で視線を向けてきた。
鋭いけれど、逃げ道を塞ぐようなものではなく、ただじっと待ってくれていた。
ファナは胸の奥がぎゅっと締めつけられるのを感じた。
でも、息を吸い込み、小さな声で言葉を吐き出した。
「昨日、いっぱい考えたの。」
「なんか……胸がぎゅってなって、不安になるのに……あったかくなるの。」
「相手のことを考えると怖いのに、でも嬉しくなる。」
「……それが“好き”なんだって、ちゃんと分かったの。」
声が震えた。
目が潤んで、にじむ視界の中で二人の顔を探した。
でも、最後はちゃんと顔を上げた。
レリアはそっと息を呑むと、すぐに微笑んだ。
目が潤んでいた。
そしてゆっくりと手を伸ばし、ファナの手を包み込む。
「……それでいいの、ファナ。」
「自分の言葉で伝えてくれたことが、本当に嬉しいよ。」
声が少し震えていた。
でも優しくて、あたたかかった。
「“好き”って簡単じゃない。怖いし、不安だし、胸が苦しくなる。」
「でも、そんな気持ちを怖いって言いながらも、ちゃんと知ろうとしたんだね。」
レリアはもう片方の手をファナの頬に添えた。
その手が少し冷たくて、でも安心する温度だった。
「……あの森でたくさんのものを失ったのに、それでも人を想えるようになってくれた。」
「おかーさん、すごく、すごく嬉しいよ。」
「ありがとう、ファナ。」
ファナは涙をこぼした。
でも、泣き笑いをしながら、小さく頷いた。
「……うん。」
カイルは視線を少し逸らした。
苦いような顔をして、深く息を吐く。
それから低い声を搾り出すように言った。
「……そっか。」
「分かったなら、それでいい。」
ぶっきらぼうだった。
でも、その声はいつもより優しかった。
ファナは驚いたように目を見開き、そしてまた泣き笑いをした。
涙をぬぐいながら、ファナは少し照れくさそうに顔を赤くした。
でも、決して視線を逸らさずに言った。
「……おとーさん、おかーさん。」
「今日、時間あったら……いっぱいお話ししてもいい?」
レリアは涙を拭いながら微笑んだ。
「もちろんよ。」
カイルも短く、でもしっかりと。
「……ああ。」
(ちゃんと伝えられた。)
(まだ全部は分からないけど、でも……話せた。)
(家族だから、ちゃんと伝えたかった。)
(……おとーさんとおかーさんと、本当の家族になれた気がした。)
(今度は……パーティーのみんなにも、話したいな。)
朝の光が、三人を優しく包んでいた。
温かな朝の食堂で、小さな家族の絆が、また少し強く結び直されていた。




