表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀髪の猫はなにを願う  作者: 熊猫
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

106/144

第四十二章:おとーさん、おかーさん

挿絵(By みてみん)

外の風は冷たく、窓の外では細い月が淡い光を落としている。

その光はほとんど届かず、部屋を照らすのはただ一つ、柔らかいランプの灯だけだった。

 

ファナは小さなベッドの端に腰かけ、視線を落としていた。

銀灰色の髪がふわりと肩に流れ、黒い猫耳が揺れる。

長い尻尾が無意識に小さく揺れては止まる。

膝の上で指をぎゅっと絡め、落ち着かない様子だった。

 

部屋の隅の椅子には、カイルが座っていた。

短髪を少し乱したまま、無精髭を撫でるように腕を組む。

険しい顔つきのまま、何も言わずにただファナを見つめている。

 

レリアはそんな二人の間に座り、ベッドの端にそっと腰を下ろした。

その黒い瞳は優しく揺れていて、ファナを包むように見つめていた。

 

ランプの光が、レリアのマントと旅装を柔らかく照らす。

その口元がゆっくりとほころぶ。

首を軽く傾げて、ファナに話しかけた。

 

「ねえ、ファナ。」

 

その声は小さくて、温かくて、夜の空気をそっと震わせた。

 

「最近“おかーさん”って呼んでくれるようになったけど……」

「なんとなく、少しだけ呼び方が違う気がするの。」

「癖なの?」

 

ファナの肩が、びくんと小さく揺れた。

ぱちりと目を瞬かせて、視線を上げる。

そして、一瞬カイルのほうを見た。

 

カイルは無言のままだった。

だが、その鋭い目がわずかに和らぎ、短く頷くような仕草をした。

 

ファナは息を整えた。

喉がひりついて、うまく声が出ない。

それでも、震える声を絞り出す。

 

「……癖じゃなくて……わざと、そう呼んでるの。」

 

レリアがそっと息を呑む。

カイルの目がじっと動かずに見守る。

 

ファナは、小さく震えながら続きを吐き出した。

 

「音はほとんど同じだけど、ちょっとだけ違う呼び方にしてるの。」

「本当のおとうさん、おかあさんは……ラゼンの森で私を守ってくれた人たち。」

「その呼び方は、そのままにしておきたくて。」

「忘れたくないから、同じにはしたくなくて。」

 

言葉を区切るたび、ファナの目には涙が滲んだ。

唇を噛みそうになりながら、でも最後まで言った。

 

「でも……二人も、家族だって思ってるの。」

「同じにはできないけど、ちゃんと大事に呼びたかったの。」

 

その声は消え入りそうに小さく、それでも確かに届いた。

レリアは胸に手を当てるようにして、そっとファナの手を取った。

彼女の目も、ほんのり潤んでいた。

 

「……そうなんだね。」

 

優しい声が、部屋を温めた。

 

「教えてくれてありがとう、ファナ。」

「それ、すごく素敵な理由だと思うよ。」

 

ファナの手を包み込み、指を撫でるように優しく握る。

ファナは涙を堪えようとしたけど、頬を伝うものを止められなかった。

 

その横で、カイルは無言のまま腕を組み直した。

鋭かった視線を少し落とし、深く息を吐く。

やがて、不器用に、低い声を絞り出した。

 

「……それでいい。」

 

その声は掠れて、でもしっかりしていた。

 

「呼びたいように呼べ。お前の気持ちだろ。」

「勝手に決めろ。」

 

短く、ぶっきらぼうな言葉だった。

でもファナは分かった。

それは、ちゃんと受け止めてくれた証だった。

 

涙で視界が滲む中、ファナはそれでも笑った。

震える声を立て直して、はっきりと言った。

 

「……ありがとう。おとーさん。おかーさん。」

 

レリアはそのままファナをそっと抱き寄せた。

頭を優しく撫でながら、言葉を失って微笑む。

 

カイルも重い腰を上げて、近づくと無言でファナの背中をぽん、と叩いた。

その手は大きくて、荒れていて、でも温かかった。

 

(同じじゃないけど、同じくらい大事。)

(忘れたくない人たちをちゃんと心に残しながら。)

(新しい家族のことも、大事にしたい。)


(おとーさん。おかーさん。)

(私の大事な、家族。)

 

ランプの光がゆっくりと揺れた。

外から夜風が小さく鳴る音が聞こえる。

その小さな部屋の中で、三人は寄り添い、しばらく静かに過ごした。

言葉はもういらなかった。

 

窓の外の月は雲に隠れ、部屋を包む灯りもそっと暗くなる。

それでも、温もりは消えなかった。

夜は深く、静かに、その家族を見守っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ